第128話 参戦
「姉さん、やっとご主人様が動き出したみたいよ。そ、そうだね。どんな魔法使うのかな? どんな魔法でも私たちの敵ではないわ」
姉妹は突然のアルヴィス参戦による驚きよりも、一体どんな戦い方をするのか、その興味の方が大きかった。
その注目のアルヴィスは、地上から両手を上げて上空で移動している〈太陽神の怒り〉に向けて魔力を放出していく。
アルヴィスの掌握する空間領域だ。
その形成速度は数十メートル程度の範囲までは瞬間的だった。
何十キロメートルもある都市ノクタルの半分以上の敷地を僅か10分たらずで覆える今のアルヴィスならば、このくらい造作もないだろう。
「準備は出来た。いくぜ。――〈時空停止〉」
アルヴィスが停止させたのは領域内の酸素だ。単純だが、炎ならば酸素を使えなくすれば火力が弱まり消えていくだろうと考えたのだ。
効果はあった。アルヴィスの考え通り領域内に入ってくると同時に表面の炎はみるみるうちに消えていく。だがそれだけだった。
中心核となる水の性質を宿した超魔力玉自体は威力そのままに今もなおアリスへと向かっている。
だがそこまでも考え通りであった。
続いてアルヴィスは右手に〈時の迷宮〉を発動して纏い、左手は正面に向けた。
「<次元の穴>」
円状の裂け目が向けた掌の前と、超魔力玉のやや斜め上に出現した。入口と出口だ。
「やっぱ怖ぇーな……」
アルヴィスはごくりと唾を飲み込み、今から行うことに覚悟を決める。
歪み曲げた次元の入口へ足を踏み込むと、2歩目で視界が一転する。
地上の景色から上空の景色へと切り替わったのだ。すなわち、眼前には巨大な超魔力玉が。そして自らそこへ落ちている。
アルヴィスは右手を超魔力玉に向けて下げるとそのまま突っ込んだ。
そして――
「ウオォォォッ!」
超高密度の魔力玉は〈時の迷宮〉に触れても瞬時に消滅することはなかったが、アルヴィスの魔法能力と量が上をいく。
数秒の時は要したが、跡形も無くまるで何事もなかった様にアリスの超魔力玉は消え去った。
「消えた!?」
「ふぅー……さすがは我が主さまじゃな」
姉妹は驚きを露わにし、アリスはホッと胸を撫で下ろす。
当の本人であるアルヴィス自身も安堵の息を吐くが、それも束の間――どう着地するのか、そこまでは考えていなかったアルヴィスは内心で急に慌て出していた。
「おっと! キャッチ成功じゃな」
落下中のアルヴィスを急いで飛んできたアリスが受け止めた。
アルヴィスは突然抱きかかえられた驚きで顔だけ振り向くと、アリスがニカッと笑っていた。まるでよくやったと褒められているようで、思わずアルヴィスも微笑んでいた。
だがあることに気が付いたアルヴィスは途端に恥ずかしくなった。
「あのな、アリス……助けてくれんのは有難いんだけど、その……俺も男だ、お姫様抱っこはやめてくれ」
「なに赤くなっておるのじゃお前さんよ。可愛いやつじゃのう、カッカッカッ」
照れて顔を背ける主人の姿を笑いながら着地したアリスは、何故かアルヴィスをおろすことはせずに抱きかかえたままだった。
「おいっ、なんでまだ抱いてんだよ」
「意外と抱き心地が良くてのう」
「……早くおろせ」
「せっかくじゃ、もう少しくらいよいではないか。――なんじゃその目は? 何か言いたいのか? ほれ、言うてみぬか」
「なんもねェよ……。いいからおろせ」
「言わなきゃおろさん」
「胸が……」
「ん?」
「当たってんだよ……。お前のデケェ胸が俺の腕に当たってんだよ! つーか挟んでんだよッ!」
