第138話 折れた心
〈天下百剣〉の称号を持つケビンは自尊心の塊である。
自軍が劣勢であっても自身の非は認めず、そして自分の手で打開しようとはしない。圧倒的有利な状況、または敵将でしか刃を振るわず、そうしているうちにいつしか名前だけが広まり世界に認められた100人の剣士のうちの1人に選ばれた。
称号授与を断ることも勿論ありえない。そんなことをすれば自身が弱いと認めてしまうことになるからだ。
だがそれらは決して悪いことばかりではない。
先行し過ぎていた世間の評価を本当のものにしようと努力した結果、いつしかそれは本物となり実力となる。
それが今のケビン・ルクシャという男だ。
その本物の実力を身につけたケビンの自尊心は今、儚くも1人の少年によって砕け散ろうとしていた。
「ツオラァッ!」
「ぬぉ――っ!」
ケビンは多重魔力障壁を展開しながらアルヴィスの斬撃を大剣で弾き返していた。
幾重にも魔力障壁を展開しているのになぜ最終的には大剣で弾かねばならないのか、それはアルヴィスが七霊剣に〈時の迷宮〉を纏わせているため容易く障壁を切り裂いてくるからだ。
障壁を展開せずアルヴィスの斬撃を武器で受け止めた者は、武器を消滅させられ刃をその身に受けていた。
その光景を見ていたからこそケビンは多重魔力障壁を自身の大剣に纏わせるように展開してなんとか防いでいた。
だがその一方的な攻防展開に、ケビンの魔力はあっという間に底を尽きかけていた。
「〈天下百剣〉ってのも大した事ないんだな」
アルヴィスは欠伸を掻きながら言い放つ。
ケビンは疲弊していたが、挑発に反応するだけの体力は残っていた。
額に青筋を浮かべ、頬を引きつらせる。込み上げる怒りを力に大剣をアルヴィスに向けると魔力を放出する。
「小僧ォ……俺を舐めるのも大概にしろよ――〈旋風飛斬〉」
ケビンは大剣に纏わせた風を高速回転させると、その勢力がどんどんと増したところでアルヴィスに向かって振り下ろした。
だが竜巻が自身にむかってくるというのにアルヴィスの表情は余裕そのものだった。
「だーから、俺にはそんなもの効かねぇって」
アルヴィスが七霊剣を薙ぎ払うと、纏っていた〈時の迷宮〉が半月状の形をなして〈旋風飛斬〉に飛んでいく。そして触れ合った直後、嘘のように竜巻は跡形もなく消滅する。
けれど消えたのは魔法によって生み出された竜巻のみで、それによって発生した土煙が消えることはない。
(眼くらましが狙いか……?)
アルヴィスは片手を額の辺りに持っていき土煙が眼に入るのを防ぎつつ、キョロキョロと辺りを見回す。だがケビンの姿を目視することは難しいと判断すると、今までは補助程度にしか発動していなかった空間掌握による空間把握能力をフル活用する。
神経を周囲の空間に集中すると、すぐにケビンの位置を捕捉する。
「後ろかッ――」
アルヴィスが振り向き様に剣を振るうと、ジャストタイミングでケビンの大剣が振り下ろされてきていて弾き返した。
「チィッ……厄介な技を使う」
ケビンは剣同士がせりあう最中奥歯を噛みしめていた。
魔法は無効化され、剣捌きは互角、魔力量にいたっては圧倒的に劣っている。一騎打ちでは勝ち目を感じられなくなってしまっていた。
唯一の対抗手段となっていた数の利を活かそうにも、並みの兵ではアルヴィスの放つ〈時の迷宮〉に成すすべなく殺られてしまう。
心はもう折れかけていた。
ケビンのせりあう刃の力が弱まったところでアルヴィスは押し返し、再び距離を空けた。
「そろそろ終わりにしようぜ」
「なんだと……?」
アルヴィスが七霊剣を振ると分離した6本の剣がケビンを囲むように移動する。そして手に持つ剣からアルヴィスは魔法を発動させた。
「〈空間歪曲〉」
囲んでいる6本の剣から巨大な魔法陣が出現すると周囲の空間が歪みはじめ、そのまま中心となるケビンへと距離をつめていく。
「な、なんだこれは!?」
周囲の変化にケビンは狼狽し、冷静な判断が出来なくなっていた。やれることは全力で魔力障壁を展開することのみだった。
だがそれも空しくアルヴィスの魔法にあっさりと破られてしまう。
そして迫りくる6本の剣。
「や、やめろ! 来るな! 来るなァッ!! ぁぁああぁぁぁ――ッ!!」
迫りくる死への恐怖で発狂しだしたケビンの声は、6本の剣が密集した時には聞こえなくなっていた。
アルヴィスは念じて再び剣を1本の形へと戻すと、今はもう誰もいない空間を見つめて呟いた。
「あんたよりクリストフの方が数倍すごいぜ」