第58話 しんがり
(殺気……!?)
アルヴィスは魔力を放出する手をこちらに向けた少女に僅かな殺気を感じた。
直感的にアルヴィスはここに立っていてはいけないと判断し、その場を横っ飛びで離れる。
刹那――
床の影がぐにゃりと歪むと複数の円錐状となって突出してきた。
「ほう、今のを避けるか童」
玉座の少女はアルヴィスの判断に感心したのか、素直に称賛の言葉を贈ってくる。
(おいおい、語らうとか言っておいていきなりこれかよ。とにかくここに居ちゃやべーな)
だがアルヴィスには少女の称賛など聞こえていなかった。あるのはどうこの状況を切り抜けるかという考えのみだ。
アルヴィスはまず先程からまったく動くことすら出来ていない仲間のもとまで全力で走った。
アルヴィスの全力。それは肉体を強化する魔力量はもちろんのこと、時間魔法による加速も全力で発動させることを意味する。
結果、一瞬で音速にも達するアルヴィスが通った後には凄まじい風と衝撃波が発生した。
衝撃波によって城内のひび割れたガラスがパリンという音とともに完璧に割れ落ち、床に粉々な姿となりその役目を終える。
(ほう、速いな……)
突風に髪を靡かせながらも、少女は一切瞼を閉じることなくアルヴィスの動きを捉えていた。
刹那的な時間で仲間のもとまで戻ったアルヴィスは、そのまま2人を両肩に抱き抱え謁見の間を離脱する。
少女の攻撃からこの間僅か数秒での出来事だ。
謁見の間がある最上階から1階の正面入り口まで2人を担いだまま走り続け、扉を蹴破り城外へ辿り着く。
ここで担いでいた2人を地面へ下ろすと、2人はまともに立てず四つん這いに伏せた。そのまま肩で激しい呼吸を繰り返し、時々噎せ返りながらもなんとか話せるまでには回復したらしい。
それもそのはずだ。
ただでさえ気圧されまともな状態じゃないにも関わらず、いきなり音速に等しい速度で運ばれたのだ。
普通ならば気を失うか吐くかなどの状態になるものだが、さすがは優等生とでも称えるべきか。
「大丈夫か2人とも?」
「……は、はい……大丈夫、です……」
飛鳥はまだ激しく呼吸を繰り返しながらもなんとか返事をする。地面を向いたままで顔を上げられていないところを見ると、まだまだ本調子には戻りそうにはないが。
「だ、誰に聞いているつもりだ……クソが……」
だがそんな飛鳥とは違い、ロベルトはゆっくりとだが立ち上がりつつアルヴィスを睨んできた。
(ハハッ。やっぱスゲーよ、お前)
アルヴィスはロベルトの瞳に先程までの恐怖心が消えていることに気付くと、思わず笑みが溢れ出た。
「何ニヤついてやがる、斬るぞ」
「いや、やっぱお前はお前だなと思ってよ」
「……?」
ロベルトはアルヴィスの言葉の意味が分からず眉根を寄せるが、まだ余裕が無いのか噛みつくことはしなかった。
「それよりも、だ。これからどうする? 戦うか?」
「バカか貴様は! あれが何なのかは知らんが、間違いなく殺されるぞ。俺たちの任務はあくまで調査、討伐じゃない。ここは退くのがセオリーだ」
「さっきっから逃げてばっかだなロベルト。いつも偉そうなことばかり言うくせに、こういうときは弱気なんだな」
(でもまぁ、今回はたしかにマジで逃げたほうがいいか……)
「なんだと貴様――」
「飛鳥はどう思う?」
「おいッ!」
アルヴィスは掴み掛かろうとするロベルトの手をひらりとかわし、四つん這いのままの飛鳥にしゃがんで目線を合わせた。
「わ、私もロベルトくんの意見に賛成です。こんなことを言っていいのかわかりませんが……」
「ん?」
言葉を詰まらせる飛鳥にアルヴィスは先を促すように相槌を打つ。
「……あれには、絶対に勝てないと思います。私たち全員殺されてしまいます」
「ちげェねぇー」
「私もあの子が何者なのか分かりませんが……あんな感覚初めてでした……。強烈に死をイメージさせられた、とでも言うのでしょうか……」
「ああ、それには俺も同意見だ」
腕を組み話を聞いていたロベルトも頷き応えた。
(やっぱ2人も同じ感覚が……)
アルヴィスは飛鳥に手を貸して起き上がらせてあげつつ思案した。
「となるとまずは安全地帯までの離脱、と言いたいところだけど、安全地帯なんてどこにもないしな……」
「ああ、なんとか麓まで下りそのまま平原を抜けるしかないだろうな」
「ですが平原にはキマイラがいますよ?」
「そうだった! うわぁーマジかー……前も後ろもピンチじゃねえかよ……」
アルヴィスは飛鳥の言葉に頭を掻きむしり心情を表す。
「悩む余地などないだろう。明らかにキマイラの方が雑魚だ」
「ほーう? 雑魚ときましたか」
「なんだその眼は?」
ロベルトはアルヴィスの向ける含みを持たせた眼差しに訝し気な表情をする。
「いやいやー、ついさっきその雑魚相手にちびっていた奴の言うことじゃないなーと思いましてねぇ」
アルヴィスはクスクスと笑いを堪えながら質問に応えた。
「おい……キマイラより先に斬り刻んでやろうか……?」
ロベルトは怒りで肩を震わせながら選択肢を与えてきた。
選ばせるあたり、まだ任務中は斬らないという自身が出したルールを守ろうとしているようだ。
「そんだけ元気なら問題ねえか」
「なんだと?」
「飛鳥ももう具合はいいな?」
「え? あ、はい」
「よしっ、じゃあ任務の報告は任せたぜ。出来れば援軍を呼んで欲しいところだけど、まあそんな時間はねえからな。しょうがねぇ」
「ちょっと待て、貴様何を言っている。援軍がどうだの――」
「そうですよ! それじゃあまるで……」
「飛鳥、そんな顔すんなよ。別に死ぬつもりねえからよ。最寄りの街で合流しようぜ? ――行けッ、ここは俺が引き受ける!」
アルヴィスが2人に背を向け叫ぶと、それがまるで合図だったかのように古城正面入り口から少女が歩き出て来た。
「話は終わったかのう? これだけ時間をやったんじゃ、少しは楽しませてくれよ?」
「早くッ!!」
「チッ……バカが、絶対に街まで来い! ギルドで待つ!」
ロベルトは舌打ちと同時に謁見の間に置き去りにした剣を再召喚すると、身体強化を施しつつ森へ駆けていく。
「アルヴィスくん! ずっと待ってますから!」
「あいよ」
飛鳥も身体強化をしつつ叫ぶと、ロベルトに付いていくようにこの場を離れていく。
「なんじゃ、お主1人か。儂はてっきり全員で来るかと思うておったが。まあ賢明な判断じゃな。足手まといはいない方が動きやすかろう」
「別に足手まといとかそんなんじゃねぇよ。俺はただ2人に無事でいて欲しいだけだ」
「傲慢じゃな。お前さんは今、あの者等を自分より弱いと言ったようなものじゃぞ」
「ちが――」
「まぁ、お主のその考えは間違えてはおらん。あの程度の殺意にあてられて動けぬようでは、どのみち儂を楽しませることなぞ到底出来ずに死ぬのみじゃ、カカッ」
少女は身に付けている真っ黒でボロボロなワンピースが靡くほどの魔力をその身に纏い、臨戦態勢に入った。
「さて、続きといこうかの」




