第140話 復讐者
「さぁーてと、続いては……――ッ!? まさか!? いやちょっと待て!? そんなはずがないッ……!? いや、だけど……」
アルヴィスは空間掌握領域を広げていると覚えのある魔力を感知した。だがその人物がこんなところにいるだなんて信じられない。けど確かに感じる1人の魔力。
アルヴィスは何故という疑問と同時にふつふつと怒りが湧き上がってくるのを実感していた。
魔力源へと〈次元の穴〉で瞬時に移動する。もちろん中空に移動し安全は確保。
分離させ地面に投げて突き刺した七霊剣と自身との位置を入れ替え、牽制と着地を兼ねた移動を成功させる。
「……まさか本当にこいつがいるだなんてな」
アルヴィスは七霊剣を対峙する男へと向けた。
「よぉ、久しぶりだな。元気してたかよ」
「貴様はあの時の!? ……そうか、この魔力の正体は貴様だったか、糞ガキィ……ッ」
溶岩のように赤い炎を身に纏っている男は、感じる魔力の強大さとは真逆に線の細い華奢な体躯をしており、全身に軽装鎧を装備している。だがアルヴィスが知るこの男とは一部変わっていた部位があった。
「貴様にやられたこの腕の痛みが今も毎夜のごとく疼きやがる。その度に貴様のことを思い出したぞ、殺してやりたくてな! それがまさか、こんな場所でまた会えるとは思ってもみなかったぞ。クハッ、クハハハハハッ――」
かつてアルヴィスによって失わされた左腕、その肘から先の部位を今は義手が役割を務めていた。男は左肘を抱き寄せるように触りながら笑いだした。
「俺もあんたと再会できるとは夢のようだぜ。あの時のことは許しちゃいねぇんだ。今度こそその息の根止めてやる」
「――クハハハッ、はッ? 馬鹿か貴様! 貴様みたいな糞ガキふぜいがこの俺を殺せると思ってるのかッ!」
アルヴィスの発言に笑いを止め反応してきた細身の男は、以前の執事然とした立ち居振る舞いなど一切覚えていないかのようなほどに醜い顔で叫び返してきた。
「いいか糞ガキッ、俺はこの2万の軍を率いる将であり帝国第二皇子に仕える第三将軍マルコ・センドルクだ! いつかの豚野郎の執事などではない!」
「あーそうそう! マルコねマルコ! すっかり忘れてたぜ」
額に手を当て仰々しく思い出したアピールをするアルヴィスに、細身の男――マルコは「ふざけるなッ!!」と怒声を上げる。
アルヴィスお得意の人を馬鹿にしたような挑発が見事に効果を発揮したのだ。
マルコの様子を手の隙間から覗くようにして見ていたアルヴィスは小さく口元を歪めて笑っていた。
「あんたが何もんだろうが俺にはどーだっていいんだわ。俺の大事なもんを傷つけたって事実さえあれば、俺がてめぇを殺す理由には十分だ」
台詞を言い終わると同時、アルヴィスは多重加速魔法を掛けて斬りかかりにいく。
砂塵を舞い上げ周囲の敵兵の視界を奪い、さらには衝撃で吹き飛ばしてしまうほどのアルヴィスの疾走は並の魔導師には眼で捉えることなど不可能となっていた。
つまり、
「ツアラァっ――」
瞬き程度の時間で背後を取られ、神速の刃をマルコは胴体に受けていた。
振り抜ききるアルヴィス。それはつまりマルコの身体を上半身と下半身の真っ二つに切断したということになる。――はずなのだが。
「我炎の化身にして神へと昇華賜う者也。それ即ち不死なる肉体也。己が身と魂を捧げ炎神へと変えられませい」
「な、なんだよあれ………っ!?」
アルヴィスは手応えのなさに違和感を覚え、無意識的にマルコと距離を取っていた。そして変化に気付く。――ぶつぶつと呟くマルコの身体が炎そのものへと姿を変えていくのだ。
「……まるでアリスの影化の様だな」
もしアリスの〈影纏い〉と同系統ならば性質が完全に人間のそれとは異なる。――炎。今のマルコは完全に炎となったということになる。
「まぁなんでもいい。とにかく解除さえしちまえば元通りってことだろ」
アルヴィスは額にかいた汗を拭い払うと、七霊剣に〈時の迷宮〉を発動して纏わせる。そして先手を失敗したことで無駄だと判断した多重加速魔法を止めると、その分を身体強化に回して駆け出した。
全身炎と化したマルコは、身体から太陽のプロミネンスの様に炎を突出させながら火力を上げていく。それだけで周囲は凄まじい熱気に包まれ、マルコ軍の兵すら皆慌てて逃げていく。
アルヴィスも身体強化をして各耐性の底上げをしておかなければ今頃は周囲と同じことをしていたかもしれない。だがそれでもやはり熱いものは熱く、アルヴィスは歯を食い縛りながら駆け続けていた。
「〈十連フレア〉」
マルコが右手を薙ぐように振ると、そこには10個の巨大な火球が形成されていた。以前アルヴィスが受けた〈フレア〉という爆ぜる火球魔法に似ているが、そのサイズは眼前の物より二回り程小さかった。その身に受けたからこそわかるが、以前の〈フレア〉ですら殺傷力がかなり高く、肉が簡単にえぐれてしまうほどだ。その〈フレア〉よりもさらに二回りは大きく、それが10個もあるのだ。さすがのアルヴィスも受けた記憶が蘇り怯みそうになってしまう。
