第119話 悲しみのルナ
「開門ーッ! 開門しろーッ!」
アリシアの魔法によって眠らされていた門の守衛が――今は魔法が解けて起きている――叫ぶと、中の兵が大門を開門させる。大門の隅に人が通れる程度の門が常時開いており、ただの往来ならそこから出入りするが、今回は同時に大勢の者を通すために大門を開いているのだ。
大門が開門すると、外から都市ノクタル内へと待機していたクリストフ隊5000人が入城していく。
当然先頭を進むのはクリストフ本人だ。
「――ご苦労」
クリストフが労い、出迎えたのはアリスとアリシアだ。
「別に童の為などではない、その言葉を言われる覚えなどないわ」
応えたのは腕を組んでいるアリスだ。
「――――」
馬上のクリストフとアリスが睨み合う。その眼は鋭く、眼光で小動物程度なら射殺してしまいそうだ。
アリスの隣に立つアリシアがそんな2人を心配そうに見詰めていると、クリストフの方から先に視線を逸らし、ふんっと鼻息を鳴らして再び馬の歩を進ませた。
「生意気な奴じゃ。あの程度でこの儂と正面から眼を合わせるなど」
アリスが通り過ぎていくクリストフを横目で睨み付けながらそんな台詞を吐いた。Aランク魔法師であり大佐のクリストフの実力をあの程度と言うアリスには驚きだが、本来の姿を取り戻した彼女から見れば彼すらその程度の力なのだろう。
何事も無く終わったことに、当の本人達よりもアリシアの方が胸を撫で下ろしていた。
しばらくして5000人の最後尾が見えてくる。そこに居たのはアルヴィス隊だった。
アリスが「やっと来おったか」と溜め息を吐く。
アルヴィス隊の先頭にいたのは、アルヴィス本人ではなくエリザベスだった。
「なんじゃ? 我が主さまはまだ寝ておるのか?」
「アルくんならあそこで寝かせてるわ」
馬上のエリザベスが後ろの兵糧を積んだ荷馬車を指差した。
アリスとアリシアが荷馬車へと駆け寄ると、そこには兵糧の変わりにアルヴィスが横たわっていた。寝息を立てていることから、心配無用だろう。
アリスとアリシアの馬を引いた兵が近寄り手綱を2人に渡そうとするが、アリスはそれを断った。変わりに荷馬車へと乗ってアルヴィスの傍に座る。アリシアまで乗るには狭いので、手綱を受け取り騎乗した。
荷馬車ではアリスがアルヴィスの頭を自身の太腿へと運び、頭を撫でながら看護していた。
その光景にエリザベスは内心でその手があったかと後悔するが、今さら悔いても仕方がない。進軍を再開して前の列へと付いていく。
列に混ざったアリシアがふとあることに気が付いた。
(ロベルトさんがいない……?)
アルヴィス隊のどこを見てもロベルトの姿がない。気付かぬうちに前列に混ざって通り過ぎたのだろうか。別に仲が良いというわけでも、それどころかまともに会話すらしたことがないロベルトを、アリシアは特に気にすることなく馬を進ませた。
都市ノクタル内を進み目的地の軍事施設であると同時に城主の館に辿り着くと、そこを拠点にクリストフ隊が滞在することとなった。
各隊長達には部屋が割り当てられ、アルヴィスも一室へとアリスに運ばれる。ベッドに寝かせ直すと、アリスは静かに部屋を後にした。
そのまま館からも出ると、外ではクリストフが住民達に向けて何やら叫んでいたが、アリスは気にせず再び門へと歩いて行く。クリストフは住民達に今後の話をしているのだろうが、アリスには興味のないことだ。
門へと辿り着くと、外には魔物の集団を引き連れたルナとエレナが都市ノクタルへと向かってきていた。魔物の大群の魔力を感じ取っていたからこそ、アリスはこうして迎えに来たのだ。
せっかくアルヴィスの作戦が成功したというのに、遅れてきたルナが引き連れる魔物によって住民を刺激して失敗に終わっては本末転倒だからだ。何より、意識を失うまで頑張ったアルヴィスと、震えながらも自分に立ち向かってきたアリシアの努力が報われないからだ。アリシアのその行動だけは秘かに評価していたというわけだ。
アリスが門を抜けてルナ達の元まで近付いていくと、向こうも存在に気付いたようでエレナが槍を掲げてアピールしてくる。
「ご苦労だったのう、猫娘、エレナよ」
「ありがとうございます、主。ところで何故ここへ? それに何やら都市の様子が違っていますが?」
「そのことでこうして来たのじゃ」
「と、いいますと?」
「既にこの戦は終結した。じゃからお前さん等が集めてきおったそやつらは意味がなくなったというわけじゃ。こちらはほぼ無傷で済んだのでのう」
「にゃにゃ!? 人手が足りるから魔物はいらにゃいということにゃ!?」
「簡単に言ってしまえば、まぁそういうことじゃな」
「にゃぁ~……せっかくニャアが頑張って集めたのに意味がにゃいにゃんて……」
「……主、この魔物達を我等の戦力にするというのはいかがでしょうか? もともと私も猫殿も魔物を従えていましたし、戦場で使うのに問題はないかと」
ルナの項垂れる姿を見たエレナが提案をしてきた。アリスは2人の背後に控える魔物の集団――ざっと数えて500匹くらいだろうか――を見て使えるかどうかの判断をする。
暫しの間考えると、アリスは閉ざしていた口を開いた。
「ダメじゃな」
「「――!?」」
「そこにおるやつらはどれも低級のものばかりじゃ。とても命令を理解出来る知能があるとは思えぬ。戦力にする以前の問題じゃ。今回は諦めるのじゃな、猫娘」
「……わかったにゃ。じゃあもう効力はいらにゃいということだにゃ?」
「そうなるの」
ルナは確認を取ると、手に持っていた鈴付きチョーカーを再び首にはめた。
するとたちまち魔物の集団が襲いかかってきた。魅了の効果が切れ、3人のことを敵と認識したのだ。
だが――
「ふんっ、雑魚が」
襲撃を予想していたアリスが一発の魔法で500匹もの魔物を葬った。
その光景にエレナは「さすが主!」と惚れ直し、ルナは「にゃぁ~……!?」と少しショックを受けていた。まだ引きずっていたのだろう。
「ほれ、駆逐も終わったことじゃしさっさと帰るぞ」
「わかりました」
「……にゃぁ」
3人はゆっくりと都市ノクタルへと向かっていった。