第44話 興味ねぇ
「誰がチビッ子ですか! 私はこれでも150cmなんです! ――防ぎなさい、〈急急如律令〉」
アルヴィスが叫びながら駆けると、飛鳥はそれを否定しながら呪符を魔法障壁へと変えた。
有り難いことに、これは先程とまったく同じシチュエーションとなった。
数枚の呪符が、アルヴィスの真正面からの突撃を許さないように光輝く。
「ドラァァッ!」
刹那、アルヴィスの拳が触れた。
――瞬間。
時間にしたらわずか0.1秒にもみたないだろう。
その極々わずかな時間、まさに瞬間的な時間で魔法障壁が消え、呪符からは光がなくなり、さらには塵となって四散する。
まるでそれは、呪符が作られて魔法障壁を発動するまでの過程が巻き戻ったかの様な光景だった。
だがこれは一瞬での出来事。
アルヴィスも含め、通常の肉眼では巻き戻った一連の流れなど見えておらず、触れた瞬間消えた様にしか見えていなかっただろう。
この原理はともあれ、アルヴィスの望む一瞬にして魔法を無力化する魔法を得たのだ。
そのアルヴィスは駆ける足を止めず、拳が届く間合いまで飛鳥に接近していた。
「護りなさい――」
飛鳥はまさか自分の呪符が破られるとは思いもせず、片手に残す呪符の発動が遅れる。
そこをアルヴィスは逃さず拳を放つ。
「喰らいやがれッ!」
「急急如――――キャァァッ!?」
腹部にアルヴィスの渾身の一撃を受けた飛鳥は、痛みに声を上げながら数十メートルの距離を吹き飛び、地面を転がる。
誰がどう見てもこの勝敗の致命打となるほどの一撃だったが、だが、アルヴィスはどこか違和感を感じていた。
確かな手応えはあったのだが、どこか納得のいかないアルヴィスは、地面から起き上がる飛鳥を注視する。
そう、地面から起き上がったのだ。
アルヴィスは違和感の正体に気付き、慌ててロキと闘っていた辺りを見遣る。
地面は割れ、そこには未だに大矛が突き刺さっている。
さらに奥に眼を向けると、ロキが激突し作った側壁のめり込みが。今もめり込んだまま填まっているロキの周りの壁は、蜘蛛の巣状にひび割れていた。
(やっぱりだ。やっぱり、あいつは何かしてやがる!)
「おい! お前、いったい何をした! どうやって俺の拳の威力を抑えた!」
アルヴィスが感じた違和感の正体。
それは、飛鳥の吹き飛んだ飛距離が短いということだった。
同じ力、いや、それ以上の魔力を込めて打ったアルヴィスの拳は、ロキの時よりも威力が無かったのだ。
飛鳥は装束の土埃を払いながら、至極不愉快そうな顔をしていた。
「あーもうっ。あなたのせいで私の一張羅が台無しです。完全に怒りましたよ!」
「質問に答えろチビッ子!」
「チビッ子じゃないです! ――まぁ、いいでしょう。貴方の質問に答えてあげましょう」
飛鳥は憤怒の状態から一転、今度は少し得意気な表情へと変わった。
アルヴィスはコロコロ表情が変わる変な奴だなと思いながらも、飛鳥の言葉を待つ。
「この装束は、これそのものが魔道具なのです。魔力を練り込んだ糸で1から作った魔装束なのです」
飛鳥はえへんと腰に手を当て胸を張る。
(なるほど。つまり、あの装束の上からじゃあ威力を減少させられるわけか。なら今度は、呪符を攻略した後も魔法を発動し続けて殴ってやる!)
「お前のその装束、今から俺が消滅してやるよ」
アルヴィスは右手を顔の位置くらいまで掲げ、〈時の迷宮・リバース〉を発動させた。
「消滅って……まさかっ、貴方!? わ、私をこんな公衆の面前で裸にするつもりですか!?」
「は? ちげーよ、バカか。お前みたいなちんちくりんの裸なんて興味がねェ」
「…………殺……殺、殺殺殺殺殺殺殺殺サァァツゥゥー! ――滅せよ外道!!」
どうやら体型のことはタブーだったらしく、飛鳥は凄まじい形相で雷神にアルヴィスへの攻撃を命じた。
「おー怖ッ、あれじゃあどっちが鬼かわからねェな」
アルヴィスは軽口をたたくくらいの余裕が生まれたようだった。
それは、やっと飛鳥にダメージを与えることが出来たからなのか、それとも、新たな力を手にしたからなのかはわからない。
だが、飛鳥攻略の糸口を掴んだのは間違いない。
アルヴィスは怒れ狂う飛鳥目指して一直線に駆け出す。
まずは雷神の落雷を何とかしなければならないが、先程までとは違い、避けようという意思を彼の動きからは感じられなかった。
飛鳥からしてみれば、動きが単純化した今のアルヴィスは格好の的だった。
しかし、それはアルヴィスにとっても同じことだった。
何度も何度も落雷を放たれ、アルヴィスは既に1撃目から2撃目、3撃目までのタイムラグを覚えていた。
そして、落雷は確実に真上から降ってくる。
それならば、自分が単純な動きをして落雷のタイミングに合わせて腕を挙げれば無効化できる。
常に挙げ続けるという選択肢もあったが、それでは鬼のような飛鳥の呪符攻撃の対応に遅れてしまう。
ついに、そのタイミングが訪れる。
雷神の太鼓を叩く動作が次第に激しくなり、雷鳴と共に落雷が発生した。
「ここだあっ!」
アルヴィスは頭上に舞うゴミでも払うかのように右腕を振る。
すると、まるで落雷からタイミングを合わせたように右腕に命中し、一瞬で消滅した。
続く2撃目、3撃目とアルヴィスは同じように腕を振り、落雷を打ち消す。
これには飛鳥も驚愕の表情へと変わっていた。
鬼の形相から今の光景を見て我を取り戻したのか、飛鳥は驚き開いた口を閉じ、手にする呪符で口許を隠し咳払いを1つ。
乙女の恥じらいというものだろうか。
そして、そんな彼女は命じた。
「――おいで下さいませ、風神!」
「な――ッ!?」
飛鳥は雷神ではなく、ロベルトと交戦しているはずの風神を呼び戻したのだ。
アルヴィスはその言葉に驚き、ロベルトの姿を探す。
そしてその姿は、後方数十メートル先で倒れていたのだ。
「……マジかよ……っ。あいつが、負けた?」




