第110話 再会の後輩
――4月某日。
アルヴィス達が帝国・研究所を破壊してから月日が流れ新年度を迎えていた。
なぜ敵国である帝国に侵入し、研究所などという国が所有する施設を破壊したのかというと――指揮能力を磨くために戦場を見学していたその帰り道、アルヴィスとアリス、それにルナとエレナを含めた4人は、複数の帝国兵が何やら怪しい雰囲気で馬車を囲みながらラザフォード王国領を歩いていたのを見つけた。
アルヴィスは、馬車の中には捕虜となった自国民がいるのではないかと思い帝国兵を制圧、馬車を解放したのである。
馬車の中から現れたのは1人の少女――アリシアの姿があった。以前見学にいった戦場で見かけたことがある少女だったのだ。
アルヴィスはその少女――アリシアに頼まれ、帝国・研究所で実験体とされている彼女の妹達を助けることとなり、結果破壊したのである。
現在は、アルヴィスの提案によりアリシアと妹達8名を自身が暮らし育った孤児院に預け、シスター達と共に暮らしている。
それからというもの、アルヴィスの身には色々な出来事が起こった。
その1つとして、ラザフォード王国軍に少尉の階級で入れられたのである。これは学院長兼王様であるエドワードの提案によるものである。いや、提案ではなく命令に近い。
アルヴィスがリーダーを勤めるクラン――【EGOIST】の戦力が、とてもFランク魔法師がリーダーを勤めていてよい水準ではなくなったからである。その主な原因がアリスの完全復活だ。
最低でもアルヴィスにはすぐにAランク以上の魔法師になってもらわないと、他のクランにAランククランの戦力の示しがつかなくなってしまう。けれど、いくら国王といえど魔法師につけるランクレベル基準や昇格方法は世界共通のため、権力を使って勝手にランクを上げるということが出来ない。そこで権力でどうとでも出来る自身の軍にアルヴィスを入れ、Fランクなのにいきなり少尉という階級を与えたのである。
これにより、アルヴィスはFランクながら軍の階級でその実力をランク以上だと示すことが出来るようになった。けれど早急にランク上げも命じられている。
ちなみに、アルヴィスの少尉にたいしアリスはエドワードから大佐の階級で軍に入らないかと言われていたが、これを即答で断った。
アルヴィスがアリスに後で理由を聞くと、「お前さんはそんなこともわからんのか?」と呆れ顔で返されてしまった。
アリスが階級を貰うということは、個の存在を認められアルヴィスのサーヴァントから離れることになり、さらに国王の――エドワードの命令には逆らえなくなってしまう。アリスはエドワードが自身のことをアルヴィスから離し、軍事力として思い通りに使おうとしていることに勘付いたのだ。
アルヴィスは少尉になったといっても自由に戦場に連れていけるのは自身が保有している者のみだ。つまり自分の隊をまだ持っていないアルヴィスは、サーヴァントであるアリスとルナとエレナのみということになる。【EGOIST】を連れていくことも勿論出来るが、サーヴァントではない他のメンバーが軍としての仕事に参加してくれるかはまた別の話だ。クランとして行動を共にするのは、あくまで自身の仕事や目的のためであって国や軍のためではない。
けれど、【EGOIST】のメンバーはアルヴィスの軍人としての仕事に付いて来てくれていた。ロベルトですらもだ。理由はわからない。だがロベルトのことだ、そこで結果を残し自身も軍に入るつもりなのかもしれない。或いは兄に追い付くためなのか。何にしてもアルヴィスには有り難いことであった。
【EGOIST】の活躍により、アルヴィスは新年度を迎えた4月と同時に大尉となっていた。そして同時にランク戦にも参加し、魔法師ランクをDランクまで上げ、クランランクもBランクに昇格させていた。
飛鳥もCランクに魔法師ランクを上げ、その他のメンバーに変化はない。
そして現在――
「おいおいっ、またかよこの騒ぎ!? 一体なんだってんだ?」
アルヴィスは大講堂付近で人集りとなっている場所を見て誰ともなしに話し掛けた。
「最近よう見かけるのう、あーいう集団を。気になるのか? 我が主人さまよ」
反応したのはアリスだ。
アリスはアリシアの一件で、本来の姿を取り戻し常に大人の姿をしている。絶世の美女と呼んでも誰も反論しないであろうその見た目を、幼女時から着用していた真紅のドレスが身を包み、より一段と魅惑的で扇情的な雰囲気を際立たせている。
