第101話 少女の懇願
――お願い! 私たちを助けて!
アルヴィス、アリス、ルナ、エレナは現在、1人の少女と共に帝国領へと足を踏み入れていた。
――数日前。
最近のアルヴィスは戦が起こる度に戦場へと赴き、その戦の将を勤める者の指揮を観察することを日課のようにしていた。
実は国境周辺では、小さな戦なら頻繁に起きているのだ。戦争自体は良いことでは決してないが、指揮力を上げたいアルヴィスにとっては有り難いことだった。
今回もその観察のため、サーヴァントであるアリスとルナとエレナを連れていた。そしてその帰り道のことだ。アルヴィス達は、ラザフォード王国内だというのに帝国兵らしき服装の集団が一台の馬車とともに山道を進んでいる姿を発見した。
だがその様子が少しおかしい。
馬車を囲むようにして進むその姿は、まるで人拐いの様に見える。
アルヴィスはその様子から、戦に巻き込まれた国民が捕虜として捕まったのではと思い、帝国兵から馬車を護ろうと判断した。そもそも自国の領地に他国の兵士がいること自体が問題なのだ。殺めても何も問題はない。
アルヴィスはアリス達3人にも指示を出し、崖下数十メートルの離れた山道を進む帝国兵団に奇襲を仕掛けた。
十数人いた帝国兵だったが、奇襲による攻撃と、何よりアルヴィス達の圧倒的戦力の前では瞬殺に終わった。
そして、アルヴィス達がよく使う荷台を引く屋根無しの馬車とは違い、貴族達も使う少し豪華な馬車の扉を開くと――
「えりゃーッ!」
「うぉッと――!?」
馬車の中から短刀を握りしめた少女が、扉を開いた瞬間にアルヴィス目掛けて突き刺しかかってきた。
アルヴィスは咄嗟にかわすと、少女の手首を掴み上げた。そして握る手に力を込めると、襲いかかってきた少女は「イタタッ」と握る短刀を地面に落とした。
痛がり眼を閉じる少女の顔に、アルヴィスは見覚えがある気がし、まじまじと見詰めた。その行為のせいで、背後の女性陣から向けられる視線が刺さり、背中がチクチクと痛むが無視をする。
少しして、恐る恐る片眼を開ける少女――
「あっ――」「えっ――」
眼が合ったアルヴィスと少女は、ほとんど同時に声を発していた。
お互い見覚えのある相手で驚いているようだ。
「あんたはあのときの……」
「帝国兵……じゃ、ない? それに君は、それと後ろの人たちも――」
少女はアルヴィスの背後にいるアリス達の姿を見て、記憶が完全に一致したようだ。
「君、あの時丘にいた人だよね?」
「ああ。あんたはもしかして、あの時歌ってたやつか?」
「そう。覚えててくれたんだね。と、それより、そろそろ離してもらってもいいかな? 痛いんだけど」
「おっと、わりぃわりぃ」
慌てて少女の華奢な手首から手を離すアルヴィス。
「ありがとう。それよりあなた達、特に君! あの時、全然私の歌が効いてなかったよね?」
「あ? ああ、そもそも魔法だったことすらアリスが教えてくれなきゃ気付かなかったけどな」
アルヴィスは視線で背後のアリスを指しながら話した。
「というか、距離が遠くて効かなかっただけなんじゃないのか?」
「効果が弱まるだけで、人間にならちゃんと効くわ」
「人間になら?」
「知能が劣る獣やそういった類いには効きにくいの」
「……あー、なるほど」
アルヴィスは、ルナに可哀想な人を見る眼を向けながら頷き納得した。
なんのことかよくわかっていない様子のルナは、可愛らしく小首を傾げながら「にゃ?」と見返してくる。それがより可哀想と思わさせ、アルヴィスは思わず口許を手で覆って涙した。
ルナのように半獣は知力が人間より劣るが、なかでもルナは少し可哀想な部類である。エレナは人造生物ということもあり、脳の作りがそもそも違う。よって洗脳系の魔法が効きにくいのだろう。ルナの魅了のように、洗脳と幻惑が合わされたような上位の魔法であれば効くだろうが。
アリスは改造人間であり、もともとが人間なので効果があったのだ。それに距離が遠かったとはいえ、魔力に敏感なアリスは戦場の兵たちと同等の効力で影響を受けていたが、それに抗ってみせたアリスはさすがと言うべきだろう。
「勘違いしないでね? もっと近ければ獣にだって効果あるんだから」
「そうなのか? ――よかったなルナ!」
アルヴィスは少女の言葉を聞くと、少し嬉しそうにルナへ顔を向けた。
「にゃにゃ? にゃにがだにゃ? ご主人?」
「ルナも人並みだってことだ!」
「うーん……よくわからにゃいが、すごくご主人は失礼な気がするにゃ」
「はは……」
アルヴィスは自身の失言を苦笑で誤魔化した。
「そういえば、お礼がまだだったね。助けてくれてありがとう」
「気にしないでくれ。俺たちが勝手にやっただけだ。それより1人で戻れるか? 捕虜で捕まってたんだろ?」
「…………」
「どうした?」
アルヴィスの言葉に、表情を沈める少女。
その表情から、アルヴィスはこの少女の街や村が戦被害のせいで壊滅したのではと考えた。
(俺と同じく孤児にでもなったか?)
アルヴィスは自身と少女を重ね、可哀想に思うとある提案をした。
「なぁ、もし帰る場所がないのなら、俺の知り合いに家族のいないやつの面倒を見てくれる人がいるんだ。よかったら一緒にいくか?」
アルヴィスが言う人物とは、自身が暮らし育った孤児院で子供たちの世話をしてくれているシスターのことだ。
だが、アルヴィスの提案の返事としては予想外な言葉が、何か決意したような表情で顔を上げた少女の口から発せられた。
「お願い! 私たちを助けて!」