第49話 昔の記憶
寮長室を出た4人は、エリザベス以外は明日のこの時間にもう一度会う約束だけ交わすと、各々準備のために別れた。
とりあえずアルヴィスは、今度こそ着替えようと上着を手に持ったまま自室がある2階へと向かう。
すると、エリザベスも自然に後を付いてきた。
アルヴィスはこれといって別れる理由も思い付かないので、そのまま部屋へと通すと、適当に座るように指示を出し自身はクローゼットへ予備の制服を取りに行く。
制服は何度でも無料で新品のものを講義棟で配布しているので、すっかりアルヴィスの普段着化していた。
クローゼットの中には常に3着はある状態だ。
着替えを済ませ、だが上着のブレザーは講義も終わっているので着ることはせずにシャツ姿でエリザベスのもとへと戻る。
「お待たせ」
アルヴィスはベッドに腰掛けているエリザベスに声を掛ける。
部屋のあちこちを興味津々といった風に見回していたエリザベスは、こちらに振り向くと微笑で首を振った。
「ううん、全然待ってないよ」
アルヴィスは同じ部屋の造りのはずで、これといって変わったものなど無いはずのこの部屋を見ていた意味が解らず、軽く首を傾げるが、聞くほどのことでもないのでふれることはせず、この後の予定を聞いてみることにした。
「エリザ、飯でも食いに行くか?」
「うん。私もさっきからお腹すいちゃって」
えへへと可愛らしく微笑むエリザベスに、アルヴィスは内心ドキリとした。
だが顔には出さないように平静を装い、エリザベスを先に部屋から出すと鍵を閉めて並んで歩き出す。
来た通路を戻るだけなのに先程とは違い、何故か妙に意識してしまう。
エリザベスは可愛い。
これは学院の誰もが認めていることで、ラザフォード学院の二大美女と呼ばれていることを以前アルヴィスは耳にしたことがあった。
そんな美少女でも毎日の様に一緒にいたせいか馴れてしまう。
だが先の部屋での微笑み。
あれは最近の戦い続きで張り詰めていた精神状態から、安息の日常に戻ったアルヴィスには不意討ちすぎたようだ。
「そういえば――」
「お、おうっ!?」
「どうしたの? アルくんなんかおかしいよ?」
「な、なんでもねえよ。それよりどうした?」
急に話し掛けられ、アルヴィスは上擦った声で反応してしまった。
クスリと笑うエリザベスに、アルヴィスは恥ずかしかったのかやや頬を朱に染めて続きを促す。
「そういえば、アルくん少し――背、伸びたね」
隣を歩きながら手で自分との伸長を比べる仕草をするエリザベス。
「え、ホントか?」
アルヴィスは隣のエリザベスを改めて見ると、確かに春頃より少し身長差を感じた。
「確かに少しだけ伸びたかも!」
アルヴィスはその事実に嬉しそうに応える。
これも彼の魔法の影響なのだろう。
成長期のアルヴィスの身長が伸びるのは何もおかしなことではないのだが、わずか1ヶ月少々で目測でわかるほどの成長をするものだろうか。
入学時は175㎝ほどだった彼が、今は178㎝にまで実は伸びている。
本人はもちろん正確な今の身長は知らないが、3㎝も伸びていたのだ。
そのことに本人であるアルヴィス自身よりも早くエリザベスが気付いたあたり、彼女が日頃からどれだけ彼のことを見ているのかが分かってしまう。
「きみもやっぱり男の子なんだね」
「何をいまさら――」
「ほんと、大きくなったよ」
エリザベスはどこか昔を懐かしむような眼で優しく微笑む。
「……なぁ、エリザ。俺たち、昔どこかで――」
「えっ……!?」
「いや、何でも無い。忘れてくれ」
エリザベスは一瞬アルヴィスが過去に出会っていたことを思い出したのではと期待したが、けれど彼に話を切られてしまう。
「そっか……」
少し寂しそうに俯くエリザベス。
そんな彼女の様子にアルヴィスはチクりと胸が痛むが、「昔あったことがないか?」などと聞き、違った時のことを考えたら急に不安になったのだ。
エリザベスに変な人だと思われたくない。どちらかといえば、良く見られたい。
そんな簡単で、純粋な想いが彼の口を閉ざしてしまう。
お互い異性として意識している相手だけに、片やちょっとしたことでも慎重になってしまい、片やちょっとしたことでも寂しくなってしまうのだ。
少し沈んだ空気のまま目的地の食堂へ着くと、それぞれ好きなように食器に料理を盛り付け、空いている席を探し向かい合って座る。
しばしの間無言で食事をするが、このままではまずいとアルヴィスが話題を振った。
「な、なぁ、エリザはカターニャ地方って行ったことがあるか?」
「えっ? ――ううん、行ったことはないかな」
エリザベスは急に話し掛けられ驚くが、すぐに気を取り直し返答する。
「行ったことはないけど、噂は聞いたことあるよ。今回の任務に関係があると思って、それで付いてきてたんだけど……」
「えっ!? あっ、そうなのか!?」
「う、うん。なんか言うタイミング逃しちゃって……ごめんね?」
「いや、俺こそすまん」
アルヴィスとエリザベスはどちらからともなくクスリと笑うと、先ほどまでの重たい空気が一瞬で消え去った。
「じゃあ、その噂を教えてくれるか?」
「うん。カターニャ地方って――」
わだかまりが消えた2人は、きたるカターニャ調査任務について話始めた。




