第54話 カターニャ平原
――カターニャ平原からカターニャ山脈までは、直線でおよそ10Km。
戦場として度々使われるこの平原に、死体がころがっていることは珍しくはない。
珍しくはないのだが――
「スゲー数だな……」
「ちょっと不気味ですね」
異常なまでの死体の多さに、アルヴィスと飛鳥は息を呑む。
この異常には直ぐに気付いた。
そう遠くない距離にいる魔獣が、こちらに気付いてもその場から動くことをしなかった。
だが今までの経験では、魔獣たちは人を発見するなり腹を空かせて襲い来るはずなのだ。
アルヴィス達はそれが気になり魔獣近辺を注視すると、数体の死体がころがっていた。
それも比較的新しい、腐敗があまり進んでいないものばかりだ。
つまり、最近このカターニャ平原付近で多数の魔法師を使った任務があったということになる。
隣国で起きた街の壊滅。カターニャ地方で増加する魔獣の出現数。そして、多数の死体。
こんなタイミングで起きた事件の原因が別々なはずがないと、アルヴィスたちは馬車に揺られながら話し合う。
話し合う間も、平原のあちらこちらには魔法師と思われる死体を発見する。
そのどれもが魔獣に喰い散らかされ、見るも無惨な姿へ変わっていた。
中には、内臓がかなり悲惨な状態で体外にぶちまけられたままのものまであり、飛鳥は随分と気分が悪そうだ。
「顔色悪いけど、大丈夫か? 見張りなら俺たちがするし、飛鳥は少し休むか?」
少女の変化に気付いたアルヴィスは、親指で背後にいるロベルトを指しながら提案する。
「大丈夫です、アルヴィスくん。あまり死体に慣れてないだけですから」
飛鳥は蒼白い顔で、無理やり作った微笑で応えた。
「それに、こういうことにも慣れていかないとですから」
「……そうだな。でも、ホントに無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
飛鳥の返事に、アルヴィスは頷いて返す。
「――イフリートの次はそいつをものにするつもりか。女なら誰でもいいのか、貴様は」
「ああん――」
突然背後からかけられた罵声に、アルヴィスは瞬時に振り向く。
その表情は、先ほどまでの飛鳥を気遣う優しいものとは一変、かなり険しいものだ。
「おいロベルトッ、それはどういう意味だよッ」
「どうもこうも、そのままさ。貴様が誰とどうなろうがどうだっていいことだが、仮にもニ大美女と言われているイフリートの次がそいつかと思うと、差がありすぎてな。俺はそこに驚いているだけだ」
「てめェ、俺のことかと思えば飛鳥のことだったのか。飛鳥に失礼だろ、謝れよ!」
「ふんっ、謝る理由がないな」
鼻で笑うロベルトに、悪びれる様子は一切ない。
「いいんです、気にしないでください。ロベルトくんの言うとおりですから……」
アルヴィスの握る拳を宥めるようにそっと触れる飛鳥。けれど表情はロベルトの言葉を気にしているようだ。
たしかに、メリハリがあまりなくいかにも日本人といった顔立ちの飛鳥は、この国では美人顔ではないのかもしれない。
「全然よくねえよッ。たしかにエリザは美人だと俺も思うよ。なんでこんな子が俺の相手をしてくれるんだろうって、今でも思うときがある……。けど飛鳥だっておんなじだぜ? 飛鳥だって可愛い女の子じゃねえかよ」
「え――」
「チッ……」
アルヴィスの最後の言葉に、赤面と舌打ちで応える少女と少年。
「……えっ? ――あッ、す、すまん! 気にしないでくれッ。と、とにかく俺が言いたいのは飛鳥は十分いい女だってことだ!」
「貴様、それはわざと言っていると思っていいんだよな」
「…………」
2人の反応を見て慌てて話したアルヴィスだったが、余計に2人の反応を悪化させてしまったようだ。
ロベルトはこめかみをひくつかせ、飛鳥にいたってはますます赤面して俯いてしまっている。
「は? 何がだよ? 俺は――」
「待て、それ以上喋るな。これ以上は貴様を斬り刻みたくなる。任務が終わるまでは我慢しなければならないからな」
「おい待てッ、それって任務外なら斬ってるってことだよな!?」
「……別に俺は貴様が何人の女と、どのようになろうがどうだっていい。俺たちはもう15、つまり成人だ。結婚だって出来るし側室なんてのはよく聞く話だ」
ロベルトはアルヴィスの反応を無視して、自分の話を続けた。
「だがな、任務に支障をきたすようなことは止めろよ。俺に迷惑だ」
「結局自分のためかよ……」
