第120話 クリストフの怒り
拠点となった館の前にアリス・ルナ・エレナの3人が辿り着くと、そこでは小さな騒動が起きていた。
何事かと様子を覗くと、1人の男を囲んで住民達が叫んでいる。どうやらクリストフの話に多くの者が異議を唱えているようだ。けれどアリスには興味が無いようで、下らないものを見るようにふんっと鼻を鳴らすと、一足跳びで人集りを越えて館の敷地へと着地した。
ルナとエレナにはそんな真似が出来ないので、2人は人を縫うようにして進んでいく。そんな2人を振り向き様に一瞥すると、用は済んだというように1人で館内へと向かうアリス。
館の目の前まで連れてくれば、どんな阿呆でも迷わないはずだからだ。――いや、1名不安な猫がいた。
アリスは3階に割り当てられたアルヴィスの部屋へと直行すると、ノックも何も無く扉を開く。
「――――!? 気が付いておったか!」
部屋の中では、ベッドの上で半身を起こして下半身のみ毛布をかけながら窓の外を眺めているアルヴィスの姿が。
アリスの声で存在に気付き、振り向いて視線が合うとアルヴィスは微笑んだ。
「よう。――どうやら上手くいったようだな」
アルヴィスは応えると、再び視線を都市の様子に移し言葉を続けた。
「ああ。じゃがお前さんの思い描いた結末とは少し違うと思うぞ?」
アルヴィスはアリスの言葉に驚き振り向くと、そこにはニヤリと笑う顔が。何があったのかと聞くと、気を失ってからの出来事をアリスが語ってくれだした。
「おいおいッ、なんだよこの騒ぎは!?」
アルヴィスはアリスと共に街の様子を見ようと館を出ると、眼前には門に押し寄せる住民が視界を埋め尽くした。
門の内側でクリストフを先頭に数人の兵士が対応している。その中にはオドオドとした様子でアリシアが交ざっていた。どうやら一緒に住民達を宥めている様だ。
アルヴィスはアリスと共にアリシアの元まで駆け寄ると、状況を把握するため話を聞いてみることにした。
「アリシアッ、何があったんだ!?」
「あッ、起きたの!?」
「ああ。それよりどうしたんだよこれ? アリシアの演説で停戦してんじゃないのか? しかも良好な状態でよ」
「う、うん……そのはずだったんだけどね……――――」
ゆっくりとクリストフに視線を運ぶアリシア。
「あいつのせいか?」
「たぶん……。私も途中から来たから詳しくは知らないけど、話を聞いてるとかなり一方的な条件を出してるらしいんだよね」
「おいおいッ、アリシアの想いを無駄にする気かよ!」
少々感情的になったアルヴィスは、兵の中心に立っているクリストフへと詰め寄る。
「おいッ、あんた! 一体どんな話してやがんだ!」
肩を掴み振り向かせると、クリストフは一瞬眼を見開き、それから苛立ちを露わにした瞳で覗き返してきた。
アルヴィスはその刺すような眼光に瞬間たじろいだ。けれど視線は外さず正面から受け止める。がんばった仲間の、特にアリシアへの想いで耐えたのだ。
「また貴様か。貴様は自分の立場をわかっていてその生意気な口を俺に利いているのか?」
「立場なんて孤児の時点で気にしてられっかよ! そんなことより、あんた随分と不平等な条件を提示してるらしいな! せっかくアリシアが納めてくれたのに無駄にすんじゃねェよ!」
「おい、いつまで肩に手を乗せている。離せ――」
クリストフはさらに眼光を強め、放つ威圧感と凄みが増す。
さすがのアルヴィスもこれには逆らえず自然と手を離していた。
「貴様は今回の作戦が侵攻だということを忘れていないだろうな? 侵略する側に都合良く話を持っていくのは当たり前だろうが。俺はこれでも譲歩してやっている。いつでも武力行使に出てもいいんだぞ」
「そんなことは俺がさせねェッ」
「ならば貴様も殺すだけだ」
「それは儂がさせぬ。なんなら今ここで貴様を始末してやろうかの?」
「アリス……!?」
今まで黙っていたアリスがクリストフのアルヴィスを殺す発言に反応し、右手に魔力を纏いながら近付いてきた。
「そもそも貴様ごときでは我が主さまは殺れぬがの、カカッ」
「……なんだ貴様は?」
クリストフは密度の濃い魔力を纏うアリスの登場に怪訝な表情を浮かべる。突如現れた明らかな強者に驚いているのだ。
クリストフは一対一でならSランク魔法師のローランにすら負けないと思っている。そんな彼は目の前に現れた精巧な人形の様に綺麗な美女が纏う強者の雰囲気と魔力に、内心では焦りを覚えていた。
「儂は今貴様が殺すと申した者のサーヴァントじゃ。もし我が主さまに手を出してみろ。その時は貴様の命も無いものと思え」
「サーヴァントだと? そんな下等な存在が俺にそんな口を利くとは。――レインズワースだったな。今はまだ生かすが、この作戦が終わったら覚悟しておけ」
「…………」
アルヴィスは無言で睨みをきかせる。それをクリストフがどう受け取ったのかはわからないが、後は勝手にしろといわんばかりにこの場を去っていく。その後ろ姿はいかにも不機嫌そのものだった。
館内へと消えていくまで見送ると、アルヴィスは大きな溜め息を吐いてからアリスに向き直る。
「なんで出てきたんだよアリス。さすがに今のはまずいだろ、一応上官なんだぜ?」
「カカッ、そっくりそのまま返すぞお前さんよ」
「う……ッ。――あ、アリシアッ、こっち来いよ!」
アルヴィスは言い返すことが出来ず、逃げるようにアリシアへと視線を変えて叫び呼んだ。
「何かな?」
「今までのあいつが言ってたことは気にしなくていいから、アリシアの1番良いと思う条件でこの都市の領地をうちの国にして欲しいんだ。また頼めるか?」
「……う、うん。あまり自信はないけどやってみるよ」
アリシアは緊張した面持ちで格子状の門へと近付くと、伸ばせば手が届きそうな距離感でゆっくりと言葉を紡ぎだした。