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コウガ列伝 ~闘技場の死闘~  作者: 霧生大王
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第三章

第三章


「ねえねえコウガ。この『アカシックメタル』ってなあに?」

 本闘技場の武道大会を告知する張り紙の、賞金百万ルナという記述を何度も見返してにやついていたフィオナは、今更ながらその副賞の存在に気が付いた。

「さあ……俺にもよくわからないけど。なんか稀少な金属が入った鉱石で、かなりの魔力が込められてるっていうのは聞いたぞ」

「ふうん……」

 返答に今一つ要領を得ないフィオナを見て、コウガは笑いながら付け加えた。

「ま、少なくとも食べ物じゃないな」

「そこまで意地汚くないわあ! でも、稀少な鉱石ってことは高く売れるよね? ね?」

「がめつい奴だな」

「賞金の百万ルナより高く売れたらどうしようかなぁ。困ったなあ」

 にへら、と顔を蕩けさせたフィオナは机の上に降り立つと、どこからか持ってきたサイバリース王国城下町の地図を広げた。

 何事かと覗き込んだコウガは、その地図内の数か所に赤い丸印がつけられているのに気付く。

「なんだこれ」

「グルメ地図! さっき町の中を飛んで色んな店を見てきたんだよーん」

「お前、美味そうな店をマーキングして来たのかよ……何やってんだよ……」

「どこから食べようかなぁ。いやあ、迷いますなあ」

「他の選手の試合をちゃんと見とけよ……妖精的観点から分析して俺に有益な情報をもたらしてくれよ……グルメ情報とか無駄もいいところだよ……」

「でも、祝勝パーティーやる場所決めとかないとあとで困るでしょ」

「敏腕幹事かよ……そんなことでよっしゃあやる気出てきたあ! ってならないよ……もっと俺の気持ちを盛り上げろよ……」

 がっくりと肩を落としてぶつくさ言うコウガをよそにフィオナは地図をなめまわすように見ては目を爛々と輝かせている。

「そろそろ試合の時間っぽいから行ってくるよ……行ってくるけど、なんだかなぁ」



『さあ、早くも準決勝第一試合! 北の門からはレオルガ流拳道、コウガ選手の入場だ! 一回戦でディアス流短銃道のディアボロ選手を圧倒的な実力で破っている! 対するは南の門! サイバリース王立魔道、免許皆伝の腕を持つファティナ=フェイタル選手の入場だ! 彼もまた一回戦で破鬼双剣道のゲオルグ選手に快勝しております!』

「魔道士との戦いか……」

 コウガは闘技場中央に歩を進めながら瞳に歓喜の色を浮かべた。

 年の頃は二十歳といったところか、左の目を大きな眼帯で覆い、ブロンドの長髪を携えた、女性と見まがうような線の細さを持った対戦相手。

 彼の前でコウガは軽く一礼すると、踵を返し所定の位置へ戻る。

(対魔法は実戦経験少ないんだよな。楽しみだ)

