第107話 復活と決着
走り出したアルヴィスは、ぽそりと呟くように魔法を唱えた。
「魔法兵装――〈時纏い〉」
全身に〈時の迷宮〉と同じ効力を持つ魔法を纏うように発動させる。
その姿は、濃い紫色と白色が入り混じる淡い光に包まれ、不気味さと優しさを同時に表しているようで不思議な雰囲気だ。
続いてアルヴィスは、右手を横に薙ぐように振って魔力を拡散させていった。
「まずはこの場を掌握させてもらおうか」
「空間を自分の支配圏にする気か!? そう簡単にはやらせぬわ! ハッ――」
アリスは前方に右手を突きだし影を伸ばす。
「〈影時雨〉!」
伸ばした影が無数の針となり、走りながら魔力を放出するアルヴィス目掛けて飛んでいく。
だが――
「くッ……やはり効かぬか」
アルヴィスの身体――正確には纏う魔力だ――に触れた瞬間、針はただの影へと戻り発動前の状態へと形を変えた。
「よし、この場は既に僕の領域となった」
(念のために、さらに範囲を広げていくか)
現在いる部屋を自身の魔力で満たしたアルヴィスは、さらに4つの通路へ魔力を流していく。
「アリス、もう今のお前では何も出来ない。大人しく殺られろ」
「カッ! この儂がはいわかりましたとでも言うと思うておるのか?」
あと少しで接触するという距離で止まったアルヴィス同様、アリスも走るのを止め応えた。
アリスの表情は険しいものへとなっていた。
一方で、アルヴィスはとても涼しそうに余裕すら感じさせる。
両者の表情は、数分前のお互いの表情と入れ替わっていた。
「アリス、もう一度言う。大人しく――」
「〈水神〉!!」
両手を突き出し、アルヴィスの台詞を遮るように魔法を発動させるアリス。その魔法は、水で作られた巨大な蛇を模していた。先ほどエレナから吸い取った魔力で発動させたのだ。
「無意味なことを……」
アルヴィスは下らないようなものを見る目付きで右手を〈水神〉へ向けると、指を1度鳴らす。
パチンと響く音と同時に、アリスの放った渾身の魔法は儚くも霧散する。
「カカッ、かかったの?」
ニヤリと口の端を上げるアリス。
「ほう、これは――」
消えた〈水神〉の中から、〈影時雨〉と〈影村雨〉が突如として襲い飛んできた。
〈水神〉の中に予め影魔法を仕込ませていたのだ。つまり〈水神〉が消されてしまうのは計算通りで、アリスのメイン攻撃はこれなのだ。
潜んでいた影に少々の驚きの色を見せたアルヴィスだったが、とくに何もすることはなかった。
それもそうだろう。
何もせずとも、魔法を纏うアルヴィスの身体に触れた瞬間に消えてしまうのだ。
〈水神〉をわざわざ消したのは、単に濡れることを嫌っただけだろう。
「これでどうじゃ!」
「――!?」
無数かと思えるほどの影魔法がアルヴィスの身体に刺さり触れている最中、影に潜り背後にこっそりと移動していたアリス。影から上半身を現し、影の中にしまっていたアルヴィスの剣を振るって斬りかかっていた。
正面の影魔法が目隠しとなり、そして音もない移動による死角からの斬撃。魔法と違い物理攻撃は一瞬では消せないアルヴィスは、虚をつかれて少し焦ったのか目を見開いていた。
けれどそれも一瞬のことで、アリスが上半身を現したことで掌握した空間の認識能力に引っ掛かり対応する。
アルヴィスが指を鳴らすと、身体に触れる寸前だった剣が急停止した。
停止したのは剣だけで、柄を両手で握るアリスの動作が急に止まることはなく半身が捩れる。
捩れて「ぐぬ……っ」という小さな悲鳴を出しつつ素早く剣を離すと、アリスは再び影の中へと潜り距離を空けて姿を現した。
「相変わらずの判断力じゃな。魔力で抵抗出来る儂ではなく、魔力のない剣が抗えるはずもないからのう。瞬時に停止させるとは思わなかったぞ」
「アリスは姿だけじゃなく、魔力も何もかも比べ物にならないほど変わったな。とても残念だ」
「ぐぬっ……この姿には理由があるのじゃ!」
今さら容姿にふれられ、恥ずかしくなったのか慌てるアリス。その表情は恐らく頬を朱に染めていることだろう。影になっていて見ることはできないが。