「カッカッカッ! なんじゃお前さん、今さらおっぱいくらいで赤くなりおって。昔はよく揉んでおったというのに」
「揉んでねェよッ! つか、えっ!? 嘘だよな!? 俺そんな変態じゃねーよな!? 頼むから嘘って言ってくれ!」
「嘘じゃ」
「そっか……!」
ホッと胸を撫で下ろすアルヴィス。
「言っただけじゃ」
「はぁッ!?」
「カッカッ、嘘じゃよ嘘。お前さんは今も昔も儂の胸を揉みしだくような変態ではないわい。――触りはするがの」
「な……ッ!?」
アルヴィスはおろされた直後に聞こえた最後の言葉に慌てて振り向くが、アリスの視線はすでに別の人物へと向いていた。
雰囲気がまた戦闘時に戻ったことから、アルヴィスも気を入れ直し視線を変える。
2人が向けている視線の先には当然姉妹の姿が。
「どうやったか解らないけれど、取り敢えずは流石とだけ言っておくわ。う、うん、流石はご主人様」
歩いて近付いてくる姉妹が称賛の言葉を送ってきた。
「それは一応褒めてんだよな?」
「ええ、ホントに一応だけれどね。わ、私は一応じゃないよ?」
「つーかその姿はどうなってんだ? なんで1人になってんだよ」
「そんなこと造られた私たち自身が知るわけないじゃない。けど、そうね。知っていることと言えば、私たちはもともと1つの個体だったらしい、ということくらいかしら。だからこの姿が本当の姿なのかもしれないわね」
「ふーん……」
(けど魔法で合体したんだよな。いや、逆なのか? 背中の魔法陣の効果で分離させられていたのかも。どっちにしろ、取り敢えず魔法さえ解除すればまた2人になるってことだろ。ならやることは決まった)
アルヴィスは今後の展開を考えると同時に、もう一方で姉妹の言葉に引っ掛かっていた。
(こいつらも造られたのか……。エレナのように人造なのかアリスのように改造なのかわからないが、帝国がやったってのは間違いないだろうな)
「この国も腐ってんのかな……」
「ん? 何か言ったかの?」
ぼそっと呟いたアルヴィスに反応するアリス。
「いや、何もない。――アリス、こっからは俺も参加するぜ?」
「しょうがないのう。じゃがまあ、それも悪くないかの。久方ぶりの協同戦じゃ、派手にいくぞ? 我が主様よ」
「ああ、すぐに終わらせる。みんなが待ってるはずだしな」
(それに昨日の戦で消費した魔力が全快じゃねェ。長引かせるのはまずいな)
「何をこそこそと話しているのかしら。私たちを無視するなんて不愉快よ。わ、私は気にしてませんから!」
「わりぃわりぃ、無視してるわけじゃないんだぜ? けど、意外とかまってちゃんなんだな、あんたら。つーかクオンは、か?」
「!? 私をそんな痴女みたいに言わないでくれるかしら! クオンちゃんは寂しがり屋さんなんだよね? 余計なことを言わないでくれるかしら、姉さん。ご、ごめんね?」
「漫才はそれくらいにして、さっさと後半戦といこうぜ?」
「……ッ。わかったわ、わかりました。そんなに死にたいのなら殺してあげるわよ、ご主人様。ただし、楽になんて死ねると思わないことね。出来るだけ嬲って殺してあげるわよ」
「ほう、それは面白いのう。じゃが今度は我が主様も参戦じゃ。もう先程のようにはいかぬぞ」
「期待が重いが――まぁ、そういうことだ。すぐに終わらさせてもらうぜ」
「クオンちゃんのことは私が護るんだから! 何を言っているのかしら。姉さんのことを護るのが私なのよ」
「さーて、そろそろいきますか」
全員が睨み合いながら、アルヴィスはポキポキと指を鳴らして準備する。
そして先陣を切るように1人走り出した。