第46話 覚醒の兆し
「だがありえん! 空間魔法は今は学院長だけの魔法のはずだ! それにあいつは既に加速魔法を使っている……2種類の魔法を使うなど聞いたことがないぞ……」
アンヴィエッタは、教授達より一段高い位置で観戦するラザフォードの反応を窺うように横目で見た。
だがラザフォードは表情1つ変えることなく楽しそうにアルヴィスの姿を眺めている。
白髭を撫でながら時折フォッフォッと笑う姿に、アンヴィエッタにある考えが浮かんだ。
まさか、初めから知っていたのでは? と。
アンヴィエッタは視線をアルヴィスに戻し2人の共通点を探してみるが、どこをどう見ても似ている部分が見付からない。
とてもじゃないが今の彼女の知識では、2人が血縁関係である可能性を見出だすことは出来なかった。
そもそもラザフォードには現在子供がいない。
この学院も、子供のいないラザフォードの後継ぎを探し育てる為にあると言われているほどなのだ。
(これは少し詳しく調べてみる必要があるな……)
アンヴィエッタは顎に手を当て考える仕草をする。
そして再び試合観戦に注視すると、新人戦の佳境を迎えようとしていた。
「あ、あなたっ……一体風神に何をしたのですか……!? 風神は私の式の中でも最強の神の名を持つ式ですよ! 」
「…………」
「く……っ! 雷神っ、あの者を消し去って下さい!」
飛鳥は無反応のアルヴィスに畏怖し、雷神に攻撃命令を下すと自身はアルヴィスと距離を取った。
雷神は唸り声の様な雄叫びを上げ、太鼓を激しく叩くと落雷を発生させアルヴィスに襲い掛かる。
「…………」
だがアルヴィスが頭上を凪ぎ払う様に手を振ると、雷神の落雷を消し去ってしまう。
さらにその右手を正面の雷神に向けると、先程の風神の時同様握り締めだした。
「…………〈空間歪曲〉……!」
「グルォォォッ――!!」
アルヴィスの手の動きと連動するように雷神の周囲の空間が歪に捻れた。
雷神は収縮し圧してくる空間に抗うように叫びながら魔力を放出する。
だが――
「…………!」
アルヴィスは右手だけではなく左手も雷神へ向けると、両手で雷神を包み潰す様に手を合わせていく。
「雷神……ッ!? ――爆ぜなさいッ! 〈急急如律令〉!!」
飛鳥は装束の両袖から片手に5枚ずつの呪符を取り出すと、呪符を発動させアルヴィスに全ての呪符を投げた。
それはアルヴィスに向かって一直線に飛び、触れる手前で爆発し辺りを爆煙で覆い尽くした。
「え――っ!?」
だが煙から姿を現したアルヴィスは無傷そのものだった。
それもそのはず、呪符の爆発はアルヴィスに触れると同時にそれまでの過程が巻き戻るように鎮まったのだ。
瞬時に身体に纏った〈時の迷宮・リバース〉 ――以下〈時の迷宮・リバース〉も〈時の迷宮〉と呼ぶことにしよう――の能力によって爆発そのものが消えたからだ。
そして一際大きい叫び声を上げ雷神もまた歪められた空間に押し潰され消失した。
「雷神……っ!? ――護りなさい〈急急如律令〉!!」
飛鳥は雷神まで失い愈身の危険を感じたのか、ありったけの呪符を自身の周りに魔法障壁として展開した。
アルヴィスは片手ずつで飛鳥の周辺至る所を〈空間歪曲〉で消し去っていくが、幾重にも重なり展開している魔法障壁が邪魔をし直接飛鳥を狙うことが出来ないようだ。
また飛鳥も魔法障壁が消える度に次々に新たに呪符を発動させている。
持久戦に持ち込むつもりなのか、単にこの状況を打開する策が無いのかはわからないが、アルヴィスにとっては前者では分が悪い。
アルヴィスは〈空間歪曲〉を止め、右手から霧状にした〈時の迷宮〉を発動し放出する。
それは飛鳥の魔法障壁に触れた瞬間次々と消し去っていく。
その消滅速度は〈空間歪曲〉とは比べ物にならず、1つ1つ消えていた先程までとは違い、霧化した〈時の迷宮〉は魔法障壁を消すと魔法が消えるということはなく、広がり続けその範囲は飛鳥の足元にまで達しようとしている。
そして〈時の迷宮〉が通った跡は、地面が枯渇し罅割れていた。
「こ、来ないで……い、嫌ァァァ――っ!!」
ついに霧が飛鳥に届こうかとしたとき、彼女は恐怖で悲鳴を上げた。
「そこまでじゃな――――〈次元の門〉」
突如として何処かから聞こえた声と同時に、飛鳥の眼前――〈時の迷宮〉との間の空間に亀裂が生じ、門が開く様に空間が左右に裂けた。
その亀裂――門の先の景色は見たことがない地へと続いており、別次元へと繋がっていた。
そこに霧化した〈時の迷宮〉が流れこんでいく。
どうやらアルヴィスは霧自体を自由に操り進めることは出来ないようだ。
そして全ての霧が門の先へと流れいくと、裂けていた空間も閉じ亀裂が消える。
交戦フィールドにはへたり座り込む飛鳥と、魔力がついに尽きたのか前のめりに倒れているアルヴィスの姿だけが残されている。
「試合終了じゃ! 今年の新人戦、勝者は――2寮代表、枢木飛鳥!!」
アルヴィスが倒れ戦闘続行不可と判断されたのか、試合終了を告げる声が闘技場内に響き渡った。
その声は、先の門を召喚した人物と同じ声――学院長のラザフォードのものだった。
勝者発表と同時にそれまで静まり返っていた場内が、歓声の声で溢れかえった。
「教授達は負傷者の救護を。これにて、今年の新人戦を終了とする!」