第53話 ロベルトの不安
「――おー、もう揃ってたか。そんじゃまぁ、行きますか!」
エリザベスと別れ、集合場所に指定した王都北門前に着くと、そこには既にロベルトと飛鳥の2人が待っていた。
アルヴィスはそんな2人に手を振りながら近づくと、自分が最後だというのに気にすることもなく、出発の指示を出した。
「おい、貴様遅れてきたくせになに仕切ってるんだ?」
腕を組みながら門に寄りかかっているロベルトが、少し苛立った態度で言う。
「別に遅れてはないだろ。まだ5分前だぜ?」
アルヴィスはムッとし、左手の腕時計をロベルトに見せつけながら応えた。
「チッ、クズが。俺を待たせた時点で遅れてるんだよ」
「随分とまあ自分勝手だな、ロベルト。俺はお前の下僕じゃねえぞ!」
「貴様も随分と調子に乗ってるようじゃないか。〈最下位〉ということを忘れたのか?」
「くッ――」
「喧嘩は止めてください! これから任務なんですよッ?」
集合してそうそう険悪なムードに、飛鳥はたまらず仲裁に入った。
飛鳥は頭を抱え溜め息を吐くと、急に右腕を伸ばし何かを指しだした。
「とりあえず、お2人共あれに乗ってください。私が先ほど手配しておきました」
飛鳥が指差す先には、門前に待機していた馬車と御者の姿が。
「おー、準備いいな飛鳥!」
馬車の用意などまったく考えていなかったアルヴィスは、素直に飛鳥を褒める。
「少しはこのクズと違って役に立つじゃないか」
ロベルトも珍しく素直に飛鳥を褒めた。
ただし、アルヴィスへの罵倒付きだ。
「おいっ、そのクズって誰のことだ?」
アルヴィスは自分のことだと分かっているが、一応確認してみることにした。
その表情はなんとか平静を装っているが、こめかみがひくついていた。
「そんなこともいちいち言わないとわからないのか? さすがは〈最下位〉だな」
ロベルトはまた棘のある言い方で応える。
お互いいつ手を出してもおかしくない雰囲気だ。
「もうお2人共いい加減にしてください!」
また睨み合い始めたアルヴィスとロベルトに、飛鳥が今度は呪符を構えて叫んだ。
これにはさすがの2人も静かになった。
先日の新人戦で飛鳥の呪符の凄さを身をもって知っているからだ。
それにしてもロベルトは、先ほどからやたらと〈最下位〉を強調してきている。
この準備時間中に何かあったのだろうか。
アルヴィスと会うことはなかったので、アルヴィスが何か怒らせるようなことはしていないはずだ。
それとも単純に、仕切りだしていたアルヴィスに再び実力の差を分からせようと――思い出させようとしていたのだろうか。
――いや、そうではない。
演習場での引き分けに、新人戦では3位と順位は下。おまけにアンヴィエッタに言われた言葉もあってか、自分がこのメンバーで1番弱いということを、彼のプライドが許さないのだろう。
そして、さすがの彼もこれだけの遠出の任務は初めてだ。少々顔が強ばっている。
先ほどからアルヴィスにつっかかり〈最下位〉を強調していたのは、緊張と自分の強さを確認する為だったのかもしれない。
2人が静かになったことで、飛鳥は呪符を袖に戻した。
「さ、乗ってください」と飛鳥が再び乗車することを促すと、3人は馬車に乗り込み出発した。
前金を払わずに出発したことから、すでに飛鳥が支払っていたのだろう。
アルヴィスは、忘れなければ後で支払おうと内心思いながら感謝した。
目的地のカターニャ地方までは、1つの街を経由して向かう。
馬をかえるためと、物資の補給の為だ。
基本的に通路は平地だが、最速で着くには途中山道を越えなければならない。
その山道で激しく消耗することが予想できるため、手前の街で山道往復分の物資を補給するというわけだ。
――アルヴィスたちを乗せた馬車は、予定通り目的地へと進んでいった。
何度か魔物に襲われることもあったが、遠距離は飛鳥、中距離はロベルト、近距離はアルヴィスといったふうに、範囲を決めることによって最適な攻撃をしかけ、危なげ無くここまで進むことが出来た。
「――今がここだから、そろそろカターニャ平原に出る頃だよな?」
アルヴィスが広げた地図を指しながら確認をする。
「そうですね。もうじきこの山道を抜ける頃ですから、そうしたらカターニャ地方――カターニャ平原が見えるはずです。古城はさらにその奥、国境を隔てるカターニャ山脈にあると聞きました」
飛鳥が指で地図をなぞりながら応えた。
「いよいよか」
ロベルトが独り言のようにぽつりと言う。
「なんだぁロベルト。緊張してるのか?」
ロベルトの言葉にアルヴィスが反応し、からかうように返した。
「貴様、冗談でももう一度言ってみろ。その口が斬り飛ぶぞ?」
「おいおいっ。冗談だろうが。ったく、これだから冗談が通じないやつは困るぜ。なぁ? 飛鳥」
「そこで私に同意を求めないでください!」
急に話に巻き込まれた飛鳥は、慌てて叫んだ。
「ちぇっ、なんだよ。――そういえば飛鳥もあまり冗談が通じないタイプだったな」
「今すごい失礼な言葉が聞こえた気がしましたが?」
ぽつりともらしたアルヴィスの言葉に、飛鳥が耳ざとく反応する。
飛鳥のその顔は、ジト目で片手には1枚の呪符が。
それを見たアルヴィスは、両手を軽くあげて降参の意思表示を示す。
「ほらっ、アルヴィスくん、もうすぐ山道を抜けますよ」
呪符をしまった飛鳥が自分の視線の先、アルヴィスの真後ろを指差し、山道の終わりが来ることを告げる。
アルヴィスは振り替えると、道の先から射してくる陽光に思わず目を細めた。
「――抜けたァーッ!」
アルヴィスの眼前には、遮るものが一切なくただただ広大な野原がとびこむ。
「気を付けてください、アルヴィスくん。ここはもうカターニャ地方。魔物の出現数が増えてくるはずです」
「お、おう。そうだったな」
ずっと木々におおわれ暗い山道を通ってきたアルヴィスが、平原の明るさにテンションが上がっていると、現実に返すように飛鳥が注意する。
「ここからが任務本番ですね」
「気合いが入るな」
飛鳥の言葉に、アルヴィスが身体をほぐすように伸びながら応えた。
「お2人とも、いつでも戦える準備をしておいてくださいね」
「ふんっ、誰に命令している」
「よっしゃ! かかって来いやァー!」
2人がそれぞれ反応で返すと、飛鳥も呪符を取りだし辺りを警戒し始めた。




