第二章
第二章
『さあ一回戦も第三試合! 北の門、月陽炎忍道、御役御免のカゲン=朧選手だ! 噂によれば超一流の殺し屋とのこと! その技が閃くか! 対するは南の門! アテナ流剣術道、正当後継者、ハザード=ディエンド選手! あの『五王剣』のハザードであります!』
背中に交差するように長大な斬馬刀と大鉈を架け、左腰に小太刀、ナイフを携え、右腰に両刃剣を差した男――ハザードは口をかたく引き結び、場内中央へと歩を進めた。
向こうからは口元を黒い布で覆った壮年の男性がこちらへ向かってくる。
中央で相対する二人。
ハザードは自分より背の高い相手をおもむろに見上げた。
互いの視線が交錯し――
『両者、一瞥をくれただけで無言のまま所定の位置へと戻っていった! いよいよ試合の開始です!』
開戦を告げる空砲が鳴り、ハザードは腰からすらりと両刃剣を抜いた。
(無駄な殺し合いだな……)
ハザードは嘆息しながら正眼に構えた。
魔族相手に戦うことに何の躊躇いがあろうか。人の領域を脅かす憎むべき外敵。奴等を血祭りにあげ、全て駆逐するためならば喜んで剣を振おう。
だが、人同士の殺し合いに何の意味がある? それも、こんな見世物のような形で。
(殺し合いをそんなに見たいかね)
熱気を帯びた観衆に視線を走らせる。どの客も公開の殺し合いに目を爛々と輝かせているように見えてしまう。事実、この決勝トーナメントの前に予選が行われたが、そこで既に死者十五名、重傷者百名以上を出している。にも関わらず、この観客達はそれに目を覆うどころかいっそう白熱した試合を求めているのだ。その倒錯した欲求がハザードを少なからず苛つかせていた。
だが、彼とてただ見世物になるためにこの大会に出たわけではない。
優勝者に与えられる賞金百万ルナ。その副賞――アカシックメタル。
その稀少鉱石こそハザードの目的のものであった。
「む……?」
にわかに対戦相手である朧が腰に手を回す。警戒を強めたハザードはぐっと腰を落とした。
刹那、朧は腰に携えた手を上方に振り上げる。風を切る音がハザードの鼓膜を揺らした。
「疾ぃっ!」
音に合わせてハザードが剣を振り下ろすと、金属がぶつかる音が響く。
見れば地面に菱形の金属が突き刺さっていた。
「ハザードとやら、よく見切ったな」
「シュリケンとかいう投擲武器か。忍道――確か東方の大陸に端を発する武道だったな」
「なかなか武術に明るいと見える。では、これは如何かな?」
朧が地面に掌台の黒い玉をいくつか叩きつけると、そこからもうもうと黒煙が立ち上る。
『何が起こった! 突如として試合場中央が黒い霧に包まれました! ここからでは中の様子が全くわかりません!』
あっという間に周囲が煙に包まれ、ハザードは右も左もわからぬ闇の中へと放り出された。
おもむろに目を閉じるハザード。
その耳にヒュンヒュンと風を切る音が幾重にも折り重なって聞こえてくる。
ハザードは音に合わせて剣を前に、後ろに振り向けた。そうして四方八方から飛び来る手裏剣を次々に打ち落としていく。
「同じ手は二度と通用しないぞ」
「ククッ。油断大敵でござる」
不敵な笑いが聞こえ、ハザードの足下にころころと赤い球体が転がってくる。
(……っ! 爆発物か!)
すかさず後方へ跳び退るハザード。
瞬間、赤い球が炸裂し、中から無数の針が飛び出してきた。
「はあああっ! 旋風陣!」
ハザードは右手で持った剣を前方で風車のように高速回転させ、身に降りかかる針を全てはじき飛ばす。
だが――
「隙あり!」
背後から小太刀をかざした朧が斬りかかる。ハザードは完全に背後を突かれる形になった。
躊躇いなく振り下ろされる刃。その切っ先がハザードの後頭部にかかり――
「ぐっ! うぅ……!」
しかしながら、苦悶の声を上げたのは朧であった。
その腹を、長大な斬馬刀が貫通している。
「背後から来ることはわかっていたからな」
いつの間にか背中から斬馬刀を抜いていたハザードは、その柄をしかと握りしめ、朧に背中を見せたままさらにそれを深々と突き入れた。
『少しずつ黒煙が晴れてまいりました! 中の様子は一体どうなっているっ! 一人、立っている! どうやらハザード選手のようだ! 朧選手の姿が見えないか……? い、いや、倒れている! 腹部から出血をして倒れているぞっ! どうやら決着している模様です! あの短い時間にどんなやり取りがあったのか!』
興奮するアナウンスをよそに、勝者となった男は、倒れて意識を失った男に投げかけるように言った。
「急所は外したつもりだ。手当をすれば助かるだろう」
勝者を高らかに読み上げるアナウンスを背中に浴びながら、ハザードは衆人環視する場内からゆっくり立ち去った。
選手控室に戻ったハザードは、胡乱げに決勝出場選手のトーナメント表を見ていた。
あと二回勝てば優勝だ。誰が相手だろうと打ちのめすのみ。そこに特段の感慨もない。
平静の極地に立っているかのようなハザードであったが、トーナメント一回戦の勝者の名前を見て、無意識に口角をつり上げた。
「コウガ――レオルガ流拳道か。妙な因縁だな」