第135話 アンヴィエッタの依頼
「私たち魔法師が扱う魔法とは別に、魔術というものがある――」
都市ノクタルから帰還したアルヴィスは、エドワードから一週間の休暇をもらっていた。そして現在アルヴィスは、久しぶりにアンヴィエッタの講義を受けていた。
そこには当然5人のサーヴァント達も席を共にしている。アルヴィスを挟むようにアリスとルナが据わっている。アリスの隣にはエレナが、ルナ側にはシオンとクオンの姿が。
そんなアルヴィスはすでに注目人物であり、講義室に入室するなり先に座っていた生徒達からの視線を集めていた。それは現在進行形であり、静かに講義を聞いているだけだというのに今も感じる多くの視線。
アルヴィスはそんな視線を少々鬱陶しく思いながらアンヴィエッタの話を頬杖をつきながら聞いていた。
「魔術とは術式を書き込む、または刻むことで魔法発動時間を短縮させたり効果を増幅させたりとサポートする役目や、自身が扱えない種類の魔法を発動させることも可能となる」
アンヴィエッタの行っている講義内容は、二年生から始まる魔術についての初歩的内容だ。
自身の魔法を補うために術式を使うことが多いので、魔法のみで十分な戦闘力を持つ者はこの講義を受けることがまずない。自身の魔法に限界を感じたり、もとから戦闘向けではない者たちが受けるからだ。
なぜアルヴィスがこの講義を受けているのかというと、単純に聞いているだけで済む講義がなかったのだ。なので魔術を利用していこうとはまったく思っていないアルヴィスは魔術について無知に近い。
なので、
「ではここで質問だ。そうだな……ではレインズワース、君が答えたまえ。術式を武器に、例えば剣に刻んだ場合、そのような剣を一般的にはなんと呼んでいる?」
自分に質問をあてられるとは微塵も考えていなかったアルヴィスは、肩をびくりと震わせた。
「……術式剣? いや、魔法剣とかか?」
「ふむ。君にしては惜しいな。罵ってやろうと思っていたのに残念だ」
「おいっ、先生がそんなこと堂々と言ってんじゃねェよ!」
「ふっ。――答えは魔剣だ。諸君も見たことや、なかには所持している者もいるだろう」
「お前さんよ、儂が預かっている七霊剣にも術式が刻まれていたな? つまりあれも魔剣ということじゃ」
隣に座るアリスが小声で教えてくれた。
「――! そういえば刻まれてたな」
「あれを刻み込んだのはお前さん自身じゃぞ? そしてお前さんの魔力でしか発動せぬ。が、息子までは多少扱えたようじゃな。エドワードのガキまで血が薄まれば無理なようじゃが」
「へぇー、じゃあほんとに今は俺専用の魔剣ってことか」
「そういうことじゃ。まぁ儂がお前さんの血をいただけば短時間なら使えるのじゃがな、カカッ」
「そこ! 何を話している!」
「す、すいません!」
さすがにアリスの笑い声は気付かれたようでアンヴィエッタに叱られたアルヴィスは反射的に謝った。そして隣のアリスを軽く睨みつけるが、すでに顔を背けられてしまっていた。
「諸君も講義を進めていけば実際に術式を書く実習が行われると思うが、その時は気をつけろよ? 術式は少しでも間違えれば発動はしないし、下手をしたら爆発するなどの事故が起きるからな」
(なるほどな。だから実際に目にすることが少ないのか。――いや待て! 飛鳥の呪符って術式と一緒なんじゃないのか!? つーことは飛鳥は魔術のエキスパートってことじゃねえか!)