だが、
「ウォォォッ――」
わずかな時間差をつけて飛んでくる巨大な火球をアルヴィスは見事な剣捌きで斬り消していく。七霊剣に纏わせている〈時の迷宮〉のおかげで斬れば一瞬にして消失するのだ。
だがさすがに戦闘級の魔法を10個も短時間で消していると、アルヴィス自身の魔力消費もかなりのものがあった。それとは別な体力消費もあった。――マルコが放つ炎により上昇した温度である。
止めどなく溢れる様に流れる汗。それは何もせずともここにいるだけでアルヴィスの体力を奪っていき、脱水症状などによる身体能力の低下も感じられた。
アルヴィスの魔法ならば症状なども生じる前へと戻すことが可能だが、戻したところで周囲の温度が変わらなければまた同じことの繰り返しになってしまう。そんな無駄な魔力消費をしている余裕などはない。アルヴィスはどうしたものかと考えながら、再びマルコへと向かって駆けだした。
マルコはさらに詰め寄ってくるアルヴィスに向かって両手を向けると、連発で火球を放ってきた。それは先程の〈フレア〉とは違いただの火球であるが、その放ってくる数が10や20を軽く超え、アルヴィスは防御にいっぱいいっぱいとなってしまう。
「くっ……!」
額から流れてくる汗が片目に入りそれが沁みる。アルヴィスはこれほどに汗を鬱陶しく感じたことがなく、すぐにでも風呂に入って汗を流したい気分ではあるが、今はそれどころではない。片目を閉じたことで距離感が狂ってしまい微妙に斬り遅れが生じてきていた。
「――ガハァっ……! うぐ……っ」
斬り消しきれず数発の火球を受けてしまったアルヴィスは小さく悲鳴を上げ、爆煙がおさまり現れたその姿は服が破れ片膝を着いていた。
アルヴィスはすぐに身体の時を戻し状態を戻すと、七霊剣を杖代わりに立ち上がる。
「結構やるじゃん。けどてめぇのその醜い姿をさっさと戻させてもらうぜ」
「…………」
「チッ、無視かよ……」
魔神と化したマルコは自我を失いかけているのかアルヴィスへの反応が絶無であった。
アルヴィスは苛立ちを隠すことなく舌打ちすると、七霊剣をマルコに向かって振るい分離させた。
「近寄らせないってんならこっちにだって考えがあるぜ」
マルコを囲むように四方八方へと飛んでいった6本の剣をランダムに自身と入れ替えて瞬間移動しはじめる。その際、次の剣へと入れ替わる前にその剣をマルコに投げつけ攻撃を仕掛ける。防がれようと躱されようと構わず縦横から剣を次々に投げつけていく。もちろんその剣には〈時の迷宮〉がかけられているので、一本でも直撃すれば作戦成功である。
縦横からの投擲攻撃も初めは有効手段に思えたが、慣れられたのかマルコの躱す回数が増えてきていた。防ぐ際に使う魔法で魔力消費も狙いだったのだが、それはもう望めないだろう。
アルヴィスはマルコから離れた場所に剣を投げ、それと位置を入れ替えて一度距離を取ることにした。
「くそっ……。弾いて飛んでいった剣の方向さえ覚えておけば、6本しかない剣だから次にどこから来るか予測出来ちまうのか……」
アルヴィスはマルコの魔神化を解くことを諦めかけていた。魔神化した攻撃だろうが防ぐことは簡単だ。受けても治すことだって出来る。炎なので酸素を止めるという方法もあるが、〈時空停止〉はかなりの魔力を消費する。この一戦で魔力を使い切ってはいられない。
「持久戦しかないのか……」
アルヴィスは分離した七霊剣を戻しつつ呟いた。
「〈メガフレア〉――ハァッ!」
距離を取ったことでマルコにも時間を与えてしまったのだ。そのせいで向けてくるマルコの両手にはそれぞれ巨大な魔法陣が何重にも展開されており、高等魔法を発動するには十分な時間だった。
吠えるように叫んだマルコの両手から1本ずつ、計2本の超高エネルギービームが地面をえぐるように融解させながら放出された。
「おいおいおいっ! あれは治せても直撃はまずいよな!?」
アルヴィスは咄嗟に〈時の迷宮〉を七霊剣に発動させ構えた。
直後――途中で合体し、超超高密度のエネルギービームとなり倍の太さとなった〈メガフレア〉が七霊剣に衝突し切り裂かれ、二又の様に分かれる。
なんとか防げているように見えるが、その熱量によりアルヴィスの肌が溶けていく。超速再生――正確には超速巻き戻しだろうが――と溶け続ける肌。アルヴィスの魔法とマルコの魔法のどちらが先に維持出来なくなるのかの我慢比べとなった。
「このままじゃ防ぐだけの俺が不利だな……――ッ! そうか! これを利用すれば……!」
アルヴィスは七霊剣で斬り消し続けつつ、魔力を溜めて打開案の準備を始め出した。