第105話 アルヴィスの作戦
作戦の整理を終えたアルヴィスは、制服左内ポケットから5枚の呪符を取り出した。
飛鳥の呪符だ。
だがこれは飛鳥のものであって飛鳥のものではない。飛鳥がアルヴィスの血を使って書いてくれた、彼専用の呪符だった。
「ほう、なにかやるようじゃの?」
「ああ、まあな。頼むからそこで大人しくしてろよ?」
「それは出来ぬのう、カカッ」
アリスはアルヴィスが何をするのかと楽しそうに笑う。だがアルヴィスの表情は真剣そのものだ。
アルヴィスは再度加速魔法をかけると、4枚の呪符でアリスを囲むように四ヶ所の床に貼りつける。
その間もアリスが影で攻撃を仕掛けてくるが、もともと呪符を貼るだけで接近するつもりがなかったアルヴィスには、かわすことくらい造作もなかった。
親指の先を噛んで血をぷくりと出すと、手元に残した1枚の呪符に書かれている文字の上から縦に線を引く。
するとそれが発動の合図だったように、5枚すべての呪符が淡く輝きだした。
「〈時の迷宮〉!」
アルヴィスが煙状の〈時の迷宮〉を手元の呪符に当てると、まるでそれが入り口となり、四ヶ所の呪符それぞれが出口のように煙が流れ出てきた。
時空間移動魔法の一種を簡易的に呪符の力で行っているのだ。
「これは……?」
不思議そうな顔をするアリス。
腕に纏わない煙状の初期バージョン〈時の迷宮〉を見るのは初めてなのだ。
「1つ忠告してやる。それに触れると腐って死ぬぜ?」
アルヴィスが呪符を片手に言う。
「ほう。なら、触れなければよいだけじゃろ?」
口許をニヤリと吊り上げると、アリスは自身の影の中へと身を沈めていった。
濛濛とする〈時の迷宮〉から逃れるように、アリスの潜った影がズズズーと滑るように移動しだす。
「なっ!? その手があったか!?」
アルヴィスはアリスの攻略法に口をあんぐりとさせ、だがなおも魔法を発動させ続ける。アリスを影から出さないためだ。
アリスの移動する影を追うように煙を流していたアルヴィスだったが、影の移動先に気づき魔法を急遽解いた。
(まさか……アリスのやつ……)
再び影の中から姿を現したアリスの横には、片膝をついて体力回復中のエレナの姿があった。
「おいおい、洗脳中とはいえ仲間を盾にするなんてずりぃぜ?」
「バカなことを言うでないわお前さんよ。儂はただこやつの隣に来ただけじゃ。お前さんが魔法を解こうが解くまいが、それはお前さんの自由じゃからのう。それを勝手に儂を悪者みたいに言うでないわ」
「うぐっ……それはそうだけどよ……」
「まあお前さんがどう思うのかは勝手じゃが、こやつを利用するという意味では正解じゃのう」
「……は?」
アリスはエレナの腕を掴むと、少々乱暴にその腕に噛みついた。
「エレナの魔力を吸って……!? っつーことは、水の魔法を使うつもりか……」
「ぷはっ――待たせたのう、お前さんよ。さて、後半戦といこうかの?」
エレナの腕から口を離したアリスが、滴る口許の血を拭いながら笑いかける。
エレナはギリギリまで魔力を吸い付くされ、その場に倒れ込んでしまっていた。
「後半戦? ハッ、終盤戦の間違いだろ?」
「なんじゃ、お前さんはもう終わらせたいのかのう? 儂はまだまだ楽しみたいのじゃがな」
「こっちはいつまでも相手してられねぇんだわ――アリシア、力を貸してくれ!」
「へ――っ!?」
アルヴィスが振り向き後方に避難しているアリシアに叫ぶと、突然呼ばれた彼女は驚きで間抜けな顔で反応した。
アルヴィスは悪巧みする子供のような笑顔で、アリシアに無言の反応を返した。