アリスの他にも、アルヴィスの周りには現在ルナとエレナの姿もある。
アルヴィスは3人を連れ、次の講義のために大講堂に向かっていた途中で集団を発見したのだ。
「いや、気になるっつーか、こう何度も見かけるとさすがになぁ……?」
「そういうのを気になるというのじゃ」
アリスに突っ込まれ、アルヴィスは「うぐ……っ」と声を漏らす。
アルヴィスの言う通り、4月になり新入生が入学してから眼前のような光景を何度も目撃していたのだ。
初めのうちは単なる新入生による何かの催しかとも思っていたが、連日ともなると予想と違うことにさすがに気付く。
遠目から様子を窺うに、どうやら誰か生徒を囲んでの集まりのようだ。
アルヴィスはこのままでは靄がかかったように気分が晴れないことから、右手を集団に向けて伸ばし魔力を放出した。
「なんともまぁ勿体無い使い方をしよるのう……」
アリスはそんなアルヴィスを横目で見ると、嘆息を吐きつつ言葉を漏らした。
(魔力を煙状として流すんじゃなくて、地形に這わせて滑らせるイメージで……)
アルヴィスは現在練習中の、空間を自身の魔力で満たし掌握するための魔力放出イメージを固める。
〈時の迷宮〉のように煙状で放出していては充満するのに時間がかかり、また無駄な魔力消費も多いため実戦では使えない。そこでアリスの助言により煙状で満たすのではなく、掌握したい空間を包むイメージで魔力を地形に合わせて滑らせ流すことにした。
前世のアルヴィスはそういうイメージで放出していたとアリスが言うが、当の本人にはその記憶や感覚がない。だが実際にやってみると意外としっくりくるのだ。
アルヴィスは練習のことを思い出しつつ魔力を流すと、あっという間に集団のその周りまで包んだ。
この魔法時の魔力に色はない、無色だ。この魔法自体には何かをどうこうする効力が無いからだ。
(あれ? この感じって――)
「まさか……!?」
アルヴィスは集団の中心にいる人物に思い当たる知り合いがいたが、そんなわけがないと疑った。
直接自分の眼で確かめようと、集団に近付き割って入っていく。
掻き分けられた生徒達には誰だよという風な視線を向けられるが、アルヴィスに気にした様子はない。そしてその視線もほんの一瞬で、続く目付きは「あっ!」という驚いたものだった。
実はアルヴィスは、自身の知らないところで有名人物となっていた。美人を連れ歩くハーレム状態だからだ。絶世の美女であるアリスに、魅了を抑えていても十分魅力的な猫耳ルナ、それにクールビューティなエレナと常に行動を共にし、そこに学院二大美女であるエリザベスまでもクランメンバーにしているのだ。有名にならないほうがおかしいというものである。
付け加えるように、学院3人目の軍人であり大尉のアルヴィスは、今やラザフォード魔術学院の顔となりつつあるのだ。
そんなアルヴィスが入学数日の新入生集団の前に突如として現れたのだ、驚くなというのは無理である。
だがそれ以上に驚きで目を開いた人物が居た――
「やっぱりアリシアだったかッ」
アルヴィスである。
集団の中心にいたのは、孤児院で暮らしているはずのアリシアが制服に身を包む姿だ。3ヶ月以上振りの再会である。
「あれ? アルヴィスさんじゃない! どうしたんですか?」
「どうしたじゃねェよ! なんでアリシアがここにいんだよ」
「だって私、ここの生徒ですから」
「は……っ?」
アルヴィスは、眼前で胸を張り制服を強調するアリシアの姿を改めて眺める。
沈黙すること数秒、
「うぉっ!?」
状況を理解して我にかえったアルヴィスは、奇声を上げて反応した。
「なんですかその反応!? ちょっと気持ち悪いですよ?」
くすくすと笑うアリシアに、どこか違和感を感じたアルヴィス。少し考えるとその正体に気づく。
「なぁアリシア、今さらそんな喋り方すんなよ。俺に敬語なんて必要ないぜ?」
「あっ、やっぱりですか? 一応ここでは先輩なので気を付けましたけど、私らしくないですよね? ――もう普通に話すね?」
「おう、そっちのほうがしっくりくるぜ」
「ところで君にお願いがあるんだけど」
「……またかよ?」
「そんな面臭そうな顔しないでよ。今回は何かして欲しいとかじゃないから」
「は……?」
アリシアの台詞に、アルヴィスはぽかんと口を開け呆けた表情で返すだけだった。