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コウガ列伝 ~闘技場の死闘~  作者: 霧生大王
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第一章

闘技場の死闘


「ついに見つけたぞ……アカシックメタル……!」

 サイバリース王国の城下町。ある一角に貼り出されたお触書にはこう書かれていた。


 円形闘技場にて武道大会を開催する

 命を懸けて戦う勇猛さのある戦士よ、いざ来たれ

 優勝者には名誉と富を与えん


 優勝賞金 百万ルナ

 副賞 アカシックメタル


「武道大会……だが、何人殺そうとも絶対に手に入れてみせる……! たとえ、どんな手を使おうとも……」


第一章


 円形闘技場は異様な熱気に包まれていた。

『大英雄ディアスは言いました。人の数だけ道がある!』

 音声拡大〈エコー〉の魔法で増幅された声が、闘技場内に響き渡る。

『道とは即ち、国を治める政道、神に従い人を導く神道、読み書きのための文道、農作物を効率よく生産するための農道、鉄を加工する工道――枚挙に暇がありません。

 しかしながら! 比類なき分派を持つのが武道!

 常に戦乱の渦中にあったこのエスクアーク大陸。今もなお覇道を行く国々が群雄割拠して争いが絶える気配を見せません。

 そして長い戦いの中、人間は色んな武の道を切り開いてきました!

 剣道、槍道、拳道、蹴道、砲道、魔道、傭兵道――

 数多の武道武術が生まれ、戦いの度にぶつかってきました。

 しかし、これだけ武の鉱脈が掘られ続けても、我々はある問いにまだ明確な答えを出せていません。

 

 最強の武道流派は何か!

 

 その答えを出すため、今日世界初の記念すべき試みがこの場所で行われようとしています!

 ここサイバリース王国は大陸の遙か南方に位置し、目下激しい戦火からは遠ざかっておりますが、世界諸国の書物を多数蔵書し、世界の武道の研究についても世界で最も進んでいる国であります。

 また、この円形闘技場はこの国がまだ小国だった頃に対外戦争のために戦士を育てる目的で三百年前に建造されて以来数々の英雄を排出した由緒正しき武道の聖地でもあります!

 さあ、大陸歴二一〇年、我が国の記念すべき第一回武王トーナメント、エントリーした五百三十六名のうち、厳しい予選をくぐり抜けた精鋭八名! 鬼が出るか蛇が出るか! いよいよ第一戦目の始まりです!』


 わっと沸き立った観衆の、その熱気にあてられて、コウガは一つ武者震いをした。

「あ、コウガったら緊張してる~」

 妖精のフィオナはひよひよと中空を舞いながら、小さな体をコウガの顔の前で滞空させた。

「まあ、他の武道家と戦って自分の力を試す機会なんてそうそうないからな」

 嬉しそうに言うと、コウガはがしりと両手を胸の前で組み合わせた。

 しかし、フィオナの興味関心は全く別の所にあるようだった。

「優勝賞金は百万ルナ! それだけあれば貧乏生活ともさよなら! あれ食べて……これ食べて……ふ、ふふ……じゅる」

「おい、よだれよだれ」

 顔をごしごしと拭き取られた妖精は、それでもまだ夢見心地で呆然としていた。

「じゃあ、行ってくるよ」

 コウガはひらひらと手を振ると、颯爽と大舞台へと飛び出した。


『さあ! 北の門からはコウガ=アクイラ選手の入場だ。武道を往く者にとって、数十年前に歩く格闘伝説と呼ばれた拳聖レオルガの名を知らぬ者はいないでしょう。どんなに請われようとも決して弟子を取らずただ己の道のみを歩いたと言われる拳聖レオルガ。コウガ選手はなんと、そのレオルガの唯一の直弟子と言われている人物です。流派はレオルガ流拳道、十八歳にしてその正当後継者だ!』