 試合開始の号砲が鳴り響いた。

 と同時に、大人の頭ほどもある火球がコウガめがけて飛来する。

「――っ!」

 咄嗟に側転し、コウガは直撃を免れる。火球はそのまま闘技場の壁にぶつかり、派手な爆発音を鳴らした後、小さな炎をくすぶらせた。

「不意打ちですか。試合開始前から呪文を詠唱してましたね」

「ルール違反ではないはずだが?」

 この一言が、コウガの鶏冠にきた。

 すぐさま呪文の詠唱に入るファティナ。コウガはそれを見るや、腰を深く落とし、呼吸のテンポを速めていく。

「ファイアーボール・スプレッド!」

 ファティナは再び火球を繰り出した。だが、今度は掌大の火球を、十個、二十個と連続で撃ちだしていく。

「レオルガ流拳道、秘奥義――藍の呼吸!」

 コウガの髪がふわりと浮き、微かな光芒が体から溢れていく。

 その時、すでに大量の火球はコウガの目前まで迫っていた。

 だが、その悉くがコウガに命中する前に、見えない壁にぶつかったように雲散霧消する。

『これはどうした! コウガ選手の目の前で魔法弾が消えました! 何かの力でかき消されたようにも見えますが……!』

「魔法障壁だと……!」

 ファティナは舌打ちした。

「特殊な呼吸で体内魔力を増幅させて、壁を作りました。生半可な魔法じゃあ破れませんよ」

『銃弾に続き、魔法も無力化してしまったコウガ選手! アンブレイカブル! インビンシブル! 彼に傷をつけることなどできるのでしょうか!』

「ならば上位魔法でお相手しよう」

 眼帯をした男は深く息を吸うと、呪文詠唱に入った。

「業火よ――全てを焼き尽くす地獄の炎よ。我の呼びかけに応じて今ここに顕現せよ。我にあだなす全ての愚かなる者に烈火の責苦を」

 ファティナの頭上に燃えさかる炎が現れる。それははじめに打ち出された火球よりも一回りも二回りも大きな紅い球体となり、その表面を何匹もの蛇が這うように黒い炎が渦巻いている。

 その巨大な火球から分離するように、高速で小さな火球が射出された。

 コウガは掌を突き出し、それを受け止める。魔法障壁が干渉し、火球を掻き消した。

「む……?」

 コウガの掌から黒煙が上がっている。完全に魔法を打ち消すことができなかったのか、表面の皮膚が少し焦げたようであった。

 ファティナは口の端を釣り上げた。

「威力を上げさせてもらう」

 巨大な火球から、今度は槍状の炎が撃ち出された。

 コウガは跳躍してそれをやり過ごす。だが――

『ファティナ選手、猛攻に出た! 連続で火矢を放つ! コウガ選手は防戦一方だ! 上手くかわしているがこれは厳しいか! 反撃に出られない! ファティナ選手の頭上に輝く太陽はまるで金甌無欠の牙城だ! コウガ選手が近づけばより激しく炎を撃ちだして全く敵を寄せ付けないっ!』

 炎の矢が撃ちだされる度にファティナの頭上の炎の塊は小さくなるが、彼は一定間隔でその巨大火球に魔力を補給し、炎塊を再び三度と巨大化させているため、一向に攻撃が休まる気配がない。

「なんて魔力だ……! 人間技じゃない」

 コウガは歯噛みした。

 魔導士というのは、その存在自体が珍しい。

 まず、魔力を潤沢に持って産まれてくる人間というのが圧倒的に少ないため、この時点で魔法を使える人間が限られてしまう。これまでの文明、歴史に魔法というものが大きく影響を与えてこなかった所以である。

 さらに、魔法を扱える魔力を有した人間であってもそれを日常的に、あるいは戦闘で有効的に使えるようになるまでには相当な習練が必要になる。当たり前のように魔法を繰り出す人間というのは、ほんの一握りの人間だけということだ。

「魔力切れを狙っているなら無駄なこと。そちらの体力の方が先に尽きるだろう」

「みたいだな」

 コウガは連続で後方転回を繰り返し、一定の距離を取った。

「先生に秘奥義はあまり見せるなって言われてるけど……」

 コウガは腰を深く落とし、呼吸を整えた。体の表面を覆っていた魔法障壁が消え、代わりに心臓の鼓動が徐々に速くなっていく。

「秘奥義――黄の呼吸!」

 瞬間、コウガの姿が闘技場内から消えた。

『な、なんだ! コウガ選手が突如として見えなくなった! どこにも姿がない! 今度は一体どんな手品を使ったのか! い、いや! 現れた! ファイティナ選手の真後ろだ! いつの間に背後に回ったのか全く見えませんでした!』

