第57話 玉座の少女
「いいか? ここからは何が起こるかわからない。最低限の魔力は纏っておけ」
ロベルトが古城の側壁に空いていた穴から中の様子を窺いつつ、後ろに待機する2人に指示を出した。
同時に、ロベルト自身も剣を召喚し戦闘に備える。
アルヴィスと飛鳥は顔を見合わせると無言で頷き、アルヴィスは身体強化で、飛鳥は袖から数枚の呪符を取りだし、それぞれ準備を済ませる。
「行くぞ」
「おう」「はい」
ロベルトの合図に2人が同時に応えると、そのままロベルトを先頭に側壁の穴から内部に侵入する。
内部は、外観の古びた状態から予想した通りかなり荒れ散らかっていた。
かなりの年月を無人で過ごしたのか、埃まみれの床はそこら中が腐敗し穴が空いている。歩く度に軋む音がなんともいえない雰囲気を醸し出す。
洋風の城だからか、天井には大きなシャンデリアが欠けた状態でぶら下がり、2階へ続く階段はT字に左右に分岐している。
3人は分岐する階段を、右にアルヴィスと飛鳥が、左をロベルトが進むことにした。
「ロベルトくん、これを」
飛鳥が袖から1枚の呪符を取り出すと、ロベルトに手渡した。
「…………」
ロベルトは訝し気な表情で呪符を見つめる。
「少しは信用してくださいよ! 何も仕込んでないですから!」
ロベルトの表情から自分がまだ信用されていないことを悟った飛鳥は、内心傷つきながらも渡した意味を伝える。
「それは連絡用です。と言いましても通信が出来るわけじゃなく、破ると私に位置が伝わるだけのものですけど」
「……ふんっ、一応受け取っといてやる」
「はい、気を付けてくださいね」
ロベルトが上着の内ポケットに呪符をしまう姿を確認した飛鳥は微笑で応えた。
ロベルトはそんな飛鳥に鼻笑いを残し階段を上がって行った。
「んじゃ俺たちも行くか」
2人のやりとりを無言で見ていたアルヴィスが任務再開を促す。
飛鳥は「ハイっ」と機嫌が良いのか元気に返事をすると、アルヴィスの後を付いてきた。
2階に上がっても1階と同様、床は至る処に穴が空いている。
洋風な城だがどうやら作りは木造ベースの様だ。
城を支える柱には1階からつたわり伸びる蔓が巻き付き、床の隅には苔が生えている。
天井を見上げると夜空が見えることから、屋根も穴が空いていることが分かる。湿気の正体は言うまでもない。
そうして3階、4階と暫く飛鳥と2人で城内を調査するも、全く情報が掴めず刻だけが過ぎていった。
「飛鳥……もしかして俺たち、見当違いだったんじゃねえか? おかしいだろっ、いくらなんでもなんもなさすぎるぜ」
苛立ったアルヴィスが頭を掻き毟りながら叫びだした。発狂寸前の勢いだ。
「はい、私もそんな気がしてきました。魔物の気配すらしませんもんね」
飛鳥も溜め息を吐きつつ同意する。
「残すはこの先の最上階か……」
アルヴィスは深い溜め息を吐きつつ「行くか……」と歩みを進めた。
(――ッ!?)
最上階へ続く階段を上がると、そこには大扉の前にただずむ1人の人影を発見した。
アルヴィスはハンドシグナルで飛鳥に伝えると、息を潜めて人影に近寄る。
(――ん? あれは……)
アルヴィスは緊張を解き近寄る速度を上げた。
「よぉ、ロベルト。先に来てたんだな」
大扉の前にただずむ正体とは、2人と別れたロベルトだった。
飛鳥もホッとした表情で2人のもとに辿り着く。
「遅かったな。――ここが最後の部屋だ。この階にはこの扉しかない、恐らくここが謁見の間だ。何かいるとしたらここだろう」
「ホントかよ? 今までなんも無かったんだぜ? どうせここも――」
「バカか貴様は」
「んだとッ!?」
「忘れたのか? 学院が事前調査をした結果、ここが怪しいと判断したから俺たちをここへ向かわせたんだぞ。ホントに何もないわけないだろうが」
「あっ……」
「ホントに忘れてたのか貴様は。このクズが……。まさかお前もじゃないだろうな、枢木」
「え、えーっと……えへへ」
「クソが……」
ロベルトは額を押さえ頭を振る。
その姿がアンヴィエッタ教授とかぶり、アルヴィスは入学当時を思い出していた。
「何を笑っている。ついに頭がイカれたか? ああ、すまん。貴様は元々だったな」
無意識に笑っていたらしいアルヴィスに、すかさずロベルトが罵りを入れる。
だが今回は本当に事前調査のことを忘れていたアルヴィスは何も言い返せない。
かわりに大扉に手をかけ先に入る素振りを見せ、話を強引に打ち切らせた。
「いつまでここにいるつもりだ。先に行っちまうぜ?」
「おい待てっ――」
アルヴィスが止めるロベルトを無視して扉を開け放つと、そこには――
「――女、の子……?」
室内で唯一の家具であり置物でもある玉座に座る、1人の少女の姿がそこにあった。
窓から射し込む月光に照らされる少女は、少女というには少し幼い印象を受ける。幼女と言ってもいいのかもしれない。
その肌は血の気を感じないほど白く、肌に触れる長い髪は絹糸のように細く煌めく金髪だ。まるで髪そのものが光を放っているとさえ錯覚するほどだ。
紅玉色の瞳がまっすぐアルヴィスを捕らえ、眼を逸らさせることを許さない。
――圧倒的だ。
玉座に座るその少女からは、圧倒的な存在感が放たれていた。
「――主等か、ちょこまかと動き回っていた童は」
「「「――!?」」」
少女が言葉を発した瞬間、3人は背筋が凍りつく。
少女が瞬間的に放った魔力が3人にそう感じさせたのだ。
圧倒的な差を。恐怖を。そして――――死を。
「そう恐れるでないわ、童。こっちにこい。顔をよく見せてみろ。久方ぶりの人間じゃ」
少女が言葉を発する度、3人はその存在感に気圧されていく。
(――飛鳥!? ……震えてる)
アルヴィスの視界隅に脚を震わせる飛鳥の姿が映った。
焦りを感じたアルヴィスは、逆隣りのロベルトの姿を視線だけ動かし確認する。
(……まさかお前もかよ……おいおい……どんな化けもんだよ、あいつ)
「お主に言うておるのじゃぞ、坊主。そちじゃそち。隣のそやつらは動けんようじゃからな、カカッ」
少女は顎でアルヴィスを指して指名すると、何が楽しいのか笑っている。
「……」
アルヴィスはカラカラになった喉に唾を送り込むと、ゆっくりと一歩一歩少女に近付く。
「そうそう、良い子じゃ。早く来い。――そうじゃ、では語らうとするかのう」
アルヴィスが数メートルの距離にまで近付くと、玉座の少女は右手を自身の顔の横まで上げ魔力を放ち始めた。




