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孤児の俺と魔術学院生活~人生逆転計画~  作者: 神堂皐月
戦場の歌姫編
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第109話 帰ろう

 アリシアを最後に全員が扉の先へ通ると、先に通っていたアルヴィスが既に研究員や兵士達、さらにはキマイラをはじめとした色んな生物兵器達全ての動きを封じていた。


 下半身の時間軸を固定したのだ。ちなみに生物兵器のみ全身固定だ。


 なぜ全員を全身固定しないのかは、もちろん表情を眺めて楽しむためだ。


「――サリーシャ……!? 何故お前がそこにいる!? ……いや、いつか何かしてくるとは思っていた。今がその時ということか」


 突然身動きを封じられ狼狽していた研究員や兵士達、その中から白髪に丸眼鏡の初老がアリシアの姿を見ると、目を見開いて叫んだ。


「そうよ! 私はあなた達の計画全てを潰して妹達を助ける! その為に戻ってきたわ!」


「くッ……。長年の研究をお前ごときに潰されてたまるか!」


アリシアに物凄い剣幕で怒鳴った初老は、眼前のデスクに設置されている透明のプラスチックカバーで蓋をされている赤いボタンを、蓋を叩き割って押した。


 如何にも緊急ボタンとした見た目のそれは、やはり本来押してはいけないものだったようだ。周りの研究員達の表情が明らかに青ざめている。


 ボタンが押されてから数秒、ずっと聞こえていた合唱の音量が一段と大きくなった。と同時に、アルヴィス達の視界の端にずっと見えていた天井を貫く巨大なタワー、その周りに設置されている多くのモニターからエラー音とメッセージが表示された。


「まさか……っ!?」


 まず最初に反応したのはアリシアだった。今居るモニタリング室からガラス張りの壁まで走り寄ると、隣部屋である実験室を眺めてタワー周辺の様子を窺う。


 タワーの根本に設置されている8つのカプセルのうち7つが閉じられている。開いている1つのカプセルはアリシアの席だ。その閉じられている7つのカプセルが赤く激しい光を点滅させていた。点滅のタイミングが周辺モニターに表示されているエラーメッセージの表示と同じである。


 アリシアは実験室の様子と、研究員達の表情から1つの結論にいたった。


「無理矢理リミッターを外したんだ……あれじゃあみんなが死んじゃう……ッ」


 妹達を救うために今まで行動してきたアリシア。なのに結局妹達を守ることが出来なかった結末に、悔しさでガラス張りの壁を叩いていた。


 そして変化はそれだけではなかった。


 洗脳魔法の効力が上がったことで、アリスが頭を抱えて苦しんでいた。いくら魔法耐性が高いとはいえ、大陸級魔法を目指して実験していた魔法には抗うことで一杯一杯のようだ。


 意識を失っているエレナも、表情が少し苦し気だ。ルナに関してはアルビスの魔法のお陰で変化なく気を失っている。


 だが何よりも驚くべきことに、アルヴィスですら額を押さえて片眼を閉じ、魔法の影響を受けていた。


 その様子に初老が「どうだ!」と叫びながら忌々しく笑って喜んでいた。


「くっ……あやつのあの表情はイラつくのう。今すぐ殺してやろうかの……」


「待て、アリス……。今の状態で君が魔法なんて使ったら、制御出来なくてこちらにも被害者を出しかねないよ……」


 初老を睨み片手に魔力を集めだしたアリスに、けれどアルヴィスが止めるように指示を出す。


「ならお前さんがなんとかせぬか……! この直接頭に訴え掛けてくるような感覚は気持ち悪くて耐えられるものじゃないぞ」


「そうしてあげたいのもやまやまなんだけど、どうやらこの魔法のせいで僕に掛かっていた洗脳が上書きされそうなんだ。だから今からこの洗脳を解除するけど、そしたらアリシアの洗脳魔法も解けてしまう。つまり、どういうことかわかるよね? アリス」


「……もういなくなってしまうのか?」


「僕という人格は消えてしまうけど、アリスはもう独りじゃないだろ? 大丈夫、今の僕とも仲良くやれているようだし、今の君のパートナーは今の僕だ。この僕じゃない」


「……愛しておるぞ」


「わかってる」


「今もじゃ」


「それもわかってる」


「…………」


「そんな悲しそうな顔するなよ。大丈夫、アリスの時間はもうとっくに動き出してるよ。だから、いつまでも過去ぼくに縛られて止まっていちゃいけないよ? ――それじゃ、お別れだ」


