第108話 目的地のその前に
「お前さんよ、行くと申したがここから実行するのではないのか?」
エレナを抱き抱えてきたアリスが疑問の言葉を口にする。
「たしかに、さっきも言ったけどここからでも可能だよ。けど、それじゃあつまらないだろ? どうせなら驚く様を見たいじゃないか」
「カッカッ、そうじゃったそうじゃった! お前さんはそういうやつじゃったのう」
アルヴィスの悪戯を企むような表情で、アリスは昔を思い出しながら愉快そうに笑いだした。
けれど、アリシアだけが未だアルヴィスの変化に戸惑っているのか、独りそわそわとしている。
「っと、その前にまずは黒猫の……ルナ、でいいのかな? を助けて上げないとダメみたいだ」
「あやつに何かあったのか?」
アリスの問いに、軽く頷き返答しだすアルヴィス。
「ああ。……いや、違うか。ずっとそうだったみたいだし。彼女は今もずっと僕を捜して迷い猫状態みたいだ」
「……ああ、なるほどの。理解したわい」
アリスは呆れながら嘆息を吐いた。
どうやらルナは洗脳魔法に掛かった後、アルヴィスを襲おうと行動しだしたが道が分からずに迷い続けているようだ。
知能が低いルナには、この施設の複雑な通路攻略は難しかったのだろう。
アルヴィスが正面に手を向け魔力を放出すると、幾つもの魔法陣が出現し空間に亀裂を作り出した。
縦に割れた空間が扉の様に左右に開き、亀裂の向こう側に別空間を映した。
「ほう、〈次元の扉〉も使いこなすか。もう完全復活と見て間違いないのじゃな?」
アルヴィスの魔法を見たアリスが問いかける。
「復活どころか発動速度が上がっているくらいだよ。どうやら現世の僕は僕以上に厳しい日常を送っているようだね」
「当たり前じゃ。毎日この儂がしごいておるのじゃからな」
「そうかい、アリスがね。――それなら僕が消えても安心かな」
「ん? 何か申したか?」
「――いや? 何も」
アルヴィスは首を振って否定した。亀裂の先に再び視線を戻すと、独り向こう側へと歩き出しそのまま通り抜ける。
数秒の後、アルヴィスは気絶しているルナを抱えつつ戻ってきた。
床へルナを寝かすと、額に手を当て何やら魔法を掛け始めた。それは幾重にも幾重にも掛けられ、何度重ね掛けをしているのか解らないほどだった。
「何をしてるの?」
眼前の光景を不思議そうに見詰めながらアリシアが問い掛けた。
「この子に掛けられている洗脳を完全に解くには、今もずっと聞こえているこの歌を止めないといけない。解いたところですぐにまた掛かってしまうからね。なら、解いて掛かっての繰り返しになってしまうけどその都度解いてあげればいいわけだろ? そしたら正気に近い状態を維持できる。だから、数秒毎に発動する時を戻す魔法を何重にも掛けているのさ」
「なるほどの。つまりお前さん自身に掛けている魔法と同じことをしているわけじゃの?」
アルヴィスの返答に反応したのはアリスだった。
「まぁそういうことになるのかな。ただ僕と違って身体まで戻すわけじゃないから傷は治らないし、永続魔法でもない。数分間だけの一時的なものさ」
「不死身にはせぬのじゃな」
「……不死身の辛さはアリスが1番知っているはずだろ?」
「……そうじゃの……」
話しているうちに魔法を掛け終えたのか、再びルナを抱えると当然のようにアリスに渡したアルヴィス。
アリスは若干の嫌そうな表情を見せたが、これといって文句は言わずに受け抱えた。
もともとエレナを抱えていたアリスは、さすがに片手で1人ずつ持つのはキツいのか面倒になったのだろう。手ではなく影で2人とも持ち始めた。
アリシアがルナを引き受けようとアリスに声を掛けたが、「別によい」と断られシュンと落ち込む。
アルヴィスはその様子を見てこっそりと笑いつつ、〈次元の扉〉の出口を変更していた。
両開きの扉が閉まるように亀裂が塞がり、再び開くと先ほどと見えた風景が変わっている。
「いくよ。この先が目的地だ」
「この先に妹たちが……」
アリシアがぽつりとつぶやき、先行するアルヴィスの後をついていくのだった。