「理由ね……アリスのことだからどうせまた僕絡みでのことなんだろう?」
「……現世のお前さんに慣れてしまったせいか、今のお前さんは苦手じゃ。見透かされているようで落ち着かぬわ」
「そう悲しいことを言わないでくれよ。そんなことより、そろそろアリスの姿を久しぶりに見せてくれないか?」
「…………」
アルヴィスの言葉にアリスは無言で魔法を解くと、影化した漆黒の姿から幼女へと戻る。
「久しぶりだね、アリス」
「……じゃの」
恥ずかしいのか、そっぽを向いているアリス。恋する乙女のようだ。
「アリス、ところでその姿のことなんだけど――」
「なっ!? さっきも言うたじゃろうが! これには理由があると!」
「ああ、わかってるよ。理由もね。現世の僕の記憶を辿ったよ。――僕が元の姿に戻してあげよう」
「出来るのか!?」
「今の僕なら、ね。戻った方がアリスも本気を出せるだろ? 僕はどうせなら全力の君と戦いたいからね」
「儂を強くして後悔するでないぞ?」
「ははっ、そんなことはしないよ。ほら、こっちへおいで」
手招きするアルヴィス。
アリスは嬉し恥ずかしそうに少し照れながらも、一歩ずつ近づいてくる。戦闘中とはいえ、やはり半世紀振りの再会は嬉しいようだ。
洗脳中とはいえ、強くなれるという理由で自由に行動できたアリスはアルヴィスのもとへと辿り着くと、頬を朱に染めつつ見上げるように顔を向ける。
身長差があるため、どうしても上目遣いのようになってしまうわけだが、頬も赤いので狙ってそうしているようにも見えてしまう。
けれどアルヴィスはそんなアリスの表情を特に気にした様子もなく、眼前の頭へ片手を乗せる。
「解くぞ?」
「うぬ、頼んだ」
コクりと小さく頷くアリス。
上下した小さな頭を見たアルヴィスも同様に1度首を振ると、集中した面持ちで魔力を放出しだす。
淡い白色の光に包まれたアリスは、しばらくするとみるみるとその姿を本来のものへと戻していく。
「お……おお……っ!」
アリスは自身の姿を見つめながら、嬉さ半分驚き半分といった感じで歓喜にも似た声を漏らした。
程なくすると、掛けられていた呪いのような魔法が完全に解け、アリスは本来の姿を取り戻した。
その姿は、実年齢が100歳を軽く超えているというのにどう見ても20代そこそこにしか見えない。以前にも姿を見せた大人バージョンのグラマースタイルだ。
超速自己再生をするアリスの細胞は、肉体を最良の状態に維持するようだ。つまりアリスは、呪いなどなくとも不老に近い存在だったというわけだ。
「お、おォー……ッ! 久方ぶりの儂の姿じゃ! 魔力もみなぎるようじゃぞ!」
アリスは全身を見渡すように右へ左へと頭を振り、半身を捩るようにして背を見もしていた。
「そうかい、それはよかった。――それじゃあ、続きといくかい?」
「それもよいが、姿を取り戻したことで耐性も上がったのか儂の洗脳が解けておる。わざわざ同士討ちをする必要がなくなったわけじゃ。それでも殺るというのなら儂は構わぬが、あやつの件はどうするのじゃ?」
アリスは、アルヴィスの後方に立つアリシアを顎で指した。
「……それもそうだね。なら、これはおあずけってことでまたの機会に取っておくとしようか」
チラとアリシアのことを見たアルヴィスは、少し残念そうな表情で応えた。
「そうじゃの。ならさっさと目的地へと向かうとするかのう」
「その必要はないかな」
「なんじゃと……?」
「もうこの施設の掌握が済んだからね。ここからでも魔法を発動できるよ」
「カカッ、さすがは我が主人さまじゃ!」
アリスは胸を揺らしつつ誇らしげに笑った。
「アリスは向こうで倒れているエレナを運んできてくれ。――アリシアもこっちへおいで!」
アルヴィスの指示に「うむ」と頷いたアリスがエレナの方へと歩いていくと、避難中のアリシアも叫び呼んで自身のもとへと来させる。
「じゃあ、そろそろ解決しに行くとしようか」