第125話 奴隷商
目的の奴隷商は貴族達が主に住まうエリアの裏通りに位置していた。
奴隷商で尚且つ裏通りにあるのでてっきりひっそりと立っているかと思っていたが、予想とは真逆に豪華な屋敷となっていた。
3階建てのレンガ造りの館はベージュ色を基調とし、屋根は水色だ。大きな窓が複数あるが中の様子は窺えない。紹介制ということもあり、恐らく商売品を見せないためだろう。そんな館にアルヴィス達を真っ赤な2枚扉が出迎えてくれた。
入り口横にある小窓から雰囲気の良いおじさんが顔を出し、アルヴィスに紹介状があるか聞いてくる。懐からリヒトから貰ったコインを取り出し見せると、おじさんは驚いたようにかけていた丸眼鏡をカチャリとかけ直した。そしてよく目を凝らして数秒間見つめ続けると、「中へお入りください」と促してきた。
鋼鉄製の扉が自動で開き、視界には真っ赤な絨毯が敷き詰められた空間が飛び込んできた。
アリスと2人で中へと入ると、檜の様な匂いが肺一杯に満たした。
気分が落ち着く。貴族御用達の紹介制ということで緊張していたが、この匂いですっかりほぐれてしまった。
恐らくこの効果が狙いなのかもしれない。高価な買い物は決断力を鈍らせるからだ。
視界の隅から先ほどのおじさんが現れ、声を掛けられる。
「ようこそいらっしゃいました。早速では御座いますが、こちらへどうぞ」
全身を改めて見ると、おじさんではなくおじいさんと呼ぶべきだったかもしれない。60歳を過ぎてはいるだろうが、皺が少なく声もよく通ることから顔だけ見れば10歳は若く見える。
そんな老紳士は燕尾服のような黒服を纏い、両手には白手袋。その手で指した後先導する老紳士に付いていくと、広目の客間へ通された。
そこには白髪混じりの頭髪を綺麗にオールバックに流した髪型が特徴的な男が立っていた。白髪混じりとはいっても、デザインとしてあえて残しているようで、それが彼にはよく似合っている。歳は40代後半といったところだろうか。
男は右目にかける片眼鏡をキラリと光らせ眼前のソファーを指した。
「どうぞこちらへお掛け下さい」
「私はここで失礼致します」
老紳士はお辞儀をすると扉を閉じて姿を消した。
アルヴィスが前へと進むと、アリスが一歩遅れて付いてくる。
反発が程好く座り心地のよいソファーに並んで座ると、それを確認した男もテーブルを挟んで同じく置いてあるソファーに腰を下ろした。
「この度はご来店有難う御座います。本日はどのような品をお求めでしょうか?」
「戦闘向けのサーヴァントが欲しい。何体か見せてくれないか?」
「……はい、かしこまりました。少々御待ち下さいませ」
男が自身の背後の扉から部屋を出ていく。
「なぁ、アリス。なんで一瞬間があったんだ?」
広い客間で2人きりになり、無言でいるのも何かおかしいのでアルヴィスは声を掛けた。
「どうせお前さんが性奴隷でも求めてくると思ってたんじゃろ」
「はあッ!?」
「若い男が儂のような美女を連れて現れれば、そう思うのも仕方がないじゃろ」
「…………」
(自分で美女って言ったぜこいつ……。まぁ否定しないが)
「なんじゃその眼は?」
「……べつに?」
アルヴィスがジト目で見ていると、それに反応したアリスが問いてくる。それをアルヴィスは目付きを変えないまま応えると、加えるように溜め息を吐いた。
アリスが怪訝そうな目付きで見返してくるが、アルヴィスはあえて何も反応しなかった。
変態扱いされた仕返しだ。
しばらくすると、出ていった扉から男が3人の奴隷を連れて戻ってきた。
「お待たせ致しました。――こちらの3人がお奨めで御座います」
男は3人の奴隷――どれも女性で胸部と臀部を白い布で隠しているだけだ――を指しながら紹介してくる。
「左の者はもとは騎士の家系の者でして、剣術に秀でております。中央の者はカタルシア国の元子爵の娘でした。魔力操作が非常に優秀で御座います。最後に右の者は、元の家柄こそ平民ではありますが、風の魔法を扱います。――お気に召す者はいらっしゃいましたでしょうか?」
「ちなみにいくらなんですか?」
「どれも300万ゴールドになりますね」
「どう思う? アリス」
「ダメじゃな」
(即答だな)
アルヴィスは同意見とはいえ、あまりにもきっぱりと応えたアリスに少々驚いた。
「お前さんよ、ナメられておるぞ」
「は……?」
「滅相もございません。私はお客様に見合った奴隷を紹介しております」
「ならなぜ奥にいるもっとマシな奴を連れて来ぬのじゃ。どうせ貴様は我が主さまが若く金が無いからと、その程度の者しか連れてこなかったのじゃろ」
「そ、それは……!」
アリスの台詞に言い淀む男。図星をつかれたのだろう。
「甘く見るでないわ。さっさとこの店1番の奴等を連れて来い」
「か、かしこまりました……!」
男は3人の女奴隷を連れて足早に部屋から出ていった。
「アリスは気付いてたのか? 他に強い奴がいることを」
「当たり前じゃ。儂が感じぬはずがなかろう。この館には2人……いや、1組なのかのう? まともな奴がおるわ」
「1組……?」
「似たような魔力の質が一緒におる。お前さんも空間掌握でもして感じとればよいじゃろ」
「あ、ああ」
アルヴィスは言われた通り魔力を館全体に巡らせはじめる。
しばらくすると2つの高い魔力を感知した。
なるほど、アリスが言っていた1組とはこのことか。アルヴィスはそう思いながら魔力の量や質を測り始めた。
量でいえば飛鳥と同程度で決して多いとは言えないが、質でいえばエリザベスや【戦乙女】のシャーロットに似ている。
感じている2人ともが元素を操る魔法持ちなのだろうか。
程なくして、男が再び扉を開いた。
そこから姿を現したのは、白銀の髪をしたショートカットとロングヘアーの双子の姉妹だった。
「「はじめまして、ご主人様」」