第111話 初めての仲間
「私を君のクランに入れてくれないかな?」
「俺のって……【EGOIST】にか!? なんでまた?」
アリシアに突然クランへの加入を願われ、驚きの一色に染まるアルヴィス。
隣に立つアリスが少々嫌そうな表情をしているが、アルヴィスは気付いていない。恐らく、アリスはこれ以上ライバルとなる女性メンバーを増やしたくないのだろう。
「なんでって、君のクランがこの学院でもトップ争いに参加しているほど強くて有名だからだよ! 君が強いのは勿論知ってるけど、入学したら君のことを聞いてビックリしちゃった。まさか学生ながらに軍人になっていてあっという間に大尉だもの。それにほらっ、君にとっても私の加入は得だと思うよ? 見ての通り私はいまじゃちょっとした有名人だしね」
「そうそう、それがずっと気になってたんだ。なんでこんな大勢に囲まれてるんだよ?」
「ふっふーん♪ 実は私、今じゃ戦場の歌姫とかアイドルとかって呼ばれてて人気者らしいの。孤児院に入ってからも戦場には行ってた結果ね」
「なるほどな……」
アリシアと初めて出会ったのも戦場だ。アルヴィスは、アリシアが今でも戦場で歌い続けて戦争を止めていることを理解した。それにより助けられた魔法師は数知れないだろう。恐らく、敵国にもアリシアの存在が広まっているはずだ。
アルヴィスはそんなアリシアをクランに入れていいものなのかと、独り真剣に考え初めた。顎に手を当て、小さく唸っている。
「私の魔法は知ってるでしょ? 役に立つと思うんだけどな?」
アリシアは、アルヴィスが即答でクラン加入にOKを出すと思っていたのに迷っているため、少し焦ったように自分を売りだした。
「私が入ったら、加入希望者続出かもよ? それに華が出るし! あと、あと……」
アリシアがいろいろアピールしてもアルヴィスがいつまでも考え込んでいるので、目尻に涙を浮かべ始めていた。
アリシアの顔を見た周りの生徒達が、ひそひそと会話を始めた。どうやらアルヴィスを酷い先輩だと色々話しているようだ。
アルヴィス本人のみならず、アリス達も聞こえているのか少々苛立った顔になる。とくにアリスに関しては、こめかみをぴくぴくとさせている。余程アルヴィスを罵る声が許せないのだろう。
アルヴィスは自分のことなので正直気にもしていなかったが、このままではアリスが手を出しかねない。内心で軽い舌打ちをしつつ、アルヴィスはアリシアにクラン加入許可を出すことにした。
「……わかった、入れてやる。だからその涙をなんとかしてくれ。そしてこいつらをなんとかしてくれ。じゃなきゃアリスが殺しそうだ」
アルヴィスは顎で周りの学生達を指しながら伝える。次いで隣のアリスを親指でさして、アリシアに見るよう促す。
アリシアは両目の端の涙を掬うように拭いつつ、アリスへ視線を移すと――
「……っ!?」
胸を支えるように腕を組んでいるアリスが、歯を鳴らしながら青筋を額に浮かべていた。
アリスは自分がアルヴィスをいじめるのは反応が面白いから良いのだが、他人に同じようなことをされるのは面白くない。ましてや格下に罵声など浴びせられるなど、ナメているとしか思えずアルヴィスに代わって始末してしまいたい気分になってしまう。今でこそ【EGOIST】などアルヴィス以外とも行動を共にしているが、今でも正直アルヴィス以外の人間などどうでもよいのだ。
アリシアは、アルヴィスに「わかったか?」と言われコクコクと無言で頷くと、周りに集まる生徒達に解散するように叫んだ。
生徒達からは「えぇ~」というブーイングが起きるが、アリシアが再度解散するように伝えることでこの場にはアルヴィス・アリス・ルナ・エレナ、そしてアリシアの5人だけとなった。
その時、講義の開始を知らせる鐘の音が聞こえ、アルヴィスは間に合わなかったことに溜め息を吐いた。
「場所を変えるか」
アルヴィスはアリシアにそう言うと、返事を待たずに付いて来いといわんばかりに先に大講堂ロビーへと向かい出した。
当たり前のようにアリス達3人もその後を付いていく。アリシアも慌てて追いかけた。
数分でロビーに着くと、講義が始まったのにも関わらず複数のグループが机を囲んで談笑していた。
2年生以上になると、講義よりもギルド任務で単位を取得するので、こうして講義に参加せずに話していても問題ないのだ。ただし、入学したての1年生達は別で、まだまだ任務だけで必要単位を満たすことはできない。一部の例外を除いては。つまり、現在ここにいる複数のグループのそのほとんどが、2年生以上ということになる。
アルヴィスは空いているテーブルを見つけると、適当に席に着く。
以前ならその膝上に幼女姿のアリスが座るのだが、今は体型的に無理なので大人しく隣の空いている席に座る。逆側のアルヴィスの隣にはルナが素早く座り、ガッチリポジションを確保する。エレナはアリスの隣に座り主人の横を確保。最後に来たアリシアは、アルヴィスの正面席に座って向かい合った。
「アリシア、クランに入るのは構わないけど条件がある」
アリシアが席に着くなり、早速本題とばかりにアルヴィスが話し掛ける。
「条件? なに?」
不思議そうに小首を傾げるアリシア。
「俺たちはみんな自分達の目的の為に戦ってる。一応リーダーは俺だけど、俺の為に集まったわけじゃない。だからアリシアも自分の為に戦って欲しい」
「……うん、わかったよ。それだけ?」
「それともう1つ。いや、2つか。――アリシアの魔法は強力だが、戦闘向きじゃない。戦場では常に俺たちが近くにいるとは限らないし、自分の身は自分で守ってもらわないと困る。言ってることはわかるな? だから、アリシアも魔法以外にも力をつけて欲しい」
「それなら心配ないかな。剣なら少しは覚えがあるのよ? そうでもないと戦場になんてとても行けないしね。それで、最後は?」
「ああ、単純だよ。俺たちを洗脳しないと誓ってくれ」
「あははっ、まさか最後の条件がそんなことだなんて」
アリシアは予想外の内容につい笑ってしまった。
「大丈夫、恩人の君たちにそんなことはしないよ」
「そうか、ならクランに入ることを認めるよ。どうせ次の講義まで暇なんだし、これから加入手続きしに行くか?」
「いいわねっ、行こっか!」
アリシアが嬉しそうに椅子から跳ねるように立ち上がった。
アリシアを先頭に、ギルド学院支部である大講堂掲示板まで向かう。
早速受付にクラン加入申請手続きを頼むと、用紙を渡され必要事項の記入を進める。
しばらくすると用紙の内容をもとにデータの製作・登録を終え、アリシアのクラン加入が正式に認められた。
「これから宜しくな、アリシア」
「こちらこそ宜しくねっ」
ニコッと微笑むアリシア。研究所生活が長く、友人と呼べる存在がいなかったアリシアには今回の件がとても嬉しいようだ。初めての仲間が自身の恩人であり、信頼の出来る人だ。アリシアはこれからのことを考えると胸が弾むような気持ちになった。
けれど、この時のアリシアはまだ知らなかった。クラン加入後初任務が、まさかとんでもない内容だということを。
――アリシアの【EGOIST】加入から数日後、帝国への進軍が始まった。