第102話 懇願の理由
アルヴィス達は、アリシアと名乗る歌声の持ち主であった少女――道程で名前を聞いたのだ――の先導で、帝国領のとある山地へと辿り着いていた。
「あれがあんたが言ってた研究所か?」
「ええ、そうよ」
アルヴィスは隣で同じように草むらを使って身を潜めているアリシアに質問すると、数百メートル程先に見えている研究所を眺めながら応えた。
研究所はアルヴィスの予想よりもかなり広大な敷地を有していた。縦5メートルはあるコンクリート塀が敷地を囲み、建物自体も一部施設を抜かし全体的に5階はあるだろうか。優に100メートルは越えているタワーの様なものが気になるところだ。
――お願い!私たちを助けて!
アリシアの懇願によって、敵国である帝国領まで独断で来たアルヴィス達だが、彼女の話を詳しく聞くと、こちらにもメリットが、いや、自国の危機を未然に防げる可能性があるから承諾したのだ。
道程で詳細を聞くと、アリシアが脱走した研究所には自分と同じような能力を持つ少女が他にもいるらしく、彼女は他の少女よりも歳上で、なおかつ能力自体もオリジナルであるらしい。他の少女はアリシアの細胞をベースに作った所謂クローンで、産まれた時からコントロールされているため自我もほとんどなく、実験のための道具として扱われている。アリシアはそんな少女達のお姉さん的存在で、もう実験に苦しむ姿を見ていられなくなったある日――チャンスがやってきたという。
近くで大きな戦があり、そちらに警備や国自体の意識が向いていた隙に、アリシアは能力を使ってなんとか脱走に成功した。
その戦争というのが、アルヴィスも参戦した【七つの大罪】との戦だ。
そしてアリシアの能力、いや魔法とは、声の周波や音波といったもので脳に影響を与えるものだ。簡単にいうと洗脳魔法の一種である。
この能力を使い、研究所では新しい魔法の開発実験を行っていた。それも、帝国のお偉い方には秘密裏だという。
周波や音波といった音自体は機械でいくらでも作れるが、無生物には魔力が宿らないため、たとえ洗脳に成功しても魔力がないものでは音を聞かせ続ける必要があるそうだ。そこで音を操るアリシアの存在である。だが1人では同時に出せる音の種類や音程に限界があるので、複数人のアリシアと同じ能力者が必要になった。もともと生物実験が進んでいる帝国は、簡単にクローンを作り出すことまでは成功した。あとは魔力量と、洗脳能力を自在に操るための制御システム、そして音の増幅と発生装置が必要なだけとなっていた。
すでに魔法発動に必要なものはほとんどが揃っている。現状でもある程度の範囲で、尚且つ少ない命令パターンであれば魔法使用が可能だ。これを完璧にするのが、脱走中のアリシアの存在というわけだ。
アリシアが揃えば魔法発動準備が整う。このことを考えれば、本当は助けにいかずに今ここでアリシアを始末したほうが良いのだろう。だが、すでにアリシアの遺伝子情報を持っている研究所がある限り、いくらでもクローンが作られてしまう。そして現在の7人のクローンも、あと数年成長すればアリシアの代わりが勤まるほどの能力にまで成長するという予測がたっている。
ならば、未来の脅威となる存在を早いうちに排除してしまおうと、アルヴィスは懇願するアリシアの話を聞いて思ったのだ。そして遥々敵国の領地にまで足を運んだというわけだ。
「で、俺たちはこれからどうしたらいいんだ? なにか策はあんのか?」
草むらでしゃがみながらアリシアに聞くアルヴィス。
「最優先は私の妹達を助けてほしい。策はそうね、そこの強そうな彼女にひと暴れしてもらって注意を引いてもらうのはどう?」
アリシアはエレナを見ながら応えた。
私がか? という顔で首を傾げるエレナ。
「まあエレナなら問題ないか。ところで最優先ってのはどういうことだ? 他にもなにかあんのか?」
「第2第3の私たちを作らないために、私のデータを削除、または破壊してほしいの。それと、見えるかしら? あの高いタワー」
アリシアの視線につられ同じく視線を移動させる一同。
「あれは私たちの魔法を制御と増幅させて発生させる巨大装置なの。あれを壊してほしいわ」
「ならここから儂が破壊してやるとするかの」
「それは止めて!」
「なんでじゃ?」
せっかくのやる気を削がれたアリスは、少々ムスッとした表情で聞いた。
「あのタワーの下には妹達がいるの。それにあのタワーは制御も行っているから、いきなり破壊なんかしたら自我が完全に壊れるかもしれないし、なにより妹達が怪我するかもしれないじゃない」
「ムっ……ではそやつらの救出後にタワーの破壊とデータの消滅が、今回の目的というわけじゃな?」
「よろしくね」
アリスの言う順番を肯定するように礼を言うと、アリシアは警備兵の位置と数を調べだした。
研究所敷地外を巡回する警備兵と、等間隔で設置されている監視カメラ。カメラの位置は丸見えの物と上手く隠している物とがあり、隠されている物はアリシアが場所を知っていたから見つけることが出来た。
広い範囲で警備と監視をしている研究所。敷地内の警備はより厳重で危険だろうと判断したアルヴィスは、アリスにアリシアの護衛を任せた。少し嫌そうな顔をされたが気にしないことにする。
エレナは騒ぎを起こしてもらうためにここで別行動となった。残った一同は警備兵とカメラの隙を窺って徐々に距離をつめていきつつ、エレナの騒ぎを待つ。
そして――数分後、遠方から爆発音が聞こえたと同時に警報が鳴り響き、爆発発生源の方に向かっていくほとんどの警備兵。当然アルヴィス達が隠れている付近を巡回していた兵も走り去っていった。
警備兵がいなくなったことを草むらから確認したアルヴィスは、その場に立つと身体をほぐすように軽く伸びた。
「んじゃ、助けにいくとしますか!」
「カカッ、少し楽しみじゃのう」
「ニャアも久々に身体を動かしたいにゃ」
「おいおい、運動しにいくんじゃねェぞ」
ルナに軽くツッコムと、アルヴィス達は研究所内に潜入するため走り出した。