第126話 少数と多数
眼前の姉妹も先ほどの3人同様白い布しか身に付けていないので体躯がよく分かる。
背はあまり高くなく、160センチくらいだろうか。滑らかな肌で柳腰と細く、四肢は指先まで長くて綺麗だ。胸もアリスやエリザベス程ではないが豊かな方だろう。
衣服さえちゃんと着れば、どこに出しても恥ずかしくないほどの美人姉妹である。
「この者達は少々訳ありでして、多数の旦那さま方に買われては捨てられ戻ってくるのです。ですからお客様にはご紹介せず、他の者達でご対応させていただいたのです」
姉妹を立たせたまま男はソファーへ座ると説明してくる。
「その訳ありってなんだよ?」
アルヴィスが問い掛ける。
「はい。この者達は魔力が高過ぎるので御座います。厳密には、彼女等自身ではなく、内に宿す化け物――いえ、精霊や神の類いでしょうか。封じられたその魔力によって、隷属効果をかけた道具を着けようにも弾かれるのです。なので命令を強制させることができず、戦闘用にも愛玩用にも使えず捨てられるのです。私共も扱いに困っていまして」
「ほう、神ときたか。それほどの魔力は感じぬがの」
アリスは言葉とは裏腹に、その表情は嬉々としている。
強者との戦いが三度の飯よりも好きな彼女からすれば、神と戦えるなんて夢の様な話だ。
「魔力が2人に分かれて封じられているらしいので、合わされたときは凄まじい魔力になるそうです。私もその姿は見たことがございませんので、実際どれ程のものなのかわかりませんが」
男は「申し訳ございません」と付け足した後、姉妹の背中をアルヴィスに見せるように振り向かせると話を続けた。
「この半分に分かれている魔法陣が1つになると、魔法が発動して力が引き出されるのです」
「なら合わせてみせよ」
「――!? そ、それは出来ませんッ。何が起こるかわからない以上色々と責任が持てませんから」
気軽に放ったアリスの言葉に、男は慌てながら応えた。
「ちっ、つまらんのう」
「まあそうふてくされるなよ。もし本当に神かなんかになってアリスより強かったらどうすんだよ」
「それは願ってもないことじゃのう。儂はそんなやつを求めてるのじゃからな。――お前さんが相手をしてくれてもよいのじゃぞ?」
「そ、それは勘弁してくれ」
「カッカッ」
「続けてもよいですかな?」
アルヴィスとアリスの会話を黙って聞いていた男が、区切りがついたと判断すると話し掛けてきた。
アルヴィスが「ああ」と頷き了承する。
「こちらが姉であちらが妹になりまして、お値段ですが2人で3000万ゴールドになります」
男の説明ではショートカットが姉、ロングヘアーが妹ということだ。
ここでアルヴィスは1つの質問が思い浮かんだ。
「なぁ、どちらか片方だけ買うってのはいいのか?」
「可能ではございますが、オススメは致しません。ちなみにその場合、どちらをご購入されるにしても1人200万ゴールドになります」
「安ッ!? しかもさっきの3人より安いじゃねェか!」
アルヴィスは予想外の金額につい声が大きくなる。
「はい。1人では先ほどの者達よりも戦力が劣りますゆえ」
「あくまでもセットに意味があるってことね」
「左様でございます」
「う~ん……っ」
アルヴィスは顎に手を当て考え始めた。
本当に眼前の姉妹に3000万ゴールドもの価値があるのだろうか。最初に見た奴隷10人分である。あの奴隷はBランク魔法師相当の魔力を持っていた、つまりBランク10人分を買うことさえ出来るということだ。
今回の目的は人数を増やすことで、戦闘力を上げることではない。ということは、眼前の姉妹ではなくもっと安い奴隷を複数人買うべきだが――アルヴィスは目的以上に好奇心を優先させたい気持ちになっていた。
何故ならアルヴィスもまた、アリス同様に強者との戦いに興味があるからだ。
「何を迷っておる。早く買わぬかお前さんよ」
アルヴィスが唸りながら暫くの間悩んでいると、隣に座るアリスからそんなセリフが出てきた。
「!? ――そんな早くしろ見たいな顔するなよ」
アルヴィスは驚き隣を見ると、そこには早くこの場から去りたいのか腕を組みながらあからさまに面倒臭くなってきた感を表情に出すアリスの顔が。
「お前さんもあやつらと一戦交えてみたいのじゃろ? ならばその時点で決まっておるではないか」
「そ、それは……!」
「顔に書いておるからの。丸分かりじゃ、カカッ」
「うっ……。あーもうわかったわかった。――店主、2人を売ってくれ」
「ありがとうございます。……非常にお聞きしにくいのですが、ご予算は大丈夫なのですか?」
男の質問は無理もない。アルヴィスやアリスにも3000万ゴールドもの大金を入れているような荷物など無いからだ。
だが男の心配は杞憂に終わる。
「あー、それなら大丈夫だ。アリス」
「今出すわい」
アルヴィスが視線を送ると、アリスは自身の影に手を突っ込み大きな布袋を取り出した。
その光景に男は静かに眼を見開き驚いていた。後ろに控える双子の姉妹も同様の反応をしていたかもしれない。
アルヴィスは眼前の3人の反応など興味がないのか気付くことはなく、アリスから受け取った布袋から次々と金を取りだしテーブルに重ねていく。
山の様に積み上げられた札束を一体どこにしまっていたのか未だに疑問に思っているようだが、男は「失礼致します」と一言添えてから数え始める。
それをアルヴィスは静かに眺め、アリスは手足を組んでソファーに深く腰かけるという偉そうな態度で終わるのを待っていた。
しばらくし、男が手を止めると「お待たせ致しました」と口を開く。
「確かにご確認させていただきました。この姉妹には隷属道具をつけていませんので、引き継ぎ作業はございません。今よりあなた様の者でございます」
「そうか。なあ、ここって服とかも買えるのか?」
「勿論でございます。ご案内致しますので、こちらへどうぞ」
アルヴィスが頷き立つと、続いてアリスも立ち上がり男の後に付いていく。たった今買ったばかりの双子姉妹も少し距離を取ったまま付いてきていた。
一応は自分達が買われた立場だということは理解しているようだ。
部屋から廊下へ出ると、突き当たりの部屋へと通された。
そこには様々な衣服や装飾品、中には特殊性癖用の変わった道具までもが置いてあった。
アルヴィスが姉妹に服を好きに選ばせようと声を掛けたが反応がなく、仕方なくいくつか適当に選び買うことにする。
ついでにルナとエレナの服も買ってあげようと選び始めると、何故かアリスまでも買って欲しいとねだりはじめた。しかもアルヴィスが選べというのだ。アルヴィスは頭をぽりぽりと掻きつつしばらく悩み抜いた末、純白と漆黒、それとスカイブルーの3着のドレスを買ってあげた。
姉妹には選んだ服を着るように命じて試着室へと向かわせる。その間に残りの買った服をアリスの影へと仕舞い込む。
数分で試着室から戻ってきた姉妹は、姉が白で妹が黒の同じデザインをしたワンピース姿で現れた。背中の魔法陣を使用しやすくするため、ファスナーがついているものにしてある。
武具や防具までは販売していないので2人の道具は後で買いに行くとして、アルヴィスは一先ず別グループと合流するために奴隷商を出ることにした。
店主である男に礼を告げ、4人はギルドまで歩き出した。