第45話 風神雷神
「何をそんなに驚いているのですか? いくら天才と呼ばれる彼でも所詮はCランク、風神に勝てるはずがありません。当然の結果です。むしろ、私は貴方に驚いています。なぜ〈最下位〉と呼ばれる貴方が、雷神を相手にまだ立っていられるのですか?」
「それはこっちの台詞だぜ! お前みたいな魔術師がCランク以下のわけがねェ。だが今の1年ではロベルトしかCランクはいない。どういうことだ!」
「1つ、間違っていますよ? 〈最下位〉さん」
「なんだと?」
「私は魔術師ではありません、陰陽師です。そしてこれは、私が使役する式神。つまり、こちらで呼ばれるところのサーヴァントではないのですよ。私のランクが低い理由、もう分かっていただけましたよね?」
「…………」
「わからないのですか!?」
「おう」
アルヴィスの返事に飛鳥は肩を滑らすように落とした。
姿勢を直し、飛鳥は「宜しいですか」と教え始める。
「ランク戦は、初めからサーヴァントを連れるのはルール上問題ございませんが、魔法の類いを発動した状態での出場はダメなのです。つまり、私の式神は後者に分類され、開始後に呼び出す必要があります。予選ならまだしも、決勝戦ともなればそんな時間はありません。式のいない私は見た目通りのか弱い女の子なんですよ?」
線は細く華奢であり、色白というより蒼白に近いほどの肌を持つ飛鳥は、確かに見た目的にはか弱い女の子なのかもしれない。
だがアルヴィスは、自分の拳を受けても平気で立ち上がる女のどこがか弱いのかと思っていた。が、教えてもらった側の今回はツッコミを止めておいた。
「では、そろそろ再開といきましょう――風神! 雷神!」
飛鳥は風神に持ち上げられ肩に座ると、雷神も引き連れ上空へと飛んでいく。
「真の力を思い知りなさい!」
風神が風袋を操作すると、アルヴィスを中心として竜巻が突如として発生した。
それはアルヴィスの逃げ場を塞ぐ籠となる。
さらにそれだけではない。
逃げ場を失ったアルヴィスの頭上では、雷鳴を轟かせながら牙を剥いていた。
「合技――〈怒れる雷鳴〉」
雷雲の中で蓄電していたように轟いていたそれは、風神の起こした竜巻に落雷する。
さらに雷を帯びた竜巻がその範囲を狭めていき、アルヴィスへと縮小する。
「ちっ」
アルヴィスは右手で竜巻に触れて消し去ると、まずは距離を詰めようと駆け出した。
だが飛鳥の真の狙いはそこではなかった。
竜巻によって視界を遮られていたアルヴィスの眼前には、すでに飛鳥の第2撃目が襲い掛かってきていたのだ。
「喰い千切りなさい――〈八岐大蛇〉」
眼前には、8本の竜巻が別々にうねりながら迫っている。
それはまるで巨大な生物だった。
アルヴィスは瞬時に左手にも〈時の迷宮・リバース〉を発動させ、両手で竜巻を消していくが、手数が足りていない。
2本の竜巻に捕らえられ、上へ下へ縦横に弾き飛ばされる。
「これで終わりです――〈神の裁き〉!!」
飛鳥は天に翳していた手を、空中に舞うアルヴィス目掛けて勢いよく振り下ろした。
すると手に呼応するように天が輝き、空を覆い尽くさんばかりの光量を放ちながら巨大な雷が降る。
「うわぁぁああァァッ――!!」
耳をつんざく程の雷鳴と、衝撃による地響きを響かせながら直撃したそれは、今までの数倍の太さ、範囲であった。
黒く焼け焦げた地面には、雷でぴくぴくと筋肉が動きながら倒れているアルヴィスの姿が。
彼の戦闘不能を確信した飛鳥は、上空から風神雷神と共に降りてくる。
「少々手こずりましたが、私の勝ちのようですね」
風神の肩から地面に降り立った飛鳥は、口許を呪符で隠しながら勝利の笑みを浮かべていた。
――――だが、事態はここから急転した。
地面に倒れているアルヴィスから、突如として白光が発する。
以前にも似た光景があった。
それは、フレデリック邸戦で起きた再生の光。
焼け爛れた皮膚はたちまち元に戻り、アルヴィスに精気が戻る。
だがしかし、アルヴィスは依然気を失ったままなのだ。
そのアルヴィスはまるで操り人形のような動きでむくりと立ち上がると、気を失ったままの状態で右手を飛鳥に向けた。
アルヴィスの異変に何か危険を感じたのだろう。風神は命じられてもいないのに、身を盾にするためかアルヴィスと飛鳥の間に割り込み立った。
同時に、アルヴィスは飛鳥に向けていた手を握り締めだす。
――直後。
風神が歪曲し収縮し、歪な姿へと変わっていく。
それを現象として例えるならば、風神の中心にブラックホールのような引力を持つ物体が出現し、それに吸い込まれているというような想像をすると分かりやすいのだろうが、もっと端的に言うなれば、そう――
握り潰されたのだ。
風神はアルヴィスの何らかの力によって、見えない何かに押し潰されたのだ。
「あれは!? まさか、空間操作……なのか……っ!?」
観戦席で腕を組み見ていたアンヴィエッタは、交戦フィールドで起きた事態に 、アルヴィスの力に、そして、その可能性に驚き、思わず席を立ち上がっていた。




