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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第二部
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01:白き宝冠の国-01

 暦の上ではとうに春を迎えているはずなのに、北方の雄キオノエイデ帝国の帝都ヴィンテルの街並みでは、まだ残雪が目立った。通りの端には砂利混じりの雪が寄せられ、午後二時の眩い陽光の下で、白とも灰色ともつかない色彩を主張している。そのこんもりとした雪の上、街角のそこここに、白地の国旗が掲揚されていた。

 かつて北の最果てに根城を構えた悪神の侵攻を主となって押し留めたことから、キオノエイデは「北の魔壁」との異名を持つ。その一方で、代々真白い宝冠と共に帝位を継承していくことに擬え、「白き宝冠の国」とも呼ばれていた。宝冠の白色は、通年寒冷で長く苛酷な冬に耐える国土を象徴したものなのだそうだ。

 アシメニオスの使節団は、そんな雪国の都を訪ねるべく、国境を越え、半月あまりも馬車を走らせてきた。時に吹雪で立ち往生しかけ、時に飢えた獣に襲われかけたことを思えば、やっと目的地に辿り着けたのだと感慨深くもなる。

 使節団の馬車は一列に並び、キオノエイデ騎士団の先導で粛々と通りを進む。通りに面した建物の窓から物見高い人々の視線を集めつつ向かう先――帝都の中央にそびえる皇帝の居城は、屋根に残された雪と相俟って、一層に白く青空に映えていた。

 宮城を囲う厚く高い壁に築かれた門をくぐると、最後尾の馬車に乗せられてきた私たちは、早々に本隊と別行動を取ることになった。騎士団から派遣された部隊や、使節の代表として同行してきた第二王子殿下は、これから歓迎のセレモニーや諸々の行事に参加しなければならないそうだけれど、私たち最後尾組はその全てが免除されている。

 要は、とにかく自分の仕事に集中しろ、ということなのだろう。使節とは名ばかりで、私たちに求められているのは、技術研究で成果を上げる――それ以外の何物でもないのだから。

 私と先生に与えられた命令は、キオノエイデの魔術師と協力して、北方の悪神の一派が用いる死霊傀儡の術を解き明かすこと。これを果たさずして帰国することは、無理……ではないかもしれないけれど、おそらくはかなり難しい。

 私の護衛として同行してきてくれたヴィゴさんとバルナバーシュさんの実力は折り紙つきの一級品で、形振り構わず逃げ出さなければならなくなったような最悪の場合でも、或いは上手くやり果せてくれるかもしれない。

 けれど、それはあくまでも他に道がなくなった場合の、本当に最後の最後の選択肢だ。今はただ、課せられた仕事をこなすことに全力を尽くすしかない。そして、それにはとにかく時間が必要だ。二千年も前の禁術の解析なんて、ただでさえ厄介な難題なのだから、少しでも余裕はあるに越したことはない。

 そうして私達が案内されたのは、本隊が向かった城とは別棟の一室だった。部屋の中央には円卓が置かれていて、その周りをぐるりと椅子が囲んでいる。内装からして、会議室というよりは応接室のように見える。小ぢんまりとしていて、印象としては豪華さは少し控えめ。……とは言え、ここも市井と皇帝の在所とを隔てる城門の内に変わりはない。多少佇まいが違ったところで、緊張しないでいられるはずもなかった。

 ここまで案内してきてくれた人が円卓に着いて待っているよう言ってくれて、お茶とお菓子まで手配してくれたものの、生憎と手をつける気にもなれない。滅多に着ない学院の礼服を着せられているわ、あれもこれもと気にかかることが多すぎるわで、心臓はばくばくと早鐘を打つようだ。じっとしているだけでも疲れる。

 はあ、とため息なんか吐いていると、

「何シケた面してやがんだ。しゃんとしろい、師匠のお供ったって、お前もアシメニオスの代表に代わりねえだろーが」

 背中の方から、あっけらかんとした声。振り返らなくても分かる――ヴィゴさんだ。

 護衛という立場を考慮してか、ヴィゴさんは椅子をすすめられたのも断って、私の斜め後ろに立っている。元々キオノエイデの生まれで耐性があるのか、ここまでの道中で私が未だ去りきらない寒さに辟易していたというのに、この人はやたらに元気だった。もしかしたら、久しぶりに踏んだ故郷の土に昂揚している側面もあるのかもしれないけれど。

