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孤児の俺と魔術学院生活~人生逆転計画~  作者: 神堂皐月
新人戦編 ―後編―
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第39話 負けるな

「あいつ、いい顔するようになったじゃないか」


 階段を上っていくエリザベスの後ろ姿を見送りながら、アンヴィエッタは呟き煙管をくわえた。


 一服しながら2人を待っていると、予備の制服に着替えてきたアルヴィスが2階から降りてきた。


「随分と早いじゃないか、坊や」


「ああ、着替えるだけだしな。そんなことより、早く会場に行きたいんだけど、どこでやるんだ?」


「そう急ぐこともなかろう。どうせ時刻まで何も始まらんよ」


「そうなのか? なら飯でも食いに行くかな」


「それは構わんが、食べ過ぎには注意しろよ?」


「わかってるって」


 そう言いアルヴィスは手をひと振りすると、食堂へ歩いていった。


「おいっ、場所はわかっているのか? 闘技場だからな! 遅れるなよ!」 


 開催場所を伝える前に去っていくアルヴィスの背中に、アンヴィエッタは慌てて伝える。


「まったく。ほんとにこんな調子で大丈夫なのかね、坊やは」


 アンヴィエッタは額に手を当て頭をふった。


 1寮担当教授である彼女の心情を察すれば共感しないでもない。


 何せ国王でもあるあの学院長を押し止めてまでもアルヴィスの新人戦参加を待ったのにもかかわらず、そんなことがあったとは露知らずあの調子なのだ。


 だが彼女もまた知らないのだ。アルヴィスがどれほどの困難を乗り越えて帰ってきたかということを。


「寮長、アルくんまだ来てないですか?」


 アンヴィエッタが頭を悩ませていると、そこにアルヴィス同様真新しい制服に着替えたエリザベスが戻ってきた。


「今さっき食堂へ向かったところだ」


「ありがとうございます」


 御礼の言葉と共に綺麗に一礼したエリザベスは、玄関前にただ1人ぽつんとアンヴィエッタを置いて行ってしまった。


「……あいつらは……なんの為に私がここに居ると思ってるんだ……!」


 新人戦について何も知らないアルヴィスに、たまには担当らしくちゃんと詳細を教えてあげようと残っていたアンヴィエッタだったが、あまりの2人のマイペースな行動にこめかみをひくつかせて怒りを露にしていた。


「もう知らんぞ私は。精々無様な試合だけはしないことだな」


 その場におらず聞こえるはずのないアルヴィスに吐き捨てるように言うと、アンヴィエッタは再度新人戦参加生徒を伝える為に学院長室に向かった。


 一方、食堂へ行ったアルヴィスとエリザベスは、ここ数日まともに食事をしていなかったせいか、盛り皿に山のように料理を乗せて向かい合うように座っていた。


「なぁ、エリザ。新人戦は何試合やるんだ?」


 と肉料理を貪りながら食べるアルヴィス。


「えーと、年によって違うみたいだけど、私の年はトーナメント方式だったし、去年は初戦が1対1、2回戦で残りの全員だったかな。だから毎年バラバラなの」


 そう返すエリザベスは、メインの肉料理などはほどほどにサラダを食べている。


 いくら腹が空いていてもバランスは考えているようだ。


「ところで君ねぇ、さっきからスゴいいっぱい食べてるけど、別に食べても魔力は回復しないよ? さっき平気なふりせずにちゃんと事情話せばよかったじゃない。出場さえすればとりあえず危機は回避できたんだし」


「イヤだ」


 ステーキの刺さったフォークをくわえながら応えるアルヴィス。


「どんな状態でも出るからには全力でいく。俺には目的があるって、エリザももう知ってるんだろ?」


「それは……」


(そうだけど……。ほとんど休憩もせずに私を持ったまま1日走りっぱなしなのに……。いくらアルくんでも相当辛いはずだよ)


 エリザベスはアルヴィスの体調が不安なのか表情が陰る。


 それに気付いたステーキに夢中のアルヴィスは、フォークを持つ手を止め、ニカッと微笑んだ。


「そんな心配すんなって! 俺なら大丈夫だからよ。だからエリザは観戦席で見ててくれ。この2週間の成果をよ」


「うん」


「だからさ、今言うべきは心配の言葉じゃないぜ?」


「わかった。もう大丈夫。だから、頑張って!」


「おうっ」


 心配するアルヴィスに励まされ、エリザベスも少しは不安が和らいだのか微笑み、声援を送った。


 山盛りに用意した料理もあっという間にたいらげた2人は――ほとんどがアルヴィス1人で食べたのだが――開会式が始まる時刻も迫っているため、会場であるメインフィールド、通称――闘技場へと向かうことにした。


