第141話 せめてもの情け
「よし、そろそろいけるか」
魔力を溜め終えたアルヴィスは、七霊剣から片手を放しマルコへと向けると、
「喰らいやがれッ!」
ニッと笑ったアルヴィスは〈次元の穴〉を発動させると、〈メガフレア〉を穴に通してマルコの真横から放出させた。
「…………」
けれどマルコは動じることなくその身に直撃させていた。真横からの〈メガフレア〉には気付いていたはずだ。なのにどうして避けることも防ぐこともしなかったのだろうか。アルヴィスは理由が解らず首を捻る。
マルコに魔法を止める気が見られない。どういうことだろうか。アルヴィスは今度は逆側に首を捻り、思案顔へと変わる。
「――!? まさかあいつ……っ!?」
(物理だけじゃなくて炎もまったく効いてないのか!?)
以前、アリスから〈影纏い〉のような物理攻撃無効状態の相手にたいしての有効方法として魔力攻撃をすすめられていた。外傷などのダメージは与えられないが、相手の魔力を削ることが出来るからだ。なので今回の狙いも魔力を削ることであった。だがそれすらも効果を感じられない。
「このままじゃまた我慢比べになっちまうな」
〈メガフレア〉が効かないとなれば、さっきまでと同じ状況ということになる。どちらの魔法維持が先に不可能となるかだ。
(どうする……どうやってあいつを倒す……)
アルヴィスは打開策を考えつつ、確認するように背を振り向く。
背後にはクリストフ軍の大半が乱戦状態となっている。ここでアルヴィスが魔法を止め、避けるようなことをすれば〈メガフレア〉はこのまま直進しクリストフ軍を壊滅に追い込むだろう。戦略級魔法なのだ、そのくらい考えなくとも解る。
再び正面に視線を戻すと、マルコ目がけて七霊剣を投擲した。空中で7本に分離し、マルコを囲むように縦横に飛んでいくとそれぞれ地面に突き刺さったり空中で静止したりと配置された。
「〈空間歪曲〉!」
アルヴィスは右手で〈次元の穴〉を維持しつつ、左手で新たに魔法を発動すると7本の剣が巨大な魔法陣を展開し、マルコを潰すために収束していく。
〈次元の穴〉を通り抜けてマルコに向かっている〈メガフレア〉も歪んだ次元の前では無力のようで、空間に衝突した瞬間に散るように消滅する。
「……ッ!?」
周囲の変化に炎神化したマルコは声を出さないまでも驚きの色がうかがえた。
「これならいけるか!?」
アルヴィスもその様子に効果を期待しつつ、さらに魔力を高めていく。するとマルコ自身が放っている〈メガフレア〉もついに〈空間歪曲〉との魔力のぶつかり合いに押し負け、状態維持が出来なくなった。
マルコは両手を左右に広げると、まるで獣のような咆哮をあげながら多重魔力障壁を展開する。
以前まだ未完成だった〈空間歪曲〉を防いだアリスと同じ方法だということを思い出しながら、アルヴィスは空いた右手も向けて魔力を送る。
「ウォォォォ――ッ」
「ウゴァァァッ――グガガガガガガッ!!」
渾身の力を込めて魔法を発動する両者は、牙を剥くように吠えながら睨み殺すような眼光だ。
さらにアルヴィスはここが勝負所だと判断すると空間掌握領域をマルコが居る場まで広げ、
「〈時空停止〉!!」
〈空間歪曲〉内の酸素を停めた。するとたちまちマルコの身体のシルエットが不安定に揺らめきだし、状態維持が困難になりだす。だが停止、といっても酸素は周りに存在はするので瞬時に消えることはない。けれどそれはアルヴィスの想定内である。
「てめぇが酸素を使えば呼吸困難になってくはずだ。俺に潰されるのと、てめぇが窒息するの、どっちが先だろうな」
アルヴィスは口元の片端を吊り上げ、悪ガキのような笑みを浮かべる。
「ま、どっちにしろ潰し消してやるけどな!」
潰されるよりも早く窒息しようが、結局はそのあと止めのために潰すのだ。
だがこの状態はアルヴィスにとっても辛い。〈空間歪曲〉と〈時空停止〉という魔力消費の激しい魔法を同時に使用しているのだ。さらに空間掌握も随時発動しているため、早くケリをつけてしまいたい。
「――……クソッ。糞ガキがぁ……ッ、俺の魔神化を強制的に解きやがったな……」
炎神化の維持が不可となったマルコは本来の姿へと戻っていた。マルコの発言から考えると、どうやら自分で解いたわけではないらしい。けれどアルヴィスが解除したわけでもない。ということは、憑依するように身体を支配していた何かが消え去ったのだろう。だが当のマルコはその自覚がない。つまり炎神化中の記憶は無いに等しいらしい。
なので、
「な、なんだこの状況は……っ!? うっ!? 息が……!?」
突然絶体絶命の状況に追いやられていたマルコは狼狽しながらもがきだした。呼吸が出来ず苦しいのだろう。けれどさすがは将を務めるほどの魔導師、展開中の多重魔力障壁は突然意識が戻ったにも関わらず維持したままである。
「マルコォー、てめぇはもうおしまいだ。最後に言いたいことはあるか? って、呼吸出来なきゃ喋れねーか。――エリザの苦しみを味わって死ね!」
アルヴィスは魔法を解いた直後、自身に加速魔法を掛けて走り出した。そして魔力を失って空中から落下中の剣の1本をキャッチすると、その場はすでにマルコの眼前であった。それはもちろん計算済みの行動であり、キャッチと同時に素早く薙いだ。
魔法解除から薙ぐまでの一連の動作はまさに一瞬の出来事であった。
魔力が底を尽き、さらに無呼吸が続いていたマルコは微動だにすることすらかなわない。気付けば声すら発する間もなくアルヴィスに首を斬り裂かれていた。
だが神速の一閃に、細胞が斬られたことに気付いていないかの如く首が落ちることはなかった。
「……な、なにをした……糞ガキ……?」
マルコが背後のアルヴィスへ振り向こうとしたその時、プシュッという擬音が似合う血飛沫が彼の首から起きた。
「は……?」
――ボトッ。
マルコが突然顔面に血飛沫がかかった理由が解らず呟いた時には、彼の首から上は既に地面に転がり落ちていた。
感嘆の息を洩らしてしまいそうなほど綺麗に斬られた切口からは、初めの血飛沫以外に飛び散ることはなく、ドクドクと流れ出るだけであった。
地面に転がっているマルコは何度かパチパチと瞬きし、それから静かに絶命した。
アルヴィスは剣を振って着いた血を払い飛ばすと、念じて分離した剣を1本に戻す。
「エリザの痛みはこんなもんじゃねぇぞ。せめてもの情けだ、感謝しやがれ」
アルヴィスは呟くようにマルコに言い捨てると、その場を去った。