「代表扱いされてしまうから、そんな『シケた』顔になるんじゃないですか……。あ、何か胃が痛くなってきた」

「そう緊張することもあるまい。我々は向こうの持たぬ情報を、数多く持っている。上手に出てもいいくらいだ」

 今度はバルナバーシュさんの、泰然とした声。本来の肩書きはともかくとして、今はヴィゴさんと同じ立場として遇されているからか、律儀にその隣に並んでいた。体格が良くて身長の高い二人だから、圧迫感も凄まじい。まるで壁のようだ。

「そんな簡単に言われましてもねえ……」

「誰も半人前に矢面に立てなどと言いはしない。話し合いとなれば、私が応じる。君は失神しない程度に、黙って座っていたまえ」

 ぴしりと硬質に響くお言葉は、隣の椅子に背筋を伸ばして座っている先生から。うーん、頼もしい。さすが私のお師匠様、今日も銀縁眼鏡が知的だ。そこに痺れる憧れ何とやら。

「では、私は大人しく置物になってます。後は全て先生に託しました……」

「うむ。折角用意してもらったのだから、茶でも頂いて心を落ち着けておきなさい」

 はあい、と返事をして、白地に金箔で細かな絵柄の装われたティーカップを手に取る。

 ふわりと香る紅茶のいい匂い。一口、二口と含んで堪能してから、カップをソーサーに戻す。音を立てないよう、静かに。

 そうして手を離した途端、部屋の扉が軽やかにノックされた。ビクッと、思わず反射で肩が跳ねる。ビビりすぎだろ、と背後から聞こえた声は無視して扉へ顔を向ければ、先生が入室の許可を答えると当時に扉が開く。先生の真似をして、慌てて椅子から立ち上がれば、

「やあ、お待たせして申し訳ない」

 軽やかな声と共に姿を現したのは、銀の髪に橙の目をした偉丈夫だった。

 ヴィゴさんよりも背の高い、バルナバーシュさんに勝るとも劣らない上背。体格も、下手な騎士よりよほど立派だ。ただし、身に着けた衣装は騎士というより、今の私に近い。アシメニオスの王立魔術学院の礼服は、宮廷魔術師の正装に似せてデザインされている。であれば、おそらくは魔術師なのだろう――と、思うのだけれど。

 けれども、私はその人の身分より他のことが気になりすぎて、半ば呆然としてしまっていた。その色彩はあまりにも見慣れたもので、その顔立ちはあまりにも見慣れた人に似ていたのだ。

「ゲ、兄貴」

 そして、背後からそんな声が上がるに至って、一気に肩から力が抜けた。

 確か、前に聞いたことはあったのだ。ヴィゴさんのお兄さんが、キオノエイデで宮廷魔術師の身分にあるということは。

「十年以上も顔を見せないでいたと思ったら、こんな案件で里帰りとは、お前もつくづく人騒がせな奴だな。――元気にしてたか、馬鹿弟」

 にこりと微笑んでみせたその人に、ヴィゴさんは渋面を浮かべて言い返す。

「うっせ、見ての通りだよクソ兄貴」


 キオノエイデ側から派遣されたのが、まさかヴィゴさんのお兄さんだったとは。

 驚きは大きかったけれど、そのお陰で逆に緊張も解けた。話し合いは先生に任せていたので私が喋ることはなかったけれど、思いのほかに和やかな空気の中で進行していったと思う。

「お初にお目に掛かる、俺はキオノエイデ帝国宮廷魔術師、ヴェイセル・レインナード。そちらはアシメニオス王国王立騎士団所属の人形師ルカーシュ・ソイカ殿、その弟子のライゼル・ハント殿、護衛のバルナバーシュ・シルハヴィー殿でお間違いないだろうか」

「確かに相違ない」

 ヴェイセルさんの問い掛けに、先生が平然として頷く。私は危うく「えっ」と声を上げてしまうところだった。いえ、一人足りないです――と、果たして口を挟んでいいものか悪いものか。

「オイ、俺を無視すんじゃねえよ」

 内心で慌てふためいていると、背後からあからさまに不機嫌そうな声が上がった。ヴェイセルさん――名字だとかぶるし、お名前で呼ばせていただくことにしよう――は、小さく笑って、その声の主に目を向けると、

「それから、おまけのヴィゴ・レインナードと」

「テメーこの野郎」

「ま、冗談はこれくらいにして、本題に入ろう。あなた方が我が国を訪ねて来られた理由は、擬似生命工学分野における技術交流。及び、かつてラビヌで用いられた禁術の研究と伺っているが」

「その通りだ」

 先生が淡々と肯定を返す。ヴェイセルさんもまた、理解を示すかのように軽く頷いてみせた。

「我が国でも、その方針について概ね異論はない。しかし、そちらの望む通りの環境を整えるにあたって、一つ提案がある」

 提案、と誰かが呟くのが聞こえた。

 うっすらと、嫌な予感がする。それは果たして本当に「提案」なのだろうか。そう銘打っただけの「交換条件」なのでは……?

