第118話 アリシアの想い
再び都市ノクタルに戻ったアリスとアリシアは、街の中心に聳え立つ時計塔の天辺に立っていた。
アリシアの歌声を街中に響き渡らせるためだ。
「ほれ、さっさとせぬか」
魔法発動を急かすアリス。
アルヴィスの頼みでこうして一緒にいるが、そうでもなければアリスは他の女性と一緒にいることを好まない。自分以外の女性はアルヴィスに必要ないと思っているからだ。
そんなアリスが、前世のアルヴィスに子供が産まれた際の相手にどれだけ嫉妬し、秘かに暴れまわり街1つ破壊していたことなど今は彼女しか知らないところだ。
「ま、待ってよ。私にだって気持ちの準備があるんだから。それにマイクも無しにこれだけの広さは難しいし……」
「そちの気持ちなどどうでもよいわ。じゃがまぁ、力は貸してやらんでもない」
アリスは右手を伸ばすと、風魔法を発動し纏わせた。その手を薙ぐように振ると纏った風が都市外部に向かって広がっていく。
「ほれ、これで端まで届くはずじゃ」
風に声を乗せて都市中に響かせようというアリスの考えを直接聞くまでもなく理解したアリシアは、眼前の光景に口を開き驚いていたがグッと意思が固まったように閉じると、深く息を吸い込んだ。
一時的にとはいえ人を洗脳し操るのだ。15歳の少女には精神的に負担なことなのだろう。だからこその気持ちの準備――強い意思が必要なのだ。
「スゥー……――――」
そんな意思を宿したアリシアの瞳は都市の住民達を捉えていた。恐怖で座り込む者、怒りで震える者、現状が分からず混乱している者。アリシアはそんな一般人には安心を、魔法師達には穏やかな気持ちを与えるように、その想いを歌に込めて歌った。
「ほぅ……」
思わず声を、いや息を洩らしたアリス。以前に掛けられた洗脳魔法とは違い、今は聞いていて心地良さを感じていたからだ。それが意外だった。それ故に感嘆の息。けれど、アリスはそのことに自身すら驚き軽く眼を見開いた。
認めたくなく少し忌々しそうに舌打ちをすると、腕を組んでそっぽを向く。だが魔法自体は維持したままだ。
こんな時でもアルヴィスの頼みを完遂しようとするアリスの忠誠心が窺えた。
しばらくすると、都市全体にアリシアの魔法効果が表れたのか喧騒が穏やかなものへと変わっていた。
そこでアリスはあることに気付く。
「のう、何か儂が以前に見たものと様子が違っておるが、ホントに成功しておるのか? 静かになっただけで洗脳されている様に見えぬぞ?」
そう、アリスの考えは間違っていない。アリシアは洗脳ではなく、ただ心を穏やかに落ち着かせることしかしていないのだ。
「そうだよ。洗脳なんて必要ない、皆ただ怖いだけなんだから。私はただ落ち着いてほしいだけ、それだけしかしてない」
「ッ!? 貴様儂の話を聞いておったのか!? 誰がそんなことをしろと言った!? 作戦を台無しにするつもりかッ!」
怒りを剥き出しにして叫ぶアリス。明らかな敵意にアリシアの脚は震えていたが、瞳に宿った意思に揺らぎはない。
「あ、あなた達みたいな強い人には分からないよ! 私達のように弱い者の気持ちなんて!」
アリシアは胸に手を当て懇願するように立ち向かう。
下の住民達をチラリと一瞥してから再度アリスに視線を戻す。
「だから私に任せてくれないかな? 洗脳でもなく恐怖支配でもない、ちゃんと分かりあって終わらせたいのッ!」
アリシアは今まで多くの戦を魔法によって終戦させてきた。それは傷付く人を1人でも多く減らすためだ。今では魔術学院に入学し、クランにも加入しこうして軍の任務にも参加しているが、それは全てその後の平和を信じてのこと。
帝国の研究施設に利用されてきたアリシアは、そんな日常で育ったせいか平和を願っているのだ。
この都市ノクタルは城攻めの為、洗脳して解散させるということが出来ない。攻め落とすか防ぎきることが終結になる。たとえ洗脳しても短時間の停戦しか出来ず、結局は武力行使に出るしかない。