 ――パチン……ッ。


 アルヴィスが指を鳴らし魔法を発動させると、頭部に魔法陣が出現し白く発光する。


 数瞬後――


 刹那的な時間、意識を失ったようにフラッとよろけたアルヴィスだったが、直ぐに意識を取り戻し片膝をついて転倒を回避した。


「どちらなのじゃ……?」


 眼前で頭を押さえながらしゃがみ込んでいる主人に、アリスは不安そうにつぶやき問い掛けた。


「――……アリス? どうしたそんな顔して? それよりもここはどこだ? さっきまでお前と戦ってたはずだよな?」


 アルヴィスは頭を押さえたままアリスを見上げて応えた。きょろきょろと周辺を見回して状況を把握しようとする。


「そうか……戻ったのじゃな」


「ん? 何か言ったか? つーかなんで大人姿になってんだ!? いつ俺は吸われたんだ!? まったく記憶にねェぞ!?」


 改めてアリスを見たアルヴィスが、彼女の元に戻った姿に遅れて驚いた。


「アリシアに洗脳されたお前さんが戻してくれたのじゃ」


「は!? 俺が!? 一体何があったんだよ!?」


「一言では説明出来ぬのう……。色々あったのじゃ……色々との」


「……そうか」


「それよりも早くこの鬱陶しい歌をなんとかせいッ。そのくらい今のお前さんでも出来るじゃろ!」


「あ、ああ? なんだかよくわからねェけど、この歌を止めればいいんだな? 発生源は――あそこか」


 アルヴィスは周辺の様子から、ガラス張りの壁の奥に見えるタワーに眼をつけた。


 そこには今もなお涙を流しながら壁を叩いているアリシアの姿があった。


「急がねェとだな」


 アリシアの様子から事態の深刻さを理解したアルヴィスは、真剣な表情へと顔を引き締めた。


 何故かはよくわかっていないが、施設内のどこに何があるのか手に取るようにわかるアルヴィスは不思議に思いつつも今は追求せず、まずはタワー全体に〈時の迷宮〉を掛ける。


「ウォォォッ」


 タワーの根本から天辺に等間隔で計10箇所に魔法陣を出現させると、同時に発動させてタワー全体を魔法で包み込んだ。


 白色に発光するタワー。


 数秒で点滅していた赤い警告光が消えると、エラー音も鳴り止んだ。


 アルヴィスは魔法を解くと、発動中に近づいていたガラス張りの壁に手を触れて今度は加速する〈時の迷宮〉を発動させる。


 黒にも似た紫色の魔力が、手とガラスの間で発光する。数瞬でガラスが脆くなり、アルヴィスが軽く殴ると一面に蜘蛛の巣状のヒビが入った。さらに小突くと、激しく音をたてながら崩れ落ちた。


「アリス、ここの掃討は頼んだぜ?」


 アルヴィスは顔だけアリスへと向けて話す。


「任せておけ、憂さ晴らしに丁度良いわ」


「……任せた」


 アルヴィスはなんの憂さ晴らしなのかはあえて触れず、1度だけ頷いて返した。


「アリシア、下に降りるぞ」


「うん」


 アリシアは涙を拭いながら頷く。その目元は真っ赤に腫れていた。またすぐに泣き出してしまいそうな顔をしていたが、アルヴィスは頭をポンと軽く撫でただけで特に声は掛けなかった。喋ると涙を溢してしまいそうだったからだ。


 アリシアの腰を抱き寄せたアルヴィスは、5メートルはある高低差を直下に跳び降りる。


 アルヴィスが手を離すと同時にカプセルへと走り出したアリシア。


 いくつかのボタンを押すと、空気圧が抜けたようなプシュッという音を出してゆっくりと半透明の扉が開き出した。


 アルヴィスもアリシアがいるカプセルへと近づくと、中を覗いてみる。


 そこには、眼を開いたまま気を失っているアリシアそっくりな少女の姿があった。


「……この子がアリシアの言ってた妹か」


「そうよ。魔法から解放してくれてありがとう。でも、ここまでいっちゃうときっと……もう脳がダメね……」


 アリシアが唇を噛み締めてなんとか涙を堪えながらも返した。


「いや、これならなんとかなるかもしれない」


「えっ――」


 予想外の台詞に、アリシアはすぐ隣のアルヴィスへ驚きながら顔を向けた。その距離があまりに近く、アルヴィスも振り向くとキスをしてしまいそうなことから視線は合わせず、カプセル内の少女を見つめたまま言葉を続けた。


