第137話 〈天下百剣〉
七霊剣を片手に走り出したアルヴィスは、クリストフの旗を目指して直進していた。
クリストフ軍の中で数ある旗の中でも一回り大きい旗。そこに軍長であるクリストフがいるはずだ。もしかしたらロベルトもいるかもしれない。
アルヴィスはそんな淡い期待を持ちながら駆け続け、いよいよ敵軍の側面から突入すると帝国兵を斬り伏せていく。
手にするかつての愛剣は実際に使うとやはりしっくりとくる。
アルヴィスはその感覚を確かめるように帝国兵を次々と切り殺し、最小限の魔力消費で旗へと向かっていく。
「クリストフ! 俺だッ、話がある!」
100にも近い敵を斬り進むと、ついに叫べば会話が可能な距離へと辿り着く。これ以上は敵味方が入り乱れすぎていて簡単には近づけなかったのだ。
「!? 何故貴様がそこにいる! いや、今はどうでもいい。邪魔をするならただちに失せろ!」
「そうはいかねえんだわ! あんたに用があるからな!」
アルヴィスは剣で攻撃を防ぎつつ、溜めていた魔力を左手を薙ぐようにして周囲に放出する。空間掌握をするためだ。
瞬時にして縦横に半径50メートルほどの空間を自身の領域としたアルヴィスは、そこにいる敵味方の数や位置、そして魔力の気配を把握した。
右手に持つ剣で敵兵を斬り、左手では味方からの魔法による流れ弾や攻撃を魔力障壁で防ぎつつ、先陣で剣を振るうクリストフのもとへ辿り着く。
「失せろと言ったはずだが?」
「だから用があるって言ってんだろ?」
アルヴィスの発言にクリストフは睨むような鋭い眼光で視線を向ける。
「あんたをここから離脱させる。アンヴィエッタ先生からの依頼なんだわ、悪いが付いて来てくれ」
「断る」
「……即答か」
予想通りとはいえ、少しは期待していたアルヴィスは溜め息を吐いた。
「まぁ、あんたがそう言うとは思ってたがよ……。なら俺も参戦させてもらう。あんたをここで死なせるわけにはいかねえからな」
「…………勝手にしろ」
「っし、そうと決まれば暴れさせてもらうぜ!」
許可なく勝手な参戦は罪にあたる。なのでアルヴィスはこうして許可を取ったわけだ。
アルヴィスは放出する魔力量を増やし、掌握する領域を広げていく。その範囲は優に100メートルを超えていた。
(ほう、なかなかの魔力量だ。国王が注目するだけのことはある)
クリストフは隣で魔力を放出しているアルヴィスのことを見ると、内心で評価を上げていた。けれどそれを直接口にするこはありえない。
「さぁーて、行くぜ!」
アルヴィスが続いて七霊剣に魔力を宿すと、術式が反応して淡く発光しだす。そして的となる敵兵6人に狙いをつけると、剣を振るう。
術式が発動して剣が分離し、6本のさまざまな形状をした剣が飛んでいく。
それは狙った敵兵の首を斬り飛ばし血しぶきを上げさせる。周りの敵兵は飛来してきた剣に驚きと恐怖で後退った。
アルヴィスは手に残す剣を通して地面に突き刺さっている6本の剣に魔法を発動させた。
術式によってリンクしているのだ。
「<時の迷宮>!」
煙状の魔力が6本の剣から放出されると、それは次々に辺りの兵士たちを飲み込んでいく。
敵兵達は今度は何なんだと言わんばかりに狼狽しつつも、煙を吸わないように口元を手で覆っている。
煙状ということで覆っているのだろうが、アルヴィスのそれは毒や麻痺といった状態異常とは異なるわけで――
「グワァァアアアァァ――」
「か、身体がぁぁッ!?」
煙に飲み込まれた敵兵達の身体は腐敗するものや白骨化するもの、中には赤子の姿へと瞬時にして戻り最終的には存在そのものが消える。そんな現象を引き起こしている煙は範囲を広げていき、飲み込んだ兵数は数百に達していた。
その光景に、隣に立つクリストフのみならず自軍の兵はみな一様に口を開け驚いていた。
「なんだこの魔法は……」
そんな言葉が自らの意思とは関係なく口から洩れたクリストフ。
「だが丁度いい。これで十分な時間が出来た」
クリストフは両手に持つ剣を馬上から地面に投げ刺すと、空いた両手から次々に新たな剣を召喚していく。
十秒程で98本もの剣を召喚すると、合計100本となったそれらに指先から放出する魔糸を絡めていく。
「〈サークルソード〉――死ね」
中空で旋回している100本もの剣。それぞれがまるで意思を持つかのように各方向にいる敵兵へと襲い掛かる。
これこそがクリストフ・シルヴァが〈剣帝〉と呼ばれる所以だ。
クリストフが召喚した100本の剣。それを同時に操っていること自体も神業なのだが、その剣全てが種類の異なる魔剣なのだ。そして術式を施したのもクリストフ自身である。まさに剣の申し子、剣の帝王である。
「へぇー、ありゃスゲーわ」
アルヴィスは横目にクリストフの戦いを眺めながらも、眼前の敵を次々に始末していく。
背中合わせの様に戦うアルヴィスとクリストフによって、敵のいない円状のスペースが出来上がる。
「隊列を組み直す。防壁部隊と遠距離魔法を持つ者は先頭に来い! 障壁展開後、遠距離部隊は合わせ技の用意。近接部隊は俺に付いて来い――ニコデモス、ここを任せる!」
クリストフは後方で指揮している副将――元【七つの大罪】ニコデモスに場を任せると、兵百騎を連れて敵陣へと突き進んでいった。
それを眺めるようにして見ていたアルヴィスは、こうしちゃいられないと自身も突撃する場を選ぶ。
目的がクリストフ・ロベルト・ローランの生存帰還とはいえ、参戦するいじょう戦果は欲しいところである。ただの兵だけを倒し、指を銜えて敵将を打ち取るところを傍観する気はない。
アルヴィスはクリストフが向かった先とは別方向に軍旗を発見すると、そこに敵将がいると判断して馬を駆けさせた。
(かなり距離があるけど、いけるか……?)
