第121話 謎の男
館前の騒動はアリシアの話した内容によって終幕を迎えた。
伝えた条件は全部で3つ。
1つ――身と生活の安全保証。つまり、ラザフォード王国民と同じ扱いで国に迎え入れ、奴隷などにはしないということだ。
1つ――ラザフォード王国が有する軍事力で他国から護る変わりに、全面的なバックアップを行うこと。つまり、これからは同じ国民として協力しろということだ。
1つ――現在の帝国内情報を教えること。
以上の3つを提示したアリシアに、1人の男が都市の意思を代表するように了承したのだ――――
「やあやあやあ、初めまして」
人集りの中心が裂けるようにわかれると、そこから注目を集めながら如何にも貴族然とした身形をした20代後半くらいの男が姿を現した。その背後には従者だろうか、1人の女性が付き添っていた。女性もそれなりに豪華な装飾を施した衣服を身に纏っているが、両腰に差す剣が武人であることを表していた。
「ずっと見ていたよ。君だろ? あの不可思議な魔法を使っていたのは」
男は正面にいるアリシアではなく、その奥にいるアルヴィスに向かって声を掛けた。
「誰だよ、あんた?」
「貴様ッ、誰に向かってそんな口を――」
「レイラ!」
「ッ!?」
アルヴィスの言葉に怒気を放って反応してきた女従者は主人に自身の名前を叫ばれて驚き、顔を見る。すると男は口許に人差し指を当てて「シーッ」と喋るなという意を示していた。
レイラと呼ばれた女従者は「申し訳御座いません」と頭を軽く下げる。
「まあまあ、今は俺のことはどうでもいいでしょ。それより、聞いてたよ、君たちの条件。考えたのは君かい?」
「俺じゃねェ。聞いてたんならわかるだろ。あんたの目の前にいるアリシアだよ」
男はパーマがかった茶髪の頭を掻きながら小さく唸る。
「でも、リーダーは君だろ?」
「……ああ。それがなんだよ」
「つまり、責任者は君ってことだ」
「は!? それはクリストフが……ッ! ――いや、俺になるのか……」
アルヴィスは顎に手を当て、去り際のクリストフの様子を思い出しながら応え直した。
「なら問題ない。君にこの都市を任せよう」
「シュヴァ――リヒト様! それはいくらなんでもリヒト様の一存で決められることではありませんよ!」
男の一歩後ろで控えていたレイラが慌てたように進言した。
その際に顎ラインで綺麗に切り揃えられた銀髪のボブヘアーが乱れ、彼女は手櫛でとかし直して右耳にかけた。微かに香るクチナシの花のような匂いがアルヴィス達の鼻腔を擽る。
武人らしくキリッとした雰囲気を持ち、歳はエリザベスと変わらなそうだが、小柄ということもあり冷たい雰囲気とは真逆に見た目には愛らしさを感じる女性だ。
「いいんだレイラ。俺はあの男がこの国にどんな影響を与えるのか見てみたいんだよ。それともレイラは俺の邪魔をするのかい?」
「い、いえッ、滅相もございません! リヒト様がこの国に何をしたいのかは少なからず解っているつもりです。その為の判断ならば意義はございません。――覚悟は決まっているということですね?」
レイラは主人の意思の固さを確認するように真っ直ぐ見詰めると、リヒトは微笑してから眼前の小さな頭にポンと片手を置いた。
「当たり前でしょ。その為に遠路はるばる来たんじゃない」
置いた手をそのまま左右に振ってレイラの銀髪を掻き回す。
乱れた髪を再びとかし直すレイラは僅かに頬を膨らませていた。初めて見る見た目相応な態度に、アルヴィスは親近感を覚えた。
「と、いうことで――この都市はもう君たちのものだ。好きにするといい。ただし、条件はちゃ~んと守ってもらうからね」
リヒトは身体を反転させアルヴィスに向き直ると、言葉の続きを話した。アルヴィスはその内容に驚きつつ、怪訝な表情を浮かべる。あまりにも事が簡単に進んでいるからだ。
「それと、後のことは任せてよ。みんなは俺が説得するから。――――あっ、そうだ! これッ――」
踵を返したリヒトが何かを思い出したように再び振り返ると、懐から何かを取り出すとアルヴィス目掛けて指で弾き飛ばしてきた。
その何かを咄嗟に片手で掴み取ると――
「なんだこれ……コイン……?」
「ご褒美。それがあれば何かと役立つはずだから、持っといてよ」
リヒトは弾き渡したコインを指差しながら言ってくる。
アルヴィスは改めて手にしたコインを見ると、紋章の様なものが刻まれている。どうやら金ではないらしい。紋章は、二匹の龍が向かい合って咆哮しているように見える。
どこかの家紋か何かだろうか?
アルヴィスは視線を正面へ戻すと、そこにはもう2人の姿が消えていた。
「誰だったんだよ……」
ぽつりと洩らした声を最後に、しばらくするとリヒトが言ったように本当に反論の声は静まり事態が終息したのだ。