「俺の魔法は時間を操れる。治癒で治らないような状態でも身体がバラバラだったりしないかぎりは元に戻せるはずだ」


「そんなことが……!?」


「ああ、とにかく試す価値はある。俺はこの子を治してみるから、アリシアは他のカプセルも開けといてくれ」


「わ、わかった!」


 アリシアは驚きつつも頷くと、急いで他のカプセルへと走っていった。


 その姿を横目で見送ったアルヴィスは、再び視線を少女へ戻すと「よしっ」と1度息を吐いた。


 少女の額に手を当てると、アルヴィスは両眼を閉じて集中しだす。


 いつも以上に、発動させた〈時の迷宮〉のコントロールを慎重にする。


 状態を戻しすぎては、身体と脳のバランスが合わなくてダメにしてしまう。単純に幼児化か、もしかしたら廃人になってしまうかもしれない。


 針の穴に糸を通すような精密なコントロールで、ゆっくりと時間を巻き戻していくと――


「……ん……ぅ……っ」


「!?」


 意識を取り戻したのか、少女は明かりがまぶしいといった風にまばたきをしだした。


「…………あなた、誰……?」


「俺はアルヴィス。アリシアの、君のお姉さんの仲間だ。君を助けに来たんだ」


 アルヴィスの言葉にパチクリとまばたきをする少女。


「いきなり言っても理解できるはずないか……。アリシアを呼んだ方が早そうだな」


 アルヴィスは少女の反応から、アリシアに直接説明してもらった方がいいだろうと判断すると、カプセルを解放してまわる彼女を呼んだ。


 最後のカプセルを開けていたアリシアが、アルヴィスの知らせに慌てて駆け寄ってくる。


「ホントに治ったの!?」


「ああ、顔を見せてやってくれ」


 アルヴィスにぶつかる勢いで走ってきたアリシア。アルヴィスの返事に慌ててカプセルへ顔を向けると、中にいる少女とバチリと眼が合う。


「ッ……!? ほんとに目覚めてる……! ――」


 アリシアは少女に勢いよく抱き付くと、幼子のようにわんわんと泣き始めた。


 せっかくの綺麗な顔が台無しだったが、アルヴィスには微笑ましく思えた。


 アルヴィスは2人をそっとしてこの場を離れると、他の6人にも同じ要領で魔法を掛けてまわった。


 アリシアが他の6人とも感動の再会を済ませると、アルヴィスはタワーを破壊するために今度は時を進ませる〈時の迷宮〉を掛けた。


 紫色の光に包まれたタワーがみるみると錆びて劣化していき、やがて崩壊しだす。崩壊して落下してきた部品すらも空中で塵とかし、跡形もなくタワーは消滅した。


 周辺のモニターや機材も同様に消滅させていくアルヴィス。


 最終的に、この実験室は何もない無の空間となった。


 全ての消滅が終わった頃、エレナとルナを影で持ったアリスがモニタリング室から跳び降りてきた。


 どうやら向こうの掃討が終わったみたいだ。


「お疲れ、アリス」


「お前さんの方も上手くいったようじゃの」


「ああ」


「ならばさっさとここから出るぞ。ゲートを出してくれぬかのう」


「ゲート?」


「〈次元の扉〉じゃ!」


「…………はっ?」


「あぁーもうめんどくさいやつじゃのう! 今のお前さんなら造作もないはずじゃ! さきほど証明済みじゃしの。イメージするのじゃ、ここと外との空間を繋ぐ扉を。開けた先には外がある。そんな感じじゃ。ほれっ、やってみよ」