「俺が貴様の心配などするはずがないだろ」
「……だろうな……はぁー……」
予想通りの嬉しくない返事に、アルヴィスは盛大に溜め息を吐いた。
「2人とも――――!」
2人を呼ぶ突然の飛鳥の声。
少年たちはそろって飛鳥を見ると、前方、つまり進んでいる方向を指差して一点を見つめていた。
その指が示す方――――カターニャ平原のさらに奥、カターニャ山脈。
「やっと見えてきましたよ」
2人は飛鳥が示す場所を眼を凝らして注視すると、最終目的地である古城の姿がぼんやりと見えてきた。
「あそこに一体なにが潜んでいるんでしょうね……」
ポツリと飛鳥がこぼす。
「何がいようがぶったおすだけだぜ」
飛鳥を勇気付けるためか、自分を奮起させるためなのか、アルヴィスが手のひらに拳を何度か打ち付ける。
「たどり着く頃には陽も暮れそうですね。どうしますか? 任務実行は陽が昇るのを待ちますか?」
「いや、このまま行動を起こそう。何がいるのかわからない不安もあるけど、逆に何がいるのかわからないからこそ夜は隠密にちょうどいいさ」
「そうですね」
「ロベルトもそれでいいな?」
「……ああ、それでいい」
ロベルトは少々不満そうに頷く。
その表情は提案内容が原因ではなく、アルヴィスの提案と自分の考えが同じもので彼の提案を否定することができなかったからのようだ。
たんに素直にアルヴィスの言うことを聞きたくなかっただけなのだ。
そんな表情の理由に何となく感付いたアルヴィスは、とくにこれには触れることをしなかった。
――と、その時だった。
少年たちを乗せた馬車が急に停止した。
急停止のせいで3人は慣性の法則に素直に従い、前方にそれぞれ身体を押された。
「ぶッ――!? な、なんだよ急に……」
アルヴィスだけが荷台の板敷きに顔を打ち付けた。
赤くなった鼻をこすりながら何事かと、這って御者のもとまでいく。
「す、すみません。馬が急にとまってしまいまして――」
背後のアルヴィスの気配に気付いた御者が、顔を半分こちらに向けながら話す。
「動かないのか?」
「それが、さっきから走らせようとしてるんですが、馬が嫌がって動いてくれないんですよ……なにかに怯えているようなんですよね」
(怯えて? まさか、あの古城に……?)
アルヴィスは顎に手をあて暫しの間考え込むと、「ま、仕方ないか」とぽつりとこぼして御者に言う。
「じゃあ、ここからは歩いて行くんで俺たち降りますよ」
「すみませんが、そうしてもらえると助かります」
アルヴィスの言葉に御者はどこかホッとしたように応えた。
魔法師ではない一般人が、危険だとわかっているところに極力近付きたくないのは感情として当たり前のことだ。
それをわかっているからこそ、アルヴィスも自ら提案したのかもしれない。
「つーわけで、こっから歩くから」
2人のもとに戻ったアルヴィスは、当たり前のように言った。
「おい、貴様は説明というものを知らないのか? なにがつーわけだ、偉そうに言いやがって」
腕を組み待っていたロベルトが、目付き鋭くアルヴィスに噛みつく。
「馬車は動かないんですか?」
アルヴィスが応える前に、すかさず飛鳥が質問で会話に割り込んだ。
この数日の付き合いで、今の会話から十中八九喧嘩になるとわかっているからだ。
「――ん? ああ、そうそう。怯えて動かないんだとさ」
口を開きかけていたアルヴィスは、突然の飛鳥の虚をついた質問に怒気が失せたのか、平常に戻って応えた。
「だから荷物をまとめてさっさと行こうぜ。じゃないと朝になっちまう」
「動かないんじゃ仕方ないですね。わかりました。歩いて行きましょう」
「チッ……初めからそう言えばいいんだよ」
ぶつぶつと文句を言いながらも荷物をまとめるロベルト。
その様子に飛鳥はクスッと笑う。
これも数日共に過ごしてわかったことだが、ロベルトは口は悪いが決して非協力的なわけではない。
素直じゃないだけなのだ。
そう思うと、喧嘩さえしなければどこか可愛いとさえ思う時が飛鳥はあった。
けれどこれは好意のようなものではなく、母性のようなものだ。
飛鳥はそう気付いているので、ロベルトに好意が向くことはこの数日では無かった。
むしろ好意という点ではアルヴィスに抱き始めていたが、これは本人はまだ気付いていないようだ。
――それぞれ荷物をまとめ終え、御者に少し安くなった運賃を支払うと、3人は古城のあるカターニャ山脈目指して進み始めた。




