クロスワード
「記憶喪失っていってもさぁ、ショックで記憶をしまいこんじゃったって話なのよ。思い出す作業もクロスワードみたいなものでさ、一つ一つ丁寧に埋めていけば埋まってない記憶も自然に思い出せるんだよ」
まあ最初に思い出したのが別れた女のことだっていうのは災難だけどねと言うと、掛かり付けの医者は特に異常なしと言って黄ばんだ歯を見せた。
看護師が今日の分のリハビリはしなくてもいいというので病室のベッドに潜り込み、テレビをつける。
野球中継には興味がないのですぐに消した。
いつもならこのくらいの時間にはリハビリをしているが、いざやらなくていいとなると何をしていいのかわからなかった。
先程運ばれたご飯を口にしてみるが二三杯であきてしまう。
とにかく無気力だ。
ベッドの上で何度も何度も寝返りをうっているがちょうどいい位置も見つからない。そうこうしているうちに看護師が部屋に来る。
彼女のことを思い出したフラッシュバックからか、看護師のまとめられた黒髪が妙に艶やかにみえ、何度か手を伸ばしかけたがやめた。代わりに康隆はその看護師に両親のことを好きかどうか聞いていた。そして、迷いなく好きだと言える彼は羨ましくもあったが妙に微笑ましかった。
看護師が出ていったのを確認すると、康隆は家族のことをおもいだそうとしてみる。
けれどもこれといって思い出すことはできなかった。
彼女と両親の枠は離れていたらしい。