剣に念じて分離した剣を1本に戻すと、思い浮かんでいた発想が可能かどうか試みる。
アルヴィスの考えとは、剣と自身の位置とを入れ替えることが出来るのではということだ。もし可能であれば、命を削る加速魔法よりも負担が少なく、なおかつ瞬時にして移動可能となる。
時空間魔法ならばそれくらい出来るはずだ、とアルヴィスは前々から考えていたのだ。
七霊剣に刻まれた術式によって7本の剣自体もだが、アルヴィスともリンクしている。この剣となら、余計な魔力消費と魔法発動に掛かる時間を削減できるはずなのだ。
と、アルヴィスは考え、剣を前方に向かって振るった。するとまた剣が分離し、魔法を発動させる。
敵軍の頭上へと飛翔していく剣と自身の位置が入れ替わり、まばたきをした時にはアルヴィスが眼にする光景が変化していた。飛翔していた剣は騎馬していた馬上に瞬間移動し、アルヴィス自身は敵兵の頭上へと姿を現す。
「うぉっ!? 本当に出来た!?」
成功したことにアルヴィス自身も驚くが、それも束の間。移動と同時に敵軍へと落下する。アルヴィスはさらに前方へと剣を投げ飛ばし、落下しきる前に再び瞬間移動する。
これを繰り返し敵将がいる場まで空間掌握領域が届く範囲まで移動すると、そこでアルヴィスは移動を止めた。
なぜアルヴィスが〈次元の穴〉でいっきに移動しないのか、それは簡単なことだ。一方通行ではないからである。そして自身の移動先がまるわかりになってしまうからでもある。
剣と自身との位置を入れ替える方法ならば、迎え撃つ暇もなく移動可能なうえ、さらに6本中どこと入れ替わるかわからないため比較的安全なのだ。
アルヴィスは100メートルほど先に敵将らしき姿を捉えながら、着地した周辺の敵兵を斬り伏せていく。
敵将から感じる魔力は確かに高いが、エレナほどの脅威は感じられない。
アルヴィスはこれなら1人でも倒せるのではないかと考えながら敵を斬りつけていると、あちらもこちらの存在に気付いたのか状況に変化が起きた。
まるでアルヴィスまでの道を作るように敵兵が左右に割れ、そこを騎馬した敵将が進んできたのだ。
距離を残り20メートルほどまで詰めると、そこで歩を止め敵将が叫ぶ。
「お前だな? 派手に暴れてくれているやつは。名を聞こう」
「……アルヴィス・レインズワースだ」
歳は中年くらいであろう髭を蓄えた男は、大剣を肩に担いで話し掛けてくる。アルヴィスは応えるべきかと悩んだが、クラン名や階級を伏せ名前だけを応えることにした。
「アルヴィス、覚えたぞ。俺の名はケビン――ケビン・ルクシャ、と言えばわかるかな? 選ばれし〈天下百剣〉の1人、ケビン・ルクシャとは俺のことだ」
ケビンと名乗る男はガッハッハッと胸を張って笑いだす。どうやら〈天下百剣〉なるものに選ばれていることが自慢だったようだ。
(〈天下百剣〉……? たしか剣を扱う魔法師で世界が認める優れた者100名だけに与えられる称号みたいなもんだっけか? クリストフもそのうちの1人だったような……)
アルヴィスは姿の見えないクリストフがいる方向をチラリと見遣ると、再び視線をケビンへと戻す。
「俺の前に現れたことを後悔すると同時に誇るがいい。この俺に討ち取られるなど光栄なことだからな」
「はいはい、そうですか。覚えてられたらな」
軽くあしらう様に言い放つアルヴィスの態度に、ケビンは額に血管を浮かべていた。
「ガキだと思って楽に死なせてやろうと思ったが、どうやら不要のようだな。――かかれいッ!!」
「「「「「うぉぉぉ――ッ!!」」」」」
ケビンの号令で周囲の兵士達が一斉に襲い掛かる。
敵陣で囲まれるように1人でいるアルヴィスは、その逃げ場も無く圧倒的ピンチな状況だというにもかかわらず、
「やっぱこうこなくっちゃな!」
嬉しそうに笑い、敵将へと駆け出したのだった。