第122話 新たな領主
翌朝――アルヴィスは食堂でクリストフをはじめとした全隊長達と朝食を共にしつつ、昨夜の結末を説明していた。
それに対し、意見は賛否両論と分かれていた。それもそうだろう。何故なら、どう話を聞いてもこの都市ノクタルの新しい領主はアルヴィスになるのだから。
通常ならば、エドワードが決めた貴族か、この都市を陥落させた軍の大将であるクリストフが恩賞として領地を貰えるからだ。
クリストフは伯爵家の長男だ。そして大佐でもある彼なら爵位を与えられる条件は十分に満たしているだろう。
つまり、賛否の声とはクリストフが領主に相応しいという声だった。けれど、当の本人は静観するように朝食を口にしつつ隊長達の話を聞いているだけだ。
エドワードへの報告を偽れば、いくらでも都市ノクタル陥落の武功を自分のものにでき、領主となることも出来るのにだ。
アルヴィスはそんなクリストフの顔を窺いつつ、何故何も反応を示さないのかを思案していた。
(あいつが簡単に武功を譲るとは思えねェ。だが同時に奪うとも思えない。何を考えてやがる)
クリストフの瞳がここではない場所を捉えているようで不思議でならない。クリストフ自身の話では、本作戦はこの都市ノクタル陥落の時点で終わりのはずだ。他の2軍と合わせて大都市4都を落とすのが目標の今回は、クリストフ軍最大の武功は都市ノクタル陥落をさせることになる。つまり今話題になっていること以上の武功は無い――はずなのだが。
ちなみに、ローラン軍は2都市を落とすことになっている。合わせて4都市。この領土拡大により、扇状にラザフォード王国領土を帝都まで進めることが出来る。突出した領土を作らないことで、連携のしやすい最前線ができるのだ。大国である帝国を攻めていくには、攻めに易く護りに難い領土拡大でなければならない。
当然帝国側もそういった拡大をしてきたわけだが、今はその防衛ラインが崩れているのだ。それ故に本作戦が実行された。
現在帝国内では政権争いによる内戦が繰り広げられていた。いや、王権といっても良いだろう。皇帝が病床に伏せ、実質的な政治を今は宰相が行っている。難病というわけではないが、年齢も年齢ということがあり、完治したところで老い先はそう長くないだろう。ここまでを知っている一般国民はいないが、城内では周知の話で既に第1皇子と第2皇子のどちら側につくか勢力が分かれている。
第3皇子もいるが、王権に興味が無いのかこれに参戦していない。
そんな後の王権を得る為の争いが帝国内で行われていることから、エドワードは本作戦の実行に移り、3軍は進軍中に大きな障害がないまま侵攻出来たのだ。といっても、もちらん帝都に近付く程護りが堅い為、突出し過ぎた侵攻はせずに抑えている。
「なぁ、あんたはどう思ってんだよ。大将であるあんたの指示がないとここに残ることが出来ねぇ。何処に行くにしろ付いていかなきゃならねェからな。応えてくれ、あんたはこれからどうするんだ。何て指示を受けてんだよ」
アルヴィスの言葉に、その場の全員が黙りクリストフへ視線を向けた。
注目されている本人はしばらく無言で食事を進めた後、やっと口を開く。
「明日、ここを立つ。レインズワース、貴様にはそのまま兵100を預け、軍からの引き継ぎが来るまで都市防衛の任を命じる。武功に関しては好きにしろ、俺にはどうでもいいことだ」
「ひゃっ、100だと!? たった100人でこの大都市を護りきれっていうのかよ!?」
アルヴィスは抗議するように机を叩き席を立ち上がりながら叫んだ。
「都市陥落をさせた人数と同じだ、出来ないとは言わせないぞ。それに、貴様は新たな領主になるのだろう? ならばこの都市の民を好きに使えばいい」
「もし反乱でも起こされたらどうすんだ!? 魔法師だけでも2万以上はいるんだぞ! 住民でいえば9万人だ! あんたはそれを抑えろって言ってんだぞ!」
「それが出来なくて領主などなれない。それに既に締結しているのだろう? ならなんの問題がある」
「くッ……」
反論が出来なくなったのか、アルヴィスは悔しそうな声を洩らす。
クリストフはふんっと鼻を鳴らすと、視線を皆に向け言葉を続けた。
「他の者は分かれた5000と合流次第、俺と共に次の都市を目指す」
「「「な――ッ!?」」」
響めきで満たされる室内。
「狙うは帝国内の貿易中心地となっている『商業都市アムネス』。ここを落とせば帝国の資金力は半減するだろう。それ故にノクタルと同等の領地でありながら倍の軍事力を保有している」
「待ってください大佐! それは国王のご命令でしょうか!?」
隊長の1人が席を立ち上がり質問する。その表情はとても慌てているのか少々青ざめている。
それほどに『商業都市アムネス』の軍事力が高いということだろう。単純に考えて6万~10万人規模の魔法師がいるということになる。それをたったの1万人弱で落とすと言うのだから、無理もない。
「俺の独断だが?」
「でしたら無理に攻める必要はないのではないでしょうか!?」
「文句があると?」
「い、いえ、そのようなことでは……」
クリストフの放つ圧により言い淀む隊長。
「安心しろ。誰も1軍で攻めるとは言っていない。昨夜のうちにローラン中将と既に連絡を取っている。あちらも2都市を陥落させ、今は引き継ぎ待ちとのことだった。そこでローラン軍からも私兵5000を率いてローラン中将自らが攻めに出てくることになった。合わせて1万5000だが、攻めの強いローラン隊ならば十分に勝算がある」
「「「おぉ~ッ!!」」」
不安の色から一転、ローランの名が出ると歓喜の声が上がる。それほどにローランへの信頼度が高いのだろう。
「各隊今日中に準備を整え、明日の進軍に備えよ」
「「「ハッ!」」」
クリストフは指示を出すと1人先に食堂を後にした。
残された者はすっかり冷まれた皿の食事を再開しつつ、明日の侵攻について話し合いだしていた。
アルヴィスはそんな会話には参加せず、手早く食事を済ませると食堂から立ち去った。