第四章
第四章
『準決勝第二試合! 北の門からはアテナ流剣術道、ハザード=ディエンド選手、十八歳! その流派に冠する『アテナ』という名は、かつて大陸北部で名をとどろかせていた女流剣士の名前のことでしょう。その正当後継者を名乗るハザード選手、一回戦ではカゲン=朧選手を無傷で破っております! 対するは南の門! 竜巳流蹴道・不知火派のバラン=エスタ選手、三十歳だ! 多彩な脚技を披露し、一回戦では古流エスクアーク槍道のアゼリア選手を破っております』
両者、中央で挨拶をすませ、距離を取る。試合開始の号砲が鳴り――
ハザードは腰から両刃剣を抜いた。
「しいやぁっ!」
バランは相手に向かって駆け出すと高く跳躍し、空中で体を前方に一回転させた。
その勢いを乗せて、ハザードに踵落としを繰り出す。
「蹴道。足技主体の拳道か」
ハザードは剣を上空で横に倒し、がっしりと相手の蹴りを受け止めた。
刹那、剣戟音が鳴り響く。
どうやらバランの靴には刃状の金属が仕込まれていると悟ったハザードは、剣を振りぬいて相手を後方にうち飛ばし、再び正眼に構える。
バランは空中で体を後方に回転させながら綺麗に着地した。
この一瞬の交錯を受けてハザードは、笑った。
「決勝に上がるだけの実力はあるようだが、体術など所詮格下だ。剣術には勝てん」
「ぬかしたな」
バランはその緑色の短髪を振り乱し、胸が地につくほど前傾姿勢に、深く体を落とした。
「瞬歩法」
強靭な脚力で地を蹴ったバランは、弾丸が撃ちだされるがごとき速さでハザードに突貫した。空中で腰をひねり、体を横に回転させ、回転蹴りを放つ。
正確に敵の動きを見極めていたハザードは両刃剣でその攻撃を受け止めた。
バランはその剣を足掛かりにして上空に跳躍。再び空中で一回転して踵落としを繰り出す。
「ピエロが!」
ハザードは吐き捨てるように言うと、上空を薙ぎ払うように力任せに剣を振るった。バランの踵をはじき返し、あまつさえその体勢を大きく崩す。
とどめとばかりに剣を突き上げるハザード。
だが、その剣先はバランの肉体に届くことなく、空中で静止した。
剣刃のその両脇を、両の掌でしかとバランが押さえたのだ。
「白羽取りか……」
「脚技だけじゃあないんでね」
「ふん」
ハザードは鼻を鳴らすと、両手から剣を離した。
バランは着地するや剣を後方へ投げ捨て――
「いいやあっ!」
魂魄を込めた息を吐き、一気に前進した。前蹴りを繰り出して牽制する。
「いいだろう。付き合ってやる」
ハザードは半身になってそれをかわすと、お返しとばかりに一歩踏み込み、カウンター気味に蹴りを突き入れる。
剣を抜かずに体術を使ってくるとは予想していなかったようで、バランは不覚にも胸にその蹴りを受けてしまう。
「ぐっ」
「どうした、蹴道家。蹴られているぞ?」
『蹴った、蹴ったぞ! ハザード選手! さらに徒手空拳に構える! 剣を抜く気がないのか! これにはバラン選手、激昂している! またも飛び出した! 蹴る、蹴るぞ! 目まぐるしいバラン選手の連撃だ! だがハザード選手、これを全て受け止めている! バラン選手の銀の靴はどうやら鋼鉄製のようですが、これを全て肌の顕になっている腕で、脚で受け止めている! 靴底の刃がハザード選手に向けられる前に、その出足をくじくかのように全ての攻撃を弾いている!』
「くっ、ならば! くらえ! 飛龍蹴撃!」
バランは距離を置くと、再び強靭な脚力にまかせて地を蹴り、一気に飛びかかった。
空中で体を流線型に曲げ、右足の蹴りの一点に威力を集中させる。
だが、ハザードは既に技を見切っていた。
跳躍し、体を空中で百八十度入れ替え、天地逆の体勢を作る。
ハザードの頭下を過ぎ行くバランの、一瞬の交錯の隙をついて、貫手を喉に突き入れた。
剣のような鋭さを持ったそれはバランの意識を完全に断ち切り――
『た、倒れた! バラン選手が倒れた! 空中でバランスを崩し、球のように跳ね飛んで転がっていく! 私には見えました! 貫手、手刀です! 決着は剣ではなく手刀! 剣術家のハザード選手が体術家に対してこの決着! バラン選手、屈辱の一手であります!』
「剣技だけじゃあないんでね」
先刻放られた剣を拾いながら、ハザードは誰に聞こえるでもない声で、言った。