第106話 アルヴィスとの再会
アルヴィスは視線だけをアリシアに向けたまま、確認のために会話を続ける。
「アリシア、お前の魔法でアリスの洗脳を上書き出来るか?」
ほとんど叫んでいるような会話のため、今は敵であるアリスにも内容が丸聞こえだがアルヴィスは気にしていないようだ。
そんな様子を見たアリシアは、一瞬叫んで返していいものなのかと悩むがアルヴィス同様に声を張った。
「試したことがないからわからないけど、たぶん無理! 私の魔法より圧倒的に強力な魔法を掛けられてるもの!」
「そうか! それを聞いて安心したぜ! ……これ以上アリスを強くしてられねェからな」
視線を正面に戻しながらつぶやくアルヴィス。
しかし、つぶやく声の覇気の無さとは裏腹に、アルヴィスの瞳には勝利を確信しているような輝きが宿っていた。
「アリシア! 俺に出来るだけ強力な洗脳を掛けてくれ! 闘争本能を掻き立たせるようなそんなやつ!」
「ちょっと待って! 君には魔法が効かないはずでしょ!?」
「それはなんとかするから、アリシアは準備が出来たら呼んでくれ!」
「わ、わかったわ!」
魔力を練り、祈るように両手を合わせて歌う姿勢を取るアリシア。
背中から歌声が聞こえ始めたことでアリシアが魔法発動準備に入ったことを確認したアルヴィスは、アリスがいつ仕掛けてくるのかと視線を正面に向けたまま後退する。
その間、自分に自動発動で掛けられている時間巻き戻しの魔法を解こうと試みる。
(自分で掛けた魔法くらい、自力で解けなきゃおかしいよな……!)
だが色々試しても解くことが出来ない。それほどに、昔のアルヴィスが掛けた魔法は複雑で精密な掛けられ方をしているのだ。
(チッ……。解けないならこれでどうよ――)
アルヴィスは自身の脳に発動条件を設定した遅延式の加速魔法を掛けた。
もちろん発動条件とは異常が生じた時だ。
アルヴィスはこの魔法により、魔法の中和をはかったのだ。
(これでなんとかなるだろ)
「こっちは準備いいぞ! まだかアリシア!?」
すぐ後ろにアリシアがいる距離まで後退したアルヴィスは、顔だけを少し振り向かせ様子を見る。
「……いくわ――」
歌の途中、アリシアがアルヴィスへの返事で一言だけ発すると、それが合図のように今まで練っていた魔力を歌に乗せて一層力強い歌声で歌い続けた。
「うぉっ……なんか変な感覚だぜ……」
アルヴィスは酔ったような感覚に頭を抱えて一瞬ふらついた。
だが感覚に抗わず、受け入れるように歌を聴いてみるとだんだんと心地好く思えてくる。
腹の下の奥にズシンと響くように力強く、けれどいつまでも聴いていたくなるような繊細な歌い方をするアリシア。
そんな歌をしばらく聴き続けていると、アルヴィスは自身に起きているある異変に気がついた。
(なんだ、これ……なんかこう、胸の真ん中の辺りが熱い……たぎってくる感じだ……)
アルヴィスは胸を押さえて見詰めた。
さらに少しすると、今度は感覚に変化が生じる。
くらくらと少しアルコールで酔って浮いているような変な感覚だ。意識はあるが制御がきかない。
すると、アルヴィスは急に頭を抱えて片膝をついた。
「――――えっ……!? ちょっと君、大丈夫なの!?」
魔法を掛け終えたのか歌を止めたアリシアが、気が付くと眼前で気分が悪そうにしゃがんでいるアルヴィスのもとへ駆け寄る。
「うぅ……っ……」
身体を揺するが、微かに呻き声を上げるだけだ。
自身の魔法が失敗して中途半端に掛かったことでこんな状態にしてしまったのではないかと心配しだすアリシア。
けれど、そんな心配はすぐに必要がなくなった。
アルヴィスが、その場に何事もなかったかのようにスッと立ち上がったからだ。そしてその表情は無表情に思えるほど平常時のもので、先ほどまで苦しんでいたのが嘘のようだ。
「大丈夫なの……?」
再び声を掛けるアリシア。
「……? ああ、大丈夫だ。あんたは敵じゃないのなら少し離れておくといい」
アリシアの顔を見ると、不思議そうに軽く首を傾げてから応えたアルヴィス。どこか雰囲気がいつもと違うようだ。
アリシアは今のアルヴィスの雰囲気が今までとどこか違い、それがなんだか怖く感じて後退るように距離を取った。
「――――……まさか、アリスか? アリスなんだね?」
異様な雰囲気のアルヴィスが正面で構えているアリスに反応した。
その声音は、昔馴染みと再会したときの少し信じられない様な、けれど同時に嬉しさを感じているようなものだった。
「……ッ!? ま、まさかっ……お前さんなのか、ラザフォード!?」
「ああ、アルヴィス・ラザフォードだ。けどなんだい、その幻でも見るような顔は。それに、僕をラザフォードとなんて呼んでいなかったじゃないか。随分とアリスは変わったようだね」
「変わったのはお互い様じゃ。……じゃが、儂はお前さんが戻ってくれて嬉しいぞ……」
「戻る? ああ、このことか。どうやら僕に掛けられている魔法によって、一時的に眠っていた僕が起こされたようだね。つまり、きっとすぐにお別れさ」
「……そうか。で、お前さんはどうするのじゃ?」
「んー、そうだね、折角こうして出てきたんだし、状況も理解している。――やるかい?」
「ッ!?」
アルヴィスが一瞬放った殺気に、アリスは気圧されていた。今の一瞬で思い出したのだ。当時、アルヴィスに殺されかけたことを。
(まったく、本当に恐ろしいやつじゃの。魔力量が増えたわけでもないのに、人格が変わっただけでこうも変わるものかの。……いや待つのじゃ!? それってつまり、今までの主人さまも当時と変わらぬ魔力量をすでに有していたということか!?)
「ほんと……寒気がする話じゃの」
アリスは背中をゾクゾクと走る戦慄が、懐かしくて妙に愛しく感じてしまう。
(久しぶりの感覚じゃの……。死を想像させられるというのは)
アリスはペロリと舌舐めずりをすると、魔力を一気に膨れ上がらせ始めた。
「アリスと殺り合うのは久しいな。君相手に手加減はしていられないし、少し本気を出させてもらうよ?」
人格が昔に戻っているアルヴィスも、アリス同様に膨大な魔力を放出して纏い始める。
「いくよ」「いくぞ」
アルヴィスとアリスがほとんど同時に叫ぶと、一斉に走り出した。