第139話 ロベルトの帰還
ケビン・ルクシャを討ち取ったアルヴィスの周囲にいる敵兵の士気は明らかに落ちていた。
クリストフ軍が相手をしている敵軍のうち5000人を率いていたのがケビンだ。討ち取るまでに約1000人程を撃破していて、さらに将を失ったことによる士気の低下。アルヴィスの周囲の状況だけで判断すれば、クリストフ軍の優勢に見えた。
だが戦況は甘くはなかった。
戦場全体に眼を広げれば、2人の将を相手にしていたクリストフは苦戦を強いられていた。ローラン軍は、エレナ達の加勢により兵数の差をやっと埋めれた程度だ。6万人の戦場に単独で突撃したアリスも本人が驚くほどに手こずっているのだ。
敵兵が予想以上に強いのは以前エレナが言っていたマジックスーツのせいである。それは能力を向上させる特殊スーツなわけだが、簡単に説明をすれば魔導師ランクを1つ上にあげるくらいの効果を持つ。つまりこの苦戦の原因は、将の力量差ではなく、率いる兵の能力平均値の差であった。
「さぁーて、次はどこを目指すとすっか」
全体の戦況など知る由もないアルヴィスは、辺りを見回すようにして戦場を眺めていた。もちろんその間も襲い掛かってくる敵兵を斬り伏せてはいるが、士気低下のせいか来る兵数は減少していた。
向かう先を決めたアルヴィスは、斬り掛かってくる敵兵を屠ると片手をターゲット近辺の中空へと向けた。
「〈次元の穴〉」
自身の目の前と向けた手の先に歪んだ穴を出現させると、アルヴィスは中へと入る。
周囲の敵を掃討したことにより敵兵まで穴を通る心配がなくなり、七霊剣を使った瞬間移動が可能と解った今、空中落下も恐れる必要はない。
「やーっと見つけたぜ」
「!? き、貴様!?」
「よっ、ロベルト」
背後に瞬間移動してきたアルヴィスに声を掛けられ、探し人であったロベルトの表情は驚愕なものへと変わった。
「なぜ貴様がここにいる!」
「お前を助けに来たんだ」
「ッ!? 俺はそんなこと頼んでいない!」
ロベルトはまるで自分が弱いと言われたと思い、怒りで剣を向けていた。
そのことにアルヴィスだけでなくロベルト自身も驚くが、けれど剣を納めることはしなかった。
「お前にじゃなくて先生に頼まれたんだ。ほれ、さっさとそれを引けって」
アルヴィスはシッシッという様に手を振った。
「教授が!? ……チッ、あの人らしい」
ロベルトは剣を引き、再び敵兵へと向け直す。
アルヴィスもロベルトと背中合わせの様にして敵兵に七霊剣を向けると、敵を斬り裂きつつ背中越しにロベルトと会話を続ける。
「ロベルト、癪だがお前を護ってやる。先生からの依頼だからな、断っても無駄だ」
「……貴様のことだ、どうせ斬ってもやり遂げようとするんだろ。短くはない付き合いだ、俺でもそのくらいはわかる」
「ちょっと気になる言葉があったが、まあ今はよしとするか。とにかくそういうことだ。大人しく〈次元の穴〉で学院に戻ってくれ」
クリストフやローランとは違いロベルトはただの兵にすぎない。つまり戦場を離脱しても士気に影響することがないため、ロベルトに関してはこの方法が有効なのである。
アルヴィスは近づく敵兵を斬り伏せながらも魔力を溜めて魔法の準備を始める。
「準備出来たぜ、ロベルト」
「一応言っておくが、貴様の指示に従うわけではないからな。あくまで教授からということで大人しく帰ってやるだけだ。わかったか?」
「へいへい、もうなんでもいいよ。――ほら、行けッ」
アルヴィスが横一線に剣を薙ぎ払って敵を斬り飛ばすと半月状の空間が出来上がり、そこに魔法で作った次元を歪める穴があいた。
ロベルトは最後に睨むようにアルヴィスを一瞥すると、召喚していた両手の剣を消しながら通って行った。
「っし、これでまずは1人目!」
ロベルトを見送り穴を閉じたアルヴィスは、周囲にいる兵には眼もくれず次のターゲットを探し始めた。