 各寮にある演習場の交戦フィールドは100m×50mだったが、闘技場は縦横共に100mと広く、観戦席数も倍以上だ。


 優に1万人は席に座ることが可能であろう。


 主にこの闘技場は、王都で行われるAランク、Sランクの昇格試合で使用され、そのほかでは今回のようなイベント事でしかあまり使われない。


 新人戦で使うのには2つの理由がある。


 1つは、単純に貴族も多く集まるため、1番良い施設で行うということ。


 もう1つは、早く君たち新入生もここで闘える魔術師になりなさいという、学院長の想いからだ。


 2人が闘技場前に着くと、クエストなどで不在の一部を除いた全生徒がぞろぞろと集まってきていた。


 その数は5000人を越え、すでに前列に座っていた貴族や関係者を含めれば7000人には届くだろう。


 さらにここから一般観戦者も来場する。


 この新人戦は、親や関係者のみならず、ラザフォード国民への新戦力お披露目会の役割も兼ねているのだ。


 アルヴィスは観戦席へ行くエリザベスと別れると、参加者控え室へと向かう。


 控え室と言っても、シャワールームも兼ねているただのロッカールームだ。


 それが4ヵ所ある出入り口に通じる通路途中に部屋がある。


 5寮制の生徒達に4ヵ所の控え室だ。当然何処かの控え室では、これから敵になる相手の寮生と同じ部屋になってしまう。


 アルヴィスは、とくに控え室指定をされていないので、1寮から1番近くの控え室へと入った。


 すると部屋にはただ1人、ロベルトの姿だけがあった。


 どうやら他の生徒は皆、別の3ヶ所を選んだようだ。


 ロベルトも含め全参加生徒がアルヴィスと同じ考えで部屋を選んだのなら、当然このような結果になる。


それを利用し、現在序列1位で優勝候補筆頭のロベルトと同じ控え室を選ぶ物好きはいなかったということだ。


 ロベルトもアルヴィスに気が付き、鋭い目付きで一瞥をくれるが、アルヴィスは気にせずロベルトの対面にある長椅子に腰を掛けた。


 ロベルトから小さく舌打ちが聞こえた気もしたが、彼は既に眼を瞑っている。


 精神を集中しているのだろうか。


「なあっ、お前ってたしか序列1位だよな?」


「…………」


 だがアルヴィスはそれすらもお構い無しに話しかけ始めた。


 ロベルトは無視をするが、その表情は不愉快そうに歪んでいるようにも見える。


「ってことはよ、今日お前に勝てば、俺が序列1位になれたりするのか?」


「調子に乗るなよ」


 ロベルトが醸し出す話し掛けるなというオーラを無視して話し続けたアルヴィスに、さすがの彼も堪えられなかったのか、とても低く冷たい口調で応えた。


「貴様ごときが俺に勝てると思うなよ。万が一が起きたとしても、こんな場での試合が序列に関係あるわけがない」


 ロベルトは眼を瞑ったまま冷めた口調で話す。


「――だが、その後に影響してくるよな?」


「――!?」


 アルヴィスの言葉に、ロベルトは思わず眼を見開いた。


「例え序列に関係なくても勝ったという事実は残る。それに、魔術師としてのヒエラルキーも覆るだろ?」


「貴様、何を考えている?」


「俺はこの学院で天辺を取る。そのためにはまずはロベルト、あんただ。あんたを倒して1年のトップの座を頂く」


「学年の次は学院序列で1位を取るということか? 無理だな。貴様ごときではあいつを倒せない」


「あいつ?」


「現学院序列1位、俺の兄――クリストフ・シルヴァ。〈剣帝〉の名を持つ者だ」


「俺の兄って……ええッ!? まじかよ!? お前の兄ちゃんが1位って……」


(おいおい、兄弟そろって天才かよ)


 アルヴィスは驚愕の事実に驚きを隠せず、手に汗をかいていた。


 そのことにさらに驚くと、汗を消すように拳を握り、笑った。


「ほんとおもしれェな、お前……」


「なんだと?」


「ほんとおもしれェよ、お前も、この学院も」


(すげェ奴らばっかでよ)


「何が面白いか知らないが、あいつは俺が倒す。貴様にはくれてやらんぞ」


「まぁ兄弟喧嘩に興味はねェよ。それに、1位を取ることだけが天辺を取る方法じゃあないしな」


「ふんっ、ならいいが。邪魔をするならその時は容赦しないぞ」


「俺もだ。俺も天辺を取る邪魔をするならお前だろうが〈剣帝〉様だろうが容赦はしねェ」


 その時、控え室内に選手を呼び出すアナウンスがかかった。


 どうやら開会式も終わったらしく、いよいよ試合開始のようだ。


 そのアナウンスを聞いたロベルトは静かに席を立ち上がり、アルヴィスに背を向け先に出ていく。


 そして、扉に手をかけると、立ち止まり振り向くことなくぽつりとつぶやいた。


「――負けるな。貴様も俺が倒す」


「ハッ、(のぞ)むところだ」


「ふんっ」


 ロベルトは鼻で笑うと、扉を開けて先に出ていった。


 室内にはただ1人残されたアルヴィスの姿だけだ。


「なんだ。あいつ結構喋んじゃん――さてと、俺もそろそろ行きますか」


 どこか嬉しそうにアルヴィスは席を立ち上がると、両手を上げて身体を伸ばしながら控え室を出ていった。

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