おやすみ
「先生、足の感覚が無いんです」
先生はだろうねと言って康隆が眠っている間に撮ったというCTの画像を出した。「ここなんだかわかるかい?」
「腰・・・?」
「そう、腰だ。背中側のね。そしてここを見て欲しいんだが」
黒い影がいくつも重なっている部分を指さす。「これは神経だ」
「神経はここに集中しているんですか?」
「馬鹿いうな、集中しすぎなんだよ君の場合。要するに神経が体の中でごちゃごになっちゃってるんだな。君電車にひかれてきたんだろ?それなのに生きているってことはもうものすごい奇跡なんだが流石に無事ってわけには行かなかったんだ」
「そんな・・・・・・じゃあ手術してください」
「流石に手術でどうこうできるレベルを超えてるよ。切り離したほうがはやい。だいたい君金ないだろ」
「つまり、治せないんですか」
「そうなるね」
わかりましたと言って布団に潜ると先生が帰り支度をする音が聞こえた。
「二度も同じ事故で担当することになったよしみだ、最後まで面倒見ますよ」
それではというと先生が病室のドアを開ける音がする。
一人しかいないことを実感するとなんだが悲しくなってきた。
恋人に裏切られ、家族に裏切られ、職場に裏切られ、自分の体にすら裏切られたような気がしてならず、テレビを見てもそのことばかり考えてしまうので、部屋の電気を消し、夕飯も食べずに康隆は眠った。
真夜中に目を覚ましてしまい、嫌なことを思い出して泣き、泣きつかれてまた眠って、それを三回繰り返す頃には朝ごはんが運ばれていた。
箸を握ったが米を掴む気にはなれず、箸を置いてほうけていると看護師が部屋に入ってきた。
「あ、康隆さんまた食べてない。ちゃんと食べなきゃいけませんよ」
冗談のような口調でそんなことをいいながら着々とご飯を片付けていく看護師に食えと言うなら片付けるなと半ば逆ギレ気味な事を思った。
看護師が部屋から出ると妙に落ち着いた。
「そう言えばトイレの行き方聞きそびれた」
そんなことばかりを考えていると回診の時間が来たらしく先生が入ってきた。
腕を圧迫して血圧を測り始める。「気分は悪そうだね」
「昨日はずっと泣いてましたよ」
「そっかそっか、まあ突然あんなこと聞かされたらショックだよね」
「先生・・・死んだ方がいいですか?」
そう言うとまるでスイッチを押したかのように目が熱くなってくる。
「金だって払えないし、今後働えるあてもないし、もう何も残ってない、全部なくしちゃったから・・・もう・・・・・・」
康隆は泣いた。
なんで自分にばかりこんな理不尽が続くんだと思うと、涙が止まらない。
溢れる涙を必死にふくいて、もう手にはふく場所が残っていなかったが、それでも必死にふく。
「康隆君、生きているのが辛いかい?」
頷く。
「苦しいから逃げ出したいかい?」
死んでしまいたい、早く。これ以上人に迷惑がかからないうちに。
頷いた。
「わかった、じゃあせめて楽に死ねるよう点滴に薬を入れとこう。明日にはもう康隆君は息を引き取ってる」
「すみません、殺人みたいなことさせて」
「気にするな、医者の仕事は人を助けることだ。それは必ずしも命を助けることとイコールではない。命を摘むことが人を助けることになる時もある」
そう言って血圧、体温、脈拍を測り終えて荷物をまとめ立ち上がった。「それじゃあ、お元気で」
一人になって落ち着くと、これから自分は死ぬんだと言う事を考えた。
大家さんに挨拶をしていない。隣の部屋の男を一発殴ればよかった。それよりも部長を殴りたかった。親は・・・流石に殴れない。
いろんなことを考えいたらいつの間にか夜になっていたが、どれもこれももうどうでも良かった。
夕飯が運ばれてくると、これが最後の晩餐かと思ったが、食欲は全く出なかった。
だんだんと眠くなって、意識が朦朧として来たので、先程運ばれてきた夕飯にも手をつけずに眠った。