「やってみよって……」


 アルヴィスは一方的に言われて少々納得がいかなかったが、無駄な反論はせずに大人しくしたがってみることにした。


 片手を正面に向け魔力を集中する。眼前に外の風景があらわれるイメージで魔法陣を展開すると、空間が歪みだした。


 それは〈次元の扉〉とは少し様子が違った。亀裂が縦に入ることなどなく、歪んだ空間が次第に円を形つくっていく。


 小さな円が外側に向けてその大きさを広げていくと、最後には直径2メートルほどとなった。


 空中に、別空間と繋がる穴が空いたような光景だった。


「ほう、これはこれで面白いの」


 〈次元の扉〉よりも上位魔法を発動させていたアルヴィス。アリスは眼前の魔法を見て感想を思わず口に出していた。


「これであってるわからねェけど、とりあえず問題ないだろ? 閉じないうちに早く行こうぜ」


「そうじゃの」


「アリシア達も付いてこいよ?」


 アルヴィスは背後に集まっていたアリシアと少女達にも声を掛けたが、反応が返ってくることはなかった。けれどアリシアが言って聞かせると、少女達はコクコクとそれぞれ頷いていた。どうやらまだアルヴィスは信用されていないようだ。


 アルヴィスは少し悲しい気持ちになり、嘆きの変わりに溜め息を小さく吐いた。


 アルヴィスを先頭に穴を通り抜けると、そこは研究所から数十メートル離れた場所と繋がっていた。


「アリス、最後の大仕事だ。あれをぶっ壊してくれ」


 穴を閉じたアルヴィスが研究所を指差し指示を出すと、アリスがニヤリと口許を吊り上げ笑う。


「その役引き受けたぞ、お前さんよ。――どれ、元に戻った儂の力も鈍っていないか試すとするかのう」


 アリスは首を左右に振りポキポキと鳴らすと、続いて軽く伸びてストレッチをした。


 エレナとルナを地面に寝かせると、影魔法を解いて無駄な消費を止める。


 両手を研究所に向けて伸ばすと、左右の手で違う魔法を発動させ始めた。


 右手が青く、左手は赤い色の光を放っていた。


 右手から出現させた魔法陣は、手の先などではなく研究所を四方から囲むように離れた場所にいくつも展開させていた。


 左手は、手の先に10つの特大魔法陣が形成されている。


 そして、一際両手の輝きが強く発光するとアリスは唱えた。


「〈ダイヤモンドダスト〉――〈メガフレア〉!」


 右手をグッと握ると、研究所を囲む魔法陣から絶対零度にも等しい凍結魔法が発動し、広大な土地全体を氷河期と変えてしまった。


 そこに左手から発射された超高エネルギーが、熱をもったビームとなり一直線に向かっていく。


 凍結した研究所にビームが直撃すると木っ端微塵に砕き散らせ、さらには熱により水蒸気を発生さえた。それは研究所の様子がわからないほどの量となり、しばらく止むことはないだろう。


 その光景に満足したのか、アリスは鼻をふふんと鳴らしながら戻ってきた。


「なんか前より威力が強くなってないか?」


「これが本来の威力じゃ。久々でスカッとしたわい、カカッ」


「そ、そうか」


 アルヴィスは密かに、今後アリスに逆らうのはよそうと決めていた。そんなアルヴィスの内心を知る由もないアリスは、今も愉快そうに笑っている。


「と、とにかくこれで研究データは全て消えたはずだし、帰ろうぜ」


「…………」


 アルヴィスの台詞に、俯き黙るアリシア。


(あっ、そうか。壊しちまったから帰る場所がないのか)


「アリシア、よかったらその子達も一緒に前に1度話した場所を紹介するぜ?」


 アルヴィスは自身の暮らし育った孤児院を管理するシスターに、アリシア達8人を紹介しようと提案をした。


「ありがとう……。でも、ほんとに私たち全員が行ってもいいのかな……?」


「ああ、大丈夫だ。俺も暮らしてた場所だし心配するな」


「そ、そっか。ならお願いするわ」


「おう」


 アルヴィスは、また先ほどの空間魔法を発動させると孤児院前をイメージして繋げだす。


 程無くして空間の歪みが安定すると、アルヴィスは背後の皆へ振り替えると一言だけ発した。


「帰ろう」

いつも読んでいただきありがとうございます!

最近忙しくて更新が不定期になってきてます……すいません

この話でこの章は終わりで、次話から新章になります!

宜しくお願いしますm(__)m

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