「レオルガの弟子――」

「……また偽物だろう」

「そもそもレオルガって男が存在したかも怪しいからなあ。戦場で千人の兵士をたった一人で相手にしただの、身の丈五メートルもの魔物を一撃で倒しただの――」

「少なくとも、彼の力がどれほどかはこの戦いを見ればはっきりするだろう。なにせ、相手が相手だからな」

 観客の反応はコウガの存在を訝しむものがほとんどであった。

 レオルガという男はそのあまりに武勇に富んだ経歴のため、伝説性が高く、その弟子を自称する者が少なからずいたからだ。

 ましてやあどけなさが残る十八の少年であるコウガに、その伝説を背負わせるような論理を大衆は持ち合わせてはいなかった。

『対するは南の門。大英雄ディアスが創始したと言われるディアス流短銃道、九段の腕前を持つディアボロ選手の入場だ。年齢は三十五歳、彼はこれまで各地の戦場で傭兵経験を幾度も重ね、実戦経験がかなり豊富であるようです。両方の腰には使い古されて鈍色に光る二丁の拳銃が覗いているぞ』

 名を高々と呼び上げられた二人の選手は場内中央へ歩を進める。

 互いの視線が交錯し――

 先に口を開いたのはディアボロだった。

「素手の少年相手に銃を使うのはいささか気が引けるが――悪いがここは戦場だ。生き残れない奴はそれまでということだ」

「戦場では『慢心が死を招く』という言葉がありますよ」

「なるほど、決勝に残るだけの度胸はあるようだな」

 ディアボロは不敵に笑うと、もう語るべくもないと踵を返した。

 コウガもバックステップで後ずさり、所定の位置に着く。

『両者、中央で何やら二、三の挨拶を交わした後に再び別れていく。人の出会いは実に数奇なもの。初めて出会った彼等ですが、今の挨拶が互いに交わす最後の言葉になるかもしれません。しかしながらこれはコウガ選手にとって最悪の対戦相手となりました。彼の装備を見てもわかるように、拳道家はその速力を武器とするために戦いにおいては他の武道家に比べて軽装で臨みます。その拳道家が最も不得手とするのがディアボロ選手が武器としている短銃なのです。重歩兵のように金属製の鎧であれば短銃の弾を弾くことが出来ますが、コウガ選手のあまりに薄すぎる装備では、遠距離からの攻撃でも十分致命傷になってしまうでしょう』


 ――ドォォン

 試合開始を告げる空砲が天高く鳴り響く。と同時に、コウガは脱兎のごとく駆け出した。


『コウガ選手、試合開始と同時に走り出したぞ! これは速い! ディアボロ選手に狙いをつけさせないつもりだ! 近接戦に持ち込めるか!』

 だが、百戦錬磨たるディアボロは冷静だった。

 猪突猛進に突貫してくるコウガにしかと照準を合わせ、撃つ。

「ぐっ!」

 右膝に銃弾を受けたコウガはバランスを崩して転倒した。

「終わりだ」

 ディアボロは続けざまに精密な射撃でコウガの両肩に一発ずつ銃弾を見舞う。

 拳道家の武器である足と手を打ち抜き、勝利を確信する。

 試合開始からわずか十秒足らず。不殺にして相手を戦闘不能に追い込む圧倒的な力の差を見せつけた――はずだった。

「しぃやあああぁっ!」

 コウガは両手を地面につき、淀みない動作で逆立ちすると、コマのように体を回転させる。

 暴れ狂う体躯。その踵がディアボロの顎を捉えた。

「ぐあっ!」

 既に勝利を確信していたディアボロは強烈な返り討ちに遭い、苦悶の表情で後退する。

『コウガ選手! 強烈な蹴りだ! ディアボロ選手の先制攻撃を上手くかわしていたのか! 全くダメージがみられないぞ!』

(ば、ばかなっ……確かに当ったはず……!)

 百戦錬磨の傭兵は驚愕するが、跳躍で後方へ距離を取り、すぐに諸手の銃を構え直す。

「これならどうだっ!」

 ゆらり――

 ディアボロの体が柳のように揺れる。その刹那。

 二つの銃から大きなマズルフラッシュが瞬き、会場内に大きな銃声音が拡散する。

「ぐうあっ!」

 コウガの体が大きく後方にのけ反った。

『ダ、ダブルガンズ・フルアクションだっ! それもかなり高度なレベルの!』

 ディアス流短銃道奥義――ダブルガンズ・フルアクション。

 複数の銃弾を連続で撃ちこむ高速速射術。

 そのあまりの速度に銃声は一つしか聞こえず、生身の人間が攻撃を受ければほぼ間違いなく致命傷に至る。

『コウガ選手、これは致命傷か! 一体何発の銃弾を受けてしまったのか!』

「九発だ」

 淡々と言ったディアボロは、腰のベルトに携えられた皮のバッグから銃弾を取り出すと、空になった銃に弾の補給をする。だがそれはコウガの復活を警戒するものではなく、次の試合への準備であろう。

