黒い私と軍曹
少女のつややかな黒髪がなびく。
(逃げなきゃ!逃げなきゃ!)
彼女は弱かった。
人間には忌み嫌われ、恐れられている。
しかし彼女の方が彼らをより恐れていた。
父さんも母さんも兄弟たちも餌の匂いのする方へ行き、帰ってこなかった。それは多分人間の罠のせいだ。
安全だと思っていたここにまで罠が仕掛けられているなんて。
少女は走った。無我夢中で走った
そして
ーばふっ!
何かにぶつかると小さく悲鳴をあげた。
「見つけた…」
上から声がして見上げると軍帽の奥目を光らせる一人の青年がいた。
顔は見えないが背は少女の2倍はありそうで、それは少女を恐怖で動けなくさせるには十分だった。
以前聞いたことがある。私たちの天敵にアシダカグモとかいう奴らがいると…
彼らは軍曹とも呼ばれていて、軍服に身を包み、私たちを貪り喰うらしい…
軍服、軍帽、彼がアシダカグモだろう。
と言うことは私はここで死んでしまうのか…死んで家族の元へ行けるのか…
そう考えれば何でもよくなってしまいそうだった。罠に捕まってしまうより食べられた方がましだ。そうすら考えた。
「んっ…」
彼の手が首筋に触れ、顔が近づいてくる。
これで私も家族の元に…
「うぁっ」
首筋に牙が立てられ、体の感覚が無くなっていく。
「悪い…少しの間動けないと思う」
そう言って私を壁にもたれ掛けさせると自身も隣に座る。
「抵抗しなかったのなんで?死にたかったの?」
視線が痛い、今にも殺されそうだ
「実は…」
私は家族の事からさっきの事まで洗いざらい話した。でなければ殺されそうだった
「僕は殺さない」
呟いた言葉に驚いて顔を上げると、彼はクスッと笑い、続けた
「僕は性格がよくない…
食べるなら抵抗されていた方がいい。」
抵抗する獲物しか食べないだなんて残酷だ。
しかしそれと同時に違う思様にも感じた
「やさしいんですね」
彼は驚きに目を丸くすると、すぐにそっぽを向き
この状況下でそんな事を言えるなんて、君は狂ってる
とつぶやいた。
さっき家族を襲われ、殺した奴の仲間をそう思うなんて、確かに狂っているかもしれない。でも
「逃げない獲物を捕食しない貴方のも狂ってますね。きっと」
そうかもしれないと彼が笑う
そうですよと私が笑う