だからこそアリシアは洗脳ではなく、民に理解され争いなくこの戦を終わらせたいのだ。
けれど――
「ふんッ、そのようなこと出来るはずなかろうが。一体何年戦争してきておると思うておる。――この都市の軍事力はその殆どが滅んでおる。儂が潰してきたからじゃ。すでに儂らとの戦は始まっておるということじゃ。それなのになんじゃ? 話を聞けば理想ばかりで全然現実を見ておらんことばかりぬかしおって。戦をなんじゃと思うておる。貴様の戯れ言に付き合うておれぬわッ」
アリスは眼光鋭く全否定した。
そして手を都市へと伸ばすと、膨大な魔力を掌に集め始める。
その姿にアリシアは眼を見開く。明らかに住民達を殺すための魔法を使おうとしているからだ。
「――――!? 何をしておる……?」
伸ばした手の前に突然現れ、都市を護るように立ち阻むアリシアにアリスは訝し気に問いた。
「お願い……します……!」
「……そちもろとも殺すぞ?」
「構わない……! ――お願いッ、チャンスを下さい」
頭を下げて頼み出すアリシアはスカートの裾を握り、その手は脚と同様に震えていた。
殺気すら放つアリスに震えながらも立ち向かうその姿に、深い溜め息を吐きつつ伸ばしていた右手を下げた。
「もう好きにするがよい……儂は付き合うておれぬわ」
腕を組み直しそっぽを向くアリス。
アリシアはその後ろ姿を見ると、恐怖から眼の端に涙を浮かべていたようで「ありがとうッ」と言いながら涙を拭い取った。
一度深呼吸し息を整えると、アリシアは振り向き都市へと視線を下げた。
「――――えッ……!?」
そこでアリシアはあることに気付く。
都市ノクタルにいる全ての者に、いや――外部にいるクリストフ隊にまで時計塔にいる2人に注目が集まっていたのだ。眼下にいる魔法師を含めた住民達からは視線を集め、外部のクリストフ達には2人の姿までは見えていないが、声に反応していた。
実はアリスとアリシアの会話は、風魔法を発動し続けていたことで外部にまで響き届いていたのである。
それが故意的に行っていたことなのかはアリスのみぞ知るところだが、そのお陰でわざわざ注目を集める必要がなくなっていた。寧ろ2人の会話に興味があるのか、時計塔の周囲には都市中の住民が集まっていたのだ。
アリシアは背後にいるアリスを振り向き見るが、彼女はこちらを見ておらず表情が分からない。アリシアはそんなアリスの背中に再び「ありがとう」と告げると、振り向き直し視線を眼下に戻す。
胸に手を当て深呼吸をする。気持ちが落ち着くと、一歩前へ進んで自身の姿が見えやすいように立ち位置を変えた。
時刻はすでに陽が沈み空が闇に包まれる頃。時計塔をライトアップする照明がまるでアリシアを照らしているようで、より注目を浴びさせていた。
「――――皆さん」
アリシアが発した第一声で、僅かに聞こえていた話声が完全に静まる。
「私の声が、想いが――皆さんに届くと信じて話ます。――世界は今、闇に包まれています。魔物との戦いから、再び人間同士の醜い戦争となりました。まさしく今もそうです。そんな時代でこの帝国は力を手に入れ、その力をもって世界を相手にしだしました。大きな力は人を愚かに、そして醜くします。帝国は今、どこよりも深い闇に堕ちています。私もみなさんと同じ帝国出身です。研究施設で実験体として育ち、多くの闇の部分を見てきました。けれど私は、一筋の光を見付けました。世界の闇を照らすには小さな光ですが、私はその光によって救われました。皆さんにもきっとそんな光に照らされる日が訪れるはずです。帝国では、いえ、帝都は現在内戦で荒れています。政権争いです。当然皆さんもご存知のことでしょう。そしてその影響を少なからず受けているはずです。もし……もし、皆さんがそんな闇から救われたいと願うのなら、私は協力することを惜しみません。どうか――どうか、皆さんも私と同じ想いなら、武器を捨て、共に手を取り合ってほしい。共に闇から救われたい。私は……いえ、私達【EGOIST】はそう願っています!」