 なぜなら、連続で打ち出された九発の銃弾はコウガの眉間、喉、右肩、左肩、左大腿部、右大腿部、そして心臓辺りに三発と、全て命中していたからだ。

 ダメ押しとばかりに致命点に集中砲火したディアボロ。それは、初弾を受けてびくともしなかったコウガに言いえぬ恐怖を感じたからであった。

 戦場に長く身を置いてきた彼は、得体のしれない敵と対峙したことが幾度かあった。そしてそういった手合いは、相手が秘策を繰り出す前に確実に仕留めねば手痛いしっぺ返しをくらう難敵であったのだ。

 コウガも間違いなくそういう括りに入れられる存在――

 そして、そのディアブロの予想は、当たってしまうことになる。

 にわかに会場が大きなうねりを起こして沸き上がった。

 何事かと顔を上げたディアボロは、その場に立ち尽くしてしまった。

『コ、コウガ選手! 起き上がった!』

 コウガは何事もなかったかのように立ち上がると、肩や膝についた砂埃を払った。

『ま、全くダメージを受けていないのかっ! 確かに命中したはずです! 銃弾を! 何度もっ! お、おおおっ! 笑っている、笑っているぞコウガ選手! この小さな巨人、いったいどこからやって来たあっ!』

「実に高度な銃撃――」

 コウガはゆっくりとディアブロに近づきながら、おもむろに口を開いた。

「精密さ、速射性、判断力、どれをとっても一流ですね」

 ディアブロは、何もできなかった。ゆっくりと近づいてくる少年が、自分の目の前で立ち止まるまで、その前進をただ見つめているだけだった。

「でも、短銃では俺には勝てない」

 その瞬間、コウガは右手で開手から手刀をつくり、空気を裂くようにしてその指先をディアボロの喉元まで突き出した。

 喉仏に触れるか触れないかの位置で、ぴたり、と指先が止まる。

 不意にディアボロの背筋が凍った。その手刀が人を殺める殺傷能力を持っていたのだと、遅れて気づかされる。

「俺の、負けだ」

 ふっと息を漏らし、ディアブロは敗北を宣言した。


「コウガ、お帰りぃ」

 愛くるしい妖精は勝利を掴んで戻ってきたコウガを一瞥すると、特段の感慨もなさそうに中断していた食事を再開した。

「もう少し労ってくれてもいいだろ……危うく死ぬところだったんだから」

「え。でもコウガ、銃で撃たれても死なないでしょ?」

 あーむ、と肉にかじりつこうとしたフィオナから、その皿を取り上げるコウガ。

「銃で撃たれたら人間は死ぬの! あれは特殊な呼吸法で体の一部を硬化させて防いだの! それでもすげえ痛いの!」

 肉を返せとむきになるフィオナの体をしっかりと掴んだコウガは、しみじみと過去に思いをはせた。

「先生によく言われたなあ。拳道家はあらゆる武器に対して不利だから、『受け』をきっちりマスターしろって。そんでその訓練のために刀を持って追いかけまわされたり、銃弾の雨を浴びせられたり……。よく生きてこられたと思うよ、ほんとに」

 うんうん、と頷くコウガからようやく脱したフィオナはようやく肉にかじりつくと、頬を食べ物でいっぱいにしながら呟いた。

「あたしは優勝してくれさえすればなんでもいいんだけど……」

「あと二回勝てば優勝だけど、すんなりいくかなぁ」

「誰か強そうな人、いた?」

「うーん。どうだろう」

 トーナメント表を手に取ったコウガは、決勝に残った選手達の名前をまじまじと見つめた。

 そして、その目線がある名前を認めて止まる。

「ハザード――アテナ流剣術道のハザード……」

「ハザード? 聞いたことあるようなないような名前」

「驚いたな。ハザードって多分、あの『五王剣』のハザードだ」

 五種の刀剣を操る若き剣士、五王剣のハザード。

 人間の生活を脅かす魔族を大量に討伐し、数々の村落を救ってきたと、巷で人口に膾炙するに至る当代きっての戦士である。

 だが、コウガの興味を最も引いたのは、今売り出し中の剣士の、その流派であった。

「アテナ流剣術道……アテナ……。どこかで聞いたような……」


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