 そのアナウンスを聞いて慌てて振り向いたファティナは、驚きに目を見開いた。

 目の前に、少年が立っていた。

「くっ! ほ、炎よ――」

「遅い」

 コウガは相手の攻撃命令が下されるより早く、相手の頬を殴りぬいた。

 ファティナは派手に吹き飛び、跳ねるように地面に二度三度と背中を打ち付けた。彼の上空に掲げられていた炎の塊は操者を失い、爆縮して消えていく。

「脚力を高め、神速を得るための呼吸。常人にはまず捉えることはできない」

「ふ、ふふ……ガキが……!」

 大の字に寝ていたファティナは怒りを顕にしながら起き上がった。その顔からは眼帯がほどけて落ち――

 真っ赤な瞳が姿を現した。

「魔族の眼……?」

 深紅に染まる眼は魔族の証。だが、もう片方の右目は紛れもなく普通の、人間の眼だ。

「サラマンダーの眼球を移植した。強大な魔力を得るためにな」

 火竜――サラマンダー。炎を吐く巨大な竜の魔物。

「膨大な魔力の秘密はそれか……」

 コウガは得心したように頷いた。人並み外れた魔力。炎の魔法ばかりを使っていたのもサラマンダーの力だということだ。

『これは……! 魔族の体の一部を体に移植する人魔医術! しかし、人魔医術は禁忌の秘術です! 手術を受けた者はその魔力を得る代わりに様々な災厄が身に降りかかると言われています!』

「その通り。あなた、いずれその魔力に食われますよ」

「力を手に入れるためだ。後悔はしていない。それに、俺はこの力を御してみせる」

 その赤い瞳から、一直線に光が放たれた。

 不意を突かれたコウガは身をよじるが、かわしきれずに光線が肩を貫通する。

「ぐっ!」

 肩を熱線で焼かれ、コウガは苦悶の表情を浮かべた。

『決まったあ! この大会でコウガ選手に初の有効打だ! ファティナ選手の奥の手がコウガ選手を追い詰めたか!』

「とどめだ!」

 ファティナは目から光線を撃ち出す。コウガの心臓を狙った一撃――それは、しかしながら虚しく空を切った。コウガが再び脚力を生かして高速移動をしたのだ。

『コウガ選手! またも姿を消した! しかし、この会場内のどこかにいるはずです!』

「サラマンダーの眼は炎の力だけじゃない。的確に獲物を捉える力も持っているのさ」

 ファティナは紅い左目を凝らした。そして、高速で動くコウガの残像を視界の端に捉える。

「そこだ!」

 コウガの移動する先を読み、高速の熱線を放つ。

「くっ」

 コウガは上体を反らして何とかかわすも、体勢を崩して背面から地面に倒れそうになる。

 そこに第二射が発射され――

「せえいやっ!」

 両手を地面に付き、ブリッジの体勢から腕の力で空中に飛び上がるコウガ。熱線を上手くかわして地面に降り立つ。

『コウガ選手、いぶりだされたように現れた! ファティナ選手、これはしかと捉えている! 我々からは全く見えないコウガ選手の姿を! これはファティナ選手に分があるか!』

「そろそろ決着させようか」

 余裕を含んだファティナの言葉に、コウガは嬉しそうに答えた。

「では、そうしましょう」

 コウガはすぐさま片足を後ろに下げ、両腕を上げる構えを取った。だが、二人の距離は十歩以上も離れている。

『動くのをやめたコウガ選手、あの体勢は何だ! またも秘策が飛び出すか!』

「愚か者が……この距離では何もできまい」

 ファティナの左目が怪しく光る。その瞳から光が溢れ、光線が発射された。

「はああっ! 絶影脚!」

 体を地面に水平になるほどに反らしたコウガは、その反動を利用して峻烈な前蹴りを撃ち放った。コウガのすぐ上を光線が抜けていく。だが、コウガの狙いは回避ではなかった。

 その強烈な蹴りが音の壁を破る。爆発したような音が鳴り、同時にファティナが吹き飛んだ。

「ぐっ! ううおおっ!」

 空砲。コウガが撃ちだした空気の弾を腹部にもろに受け、ファティナは悶絶した。

「が、がはっ」

 息ができず、のたうち回るファティナ。その傍らに寄ったコウガは拳を高々と振り上げ、その顎の先を掠めるように打った。

 脳が揺らされ、ファティナの意識は暗転した。

『き……決まった! コウガ選手の一撃! 遠距離から前蹴り一閃! 何という決着! 銃の早打ちのように一瞬の出来事でした! 拳聖レオルガの弟子、決勝戦に進出だ!』


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