「……詳しく聞かせていただこう」

 数呼吸分の間を挟んで発された先生の声も、直前までにない硬さを帯びていた。それが余計に推測を裏付けるように感じられて、背筋が寒い。

「我が国に各方面から人員と戦力が招集されているのは、北の神の南進を防ぐ為にこそ。あなた方の目的であるラビヌの禁術に関する情報共有、共同研究は、我が国においては二次的なものでしかない」

 やっぱり、話の雲行きが怪しくなってきた。

 ちらりと先生の様子を窺えば、眉間にくっきりと深い皺が刻まれているのが目に入る。うへえ、思いっきり不穏だ……。

「共同で研究を行うことで精度と速度を上げ、成果を平等に共有する。それが神代に用いられた禁術とあらば、貴国にも利益は大きかろう」

「だが、それを必ずしも『今』しなければいけない理由はない。貴国と違い、我が国は彼の神と真っ先に対峙する。我が国にとって、最も重要なことは間近に迫った脅威を退けることだ。その一大事の最中にあって、余剰の事物に手を割くからには、あなた方にも相応の助力を願いたい」

「どのような」

「北の神に対抗する軍勢を募るにあたり、我が国の最北に位置する山脈に住まうエルフにも使者を立てることが決定している。聞けば、そちらのお弟子殿はエルフと縁があるとか」

 ヴェイセルさんの目が、ふと私へ向いた。

 三白眼気味でない分、目付きの印象としては少し柔らかい。けれど、その橙の瞳の色は、私のよく知る人と瓜二つだ。

 お陰で、どうしても警戒する気持ちが萎えてしまいそうで困る。ヴィゴさんは完全に私の味方だと言えるけれど、ヴェイセルさんは属する国も違えば、事情も異なる。手放しに信用してしまう訳にもいかないというのに。

「ハント殿が北のエルフを訪ねる使者に加わることを了承するのであれば、その対価として、我が国も禁術の研究に惜しみなく協力するにやぶさかでない。最高の人員を揃え、最高の環境を整えると約束しよう」

 ヴェイセルさんがそう結ぶと、沈黙が落ちた。短い間の後、先生がため息を吐く。

「その『提案』は、今この場で結論を出さねばならぬことだろうか」

「いや、近日中に返答をもらいたくはあるが、今すぐとまでは言うまい」

「では、後日改めて返答を」

「承知した。――さて、これで今のところ仕事の話は終わりだな。宿はどうする? 希望次第で宮城の客室、この魔術師棟の客室、城下の俺の家の空き部屋等々が用意できるが」

 重々しく頷いていたかと思えば、一転してヴェイセルさんは軽い調子で話し始めた。その切り替えの鮮やかさには、さすがに目を丸くせずにはいられない。

「魔術師棟というと、宮廷魔術師たちの根城のような場所と解釈しても?」

「そのようなものだな。魔術師が各々に研究室を構え、有事の際でなくば大体が引きこもって自分の研究に明け暮れている」

「え、お前も?」

 先生とヴェイセルさんの会話をぶった切って、ヴィゴさんが口を挟む。ヴェイセルさんはちらりと、心底驚いた風のヴィゴさんを見たものの、

「俺は現場で動くのが専門でね」

「だろーな」

「分かっているなら、話の腰を折るんじゃない。――ああ、魔術師棟には書庫もあるが、こちらは先程の提案が容れられれば出入りができる、と定めさせていただこう」

「了解した。私はこの魔術師棟の客室を借りたく思うが、弟子とその護衛には、貴公の邸宅に部屋を用意してもらいたい」

 思いがけない言葉に、私のみならず皆が視線を集中させた。それでも先生は平然としている。

「別行動をする、と?」

「私には与えられた命を可能な限り迅速に遂行する義務があるが、弟子にまでそれを強要する気はない。……それに、別行動を求めているのはそちらの方だろう」

 一瞬、無言で先生とヴェイセルさんが目を見交わした。短い間の後、「ごもっとも」とヴェイセルさんが肩をすくめる。

「あなたの部屋は、この棟に用意させよう。お弟子殿は? お師匠の指示に従って構わないか?」

 ヴェイセルさんが、先生から私へ目を動かす。いいか悪いかでいったら、別に悪くはない、んだろうと思うけれども……。

「そう、ですね。先生がその方がいいとおっしゃるなら、それで構いません」

「了解した。そうとなれば、俺の方でも用意が要るな。悪いが、少し時間をもらいたい。鈴を鳴らせば、小間使いが用聞きに来る。俺が戻るまで、この部屋で自由にしていてくれ」