アルヴィスは七霊剣を考えつつ、同時に飛鳥の呪符を思い出していた。するとシオンとクオンの背中にある魔法陣も思い出し、過去に見てきた魔術を次々と思い出し始めていた。
「だから魔法師としての道を諦め、魔術師の道を極める者たちがいる。付与師とも言われることもあるがな。なので諸君も自分で術式を書くことに不安があれば、魔術師に行ってもらうがいい。金はかかるが、確実だ。私の講義では魔法と魔術を利用した物理学を教えるので、魔術師を目指したい者は受ける講義を見直した方がいいぞ? 今日の講義はここまでだ」
講義の終わりを告げる鐘が鳴り響く前に抗議を終了させたアンヴィエッタは、なぜかアルヴィスのことを見ていた。
アルヴィスが視線に気付いたと解ると、アンヴィエッタは付いて来いという風に顎で出口を指した。
首を傾げながら5人を連れて講義室を出ると、先に出ていたアンヴィエッタが壁に寄り掛かりながら待っていた。
「少々君と話したいことがある。付いてきたまえ」
「……ああ」
大人しく後を付いて行くと、辿り着いたのは1階にあるロビーだった。
「座りたまえ」
「話ってなんだよ?」
アルヴィスは正面席に座りながら応える。
「そうだな、その前にまずは少佐へ昇級したそうだな。おめでとう、でいいのかな?」
「情報早ェーな。まぁ、それでいいんじゃねーか? 別に嬉しくはないけどな」
「君らしいな。普通なら少佐にもなれば手放しで喜ぶことだがな」
「階級に興味なんてないからな。俺にはよくわからねェ。そんなことより、用ってなんだよ?」
「ふむ、君を呼んだのはロベルトについて聞きたいことがあるからだ」
「ロベルト……?」
「君がいるので彼も帰っているかと思えば姿が見えないのでな。寮長として気になっていたのだ」
「まさかそれを聞く時間を作るために講義を早く終わらせたのか?」
「ふっ、だとしたら何だというのだね?」
アンヴィエッタはズレた眼鏡を直すいつもの癖をすると、「で? どうなんだね?」と返答を促してくる。
「ロベルトのことは俺にもわからねェ。侵攻中にクランを抜けちまったからな」
「!? 抜けただと!? どういうことだね?」
「これ以上クランにいても自分の為にならないってことらしいぜ」
「……なるほど。彼らしいといえばらしいが、じゃあなぜ戻って来ないんだね?」
「だから俺にもわからねえって。――いや、そうか、あいつも……」
「わかったのか?」
アンヴィエッタは顎に手を当て考え込みだしたアルヴィスに問う。
「ああ、つーか普通に考えたらこれしかなかったわ。たぶんあいつも今頃クリストフ軍の1人として戦争中のはずだぜ?」
「!? ロベルトは軍人じゃないんだぞ! それに今はクランを抜けていて無所属、ただの学生だというのに……」
「けど抜けるって言いだしたのはあいつからだしな。ロベルトならたとえ負け戦でも死にゃしねーだろ」
「負け戦だと……? どういうことだね?」
「ああ、むこうで帝国第三皇子って変なヤツと知り合ってな。そいつが今クリストフ達が攻めている都市で内戦が起きてるって情報をくれたんだ。休戦して手を組まれたら、うちとの兵力差が圧倒的すぎて勝ち目がねぇ」
「皇子だと!? ほんとに君には驚かされることばかりだが、もしそれが本当だとしたらうちの貴重な戦力を失うことになるじゃないか。それを学院長は知っているのかね?」
「いや、俺は伝えてないからわからないんじゃないか? その都市は勝手に攻めてるからな。俺の口から言っていいのかわからなかったんだ」
「そうか……。君に頼みたいことがある」
いつになく真剣な表情に、アルヴィスは思わず唾を飲み込み続きを待った。
「ロベルトをはじめとしたうちの学生を救ってくれないか? 君の連れるサーヴァントの戦力なら不可能ではないだろう?」
(っつーことは、クリストフとローランってヤツのこともか……。自ら死地へ行けって言うのかよ、この先生は……)
「どう思う? アリス」
「そうじゃのう。別に敵が何人いようが問題ないが、儂らのメリットが感じられん。やる価値が無いのう」
「だ、そうだが。俺たちにメリットはあるのか?」
「……わかった。たしか君は兵に困っているそうだな? 無事彼らを連れ帰ってくれれば、報酬として私の私兵を君に託そう。私も中佐だ、私兵の数百くらいは持っている」
「悪くないのう。お前さんよ、これなら価値はありそうじゃ。ついでに戦場で捕虜として兵を捕まえるのもいいかもしれぬのう」
アリスが笑いながら言う。
アルヴィスはそれを聞いて頷くと、正面に向き直りアンヴィエッタと視線を合わせる。
「わかった。その依頼、俺たちが受ける」