第103話 敵対者
研究所内部に侵入したアルヴィス達は、自分達の考えの甘さを痛感していた。
「うぉッ!? こっちもかよ!?」
通路の角を曲がると、眼前にキマイラが走り向かってきていた。先頭を走っていたアルヴィスが驚きの声をあげる。
現在アルヴィス達は、キマイラの群れから逃げ回っていた。
研究所内部に入るまでに設置されていたすべての監視カメラに映らないように、アリシアが先導して侵入したはずだったか、入ってみるとすでに数匹のキマイラが待ち構えていたのだ。
アリシアが知っている監視カメラ以外にも、見付け難いものがいくつも設置されていたのか、もっと早い段階からバレていたのか。何にせよ、研究所側のあまりにも迅速な侵入者撃退行動に、アルヴィス達は出鼻を挫かれていた。
侵入口で待ち構えていたキマイラはアリスが瞬殺したが、さすがに彼女の戦闘力を持ってしても、アリシアを護りながら狭い通路で挟み撃ちで攻められては存分に力を発揮することが出来なかった。
キマイラの石化魔法に命中してしまえば、アリスやルナでは治すことが出来ず、現在のアルヴィスでは直接触れながら魔法を発動させて数秒の時間を要してしまう。つまり、湧いて出てくるキマイラ達とはまともにやりあっていられずに、結果逃げの一手となっていた。
「なんか良い手はねェのかッ? このまま逃げ回ってても切りがねェぞ?」
アルヴィスが後ろを追ってくるように走っている3人に、顔だけ向けながら話し掛けた。
「ならばお前さんよ、儂をこやつの護衛の任から解くのじゃ。そしたらすぐにでも後ろのあやつらを殲滅してくるぞ?」
アリスが自分達よりもさらに後方を走るキマイラの群れをチラリと確認してから応えた。
「後ろにいるのだけで10匹くらいはいるぜ? 大丈夫なのか?」
「儂を誰だと思っておるのじゃ。安心せい、我が主人さまよ」
「……わかった。アリシアのことは任せろ。アリスは暴れてきてくれ!」
「カカッ、承った!」
アリスは笑いながら反転し、後方から追いかけてくるキマイラの群れへと向かっていった。
「ルナ! アリシア! 俺たちはこのまま進むぞ! アリシアは道案内頼む!」
「わかったわ!」
頷き応えるアリシア。
だが、ルナの返事は異なるものだった。
「ご主人! ニャアはにゃんだかあっちの方から臭ってくる人間の臭いが気ににゃるにゃ」
「あ? 臭い?」
アルヴィスもルナが見ている通路の先を見るが、何も異変は感じず、ましてや臭いなどはわかるはずもなかった。けれど、ルナの人間離れした嗅覚や聴覚で警備兵の動きに気づいたのだろう。
「そうにゃ。あっちからたくさんの人間共の臭いがするにゃ。だからニャアがちょっと行ってくるのにゃ」
「――――」
アルヴィスはルナの提案に数瞬の間考えた。ルナ1人で行かせて良いものなのかと。
けれどアルヴィスがルナの顔を確認するように見ると、「任せるにゃ」と再度言うので、仕方なく行かせてあげることにした。
「ルナ、無理だけはすんじゃねェぞ」
「ご主人はニャアを甘く見すぎにゃ。ニャアを誰だと思ってるにゃ」
「え……っ。……わからん、誰?」
「ニャアもわからにゃいにゃ!」
ルナは偉そうに大きな胸を張ってみせた。たったそれだけの動作でバウンドする物量を持つルナの胸に、アルヴィスは未だに見慣れていなかった。
アルヴィスは視線をルナの胸から意識的に逸らしつつ、「おいっ!」と軽くツッコミをいれた。
そして2人は無言で頷き合うと、十字路を2方向に別れて進んだ。
アリシアと2人きりになったアルヴィスだが、後方のアリスのおかげか先ほどから新手のキマイラが姿を現していない。これなら目的地まで行けると考え、キマイラのことを気にすることなくアリシアの誘導で進み続けた。
そうしてしばらく大した障害もなく進むと、少し広い空間に辿り着いた。3階分ほどある天井までの高さと、一辺20メートルくらいの正方形のそこは、戦闘訓練・実験を行うような場所だと感じた。
なぜなら――血生臭いのだ。
壁にこびりついているような悪臭に、アルヴィスだけではなくアリシアも苦いものを口にしているような顔をしていた。
そして、この空間で立ち止まったのには理由があった。感じたのだ。敵の気配を。それも、直感で。それほどの気配を感じていて、わざわざ狭い通路に行くのはありえない選択だったからだ。
アリシアを少し下がらせ、20メートル先にある通路から近づいてくる気配がその姿を現すのを待つアルヴィス。
「――…………はっ?」
アルヴィス達の前に現れたのは、
「……なんでここにいるんだよ、エレナ?」
外で暴れているはずのエレナだった。
「おい、エレナ! お前なんで俺に槍を向けてんだよ! ……まさか、やるつもりか?」
「…………」
「無視かよ……わけわかんねェ。なんだよあの殺気。それに明らかに雰囲気が違ェ。虚ろな顔してるが、殺る気だけはビシビシ伝わってくるぜ……」
アルヴィスは今にも襲い掛かってきそうなエレナを見ながら、ひとりぶつぶつと呟き状況把握してみるが、やはり襲われる理由まではわからなかった。
後ろを振り向きアリシアに問いかける。
「アリシア、エレナの様子がおかしい! あれは洗脳かなにかされてるのか?」
「そうかもしれない。けど今も魔法が聞こえてるわけじゃないし、御柱から発動させてるわけじゃないはずよ。彼女にかけられてる魔法さえなんとかできれば、正気に戻すことが出来るはずだわ」
アルヴィスは初めて聞いた御柱という単語が気になったが、今は聞き返すことはせずにエレナをなんとかすることだけに思考を専念させた。
(なんとかできれば、ねェ……。触れさえすれば解除を出来なくもねェが、上手く洗脳前の時間までしか巻き戻さない自信が無いんだよな……。戻しすぎて存在を消したらアウトだしな……)
「無力化してゆっくり魔法をかけれる時間を作るしかねェか……」
アルヴィスは覚悟を決め、槍で突撃してきたエレナとの戦闘を開始した。