 円卓の端に置かれていた鈴を示して言うが早いか、ヴェイセルさんは席を立って部屋を出て行った。後に残された私たち――いや、私か。私は扉が閉まる音の余韻を聞き、足音が遠ざかるのを聞いてから、ほうっと大きく息を吐き出した。

「まさか、そうきますか……」

 円卓に両肘をついて、組んだに額を載せる。ああ、とため息だか嘆息だか分からないものが、また口を突いて出た。

「まあ、全く予想してなかった訳でもねえけどなあ。しっかし、こいつを『エルフへの繋ぎ』て名指しできたってことは、キオノエイデも自前で前の戦いの情報集めてんのかね」

「或いは、アシメニオスの方で情報を渡している可能性もある。キオノエイデに問われてか、自発的に先行資料として渡したのかによっても、事情は変わってくるがな。――ソイカ殿、アシメニオスとキオノエイデの仲は?」

「二千年前の戦乱において、件の悪神があくまでも『封印』されるに留まった為、彼の神を共通の脅威とした連帯が続いている。ここ数代は単純に良好な関係を保っているが、根本には『より大きな脅威が近隣に存在しているのに、争っている場合ではない』という認識があることは否めん」

「ふむ、良くも悪くも奴の存在が先に立つか」

 バルナバーシュさんが低く言えば、ヴィゴさんが怪訝そうな声を上げた。

「どういうことだよ?」

「キオノエイデとアシメニオスでは、微妙に歩調が異なる。思惑、と言い換えてもいい。アシメニオスは死霊傀儡の術を解析して己の手に収めたい欲があるが、おそらくキオノエイデにはそこまでの関心、ないし余裕はない。先程の彼も言っていた通り、国を守るのが第一だからな。そんなことに構っていられるか、という訳だ。〈北の魔壁〉などと呼んで称えるのは勝手だが、壁にされる当事者にとっては、堪ったものではない」

「そりゃそーだ」

「アシメニオスはライゼルの身柄を貸し出すことで共同研究の地盤を固めたいところだろうが、キオノエイデからすれば全くの逆だな。研究の場を提供することで、ライゼルを――エルフへの繋ぎを得る。互いに求めているものは違うが、利害は一致している。いや、一致させられている、と言うべきか。我々の一存で断るのは得策でないな。ソイカ殿も、そう考えているのだろう?」

「ご明察、と答えておこう。死霊傀儡に関する情報が伏せておけない以上、アシメニオスとしてはキオノエイデに水面下で分析を先んじられ、技術を独占されることだけは避けたい。ここであちらからの提案を断ったところで、今度は上から命令が下されるだけだ。ならば、まだ状況が私たちに有利な状態で事を進めておいた方がいい」

「したら、今が決め時か。わざわざヴェイセルの奴が出てきてんのは、実際にあいつが現場仕事の担当だからってのもあんだろうが、狙いの半分くらいはどーせ俺だろ」

「感情に訴える、または我々が『身内の兄弟ならば扱い易かろう』と踏む、か」

「逆を言えば、多少の融通なら聞いてもらえる可能性もあるのでは? どうだ、ヴィゴ」

「さあなあ……。あいつが十年ちょい前から劇的に性格変わったりしてねえ限り、こっちに悪いようにゃしねえとは思うけどな。俺たちが作れる繋ぎとしちゃあ、まあ、いい方なんじゃねえの」

 背中の向こうで、大人たちがシビアな会話を繰り広げている。会話に加わる余裕もなければ頭もないのは情けないけれど、一応ちゃんと聞き耳は立てていたのでご容赦願いたい。

「――で、要するに」

 三度大きく息を吐いて、顔を上げる。振り向けば、後ろから護衛二人の、横から先生の視線が刺さった。いや、そんなに真面目な顔して見てくれなくていいです……。

「私は山のエルフへの使者の一行に加わらなければいけない、ということですよね」

 そうなるな、という肯定は三つ重なっていた。その重々しい響きは、それだけ逃れがたい状況であることを、改めて思い知らせる。

 ああ、とつい嘆息が漏れた。マジかあ……。


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