21:斯くて世界は回る-××
氷雪に埋もれた城の、薄暗い部屋が彼女の住処だった。
居城に帰ってきてからというもの、彼女の機嫌は最低の一途を辿っている。散々に負わされた傷の治りの遅さ、最も使い出があると思っていた駒、全てを塗り込める絶え間のない吹雪。そして、仕える主から一向に掛からない声。何もかもが彼女の神経をささくれ立たせ、苛立たせた。
「オディリア様」
薄暗い部屋に、ふと彼女以外の気配が現れる。
声の出所を見定めた彼女は、不機嫌を露わにした面差しを一層忌々しげに歪めた。
闇に紛れるようにして佇むのは、大柄な体躯の男。失った手札に比べれば格の劣る、命令に忠実なことだけが取り柄のような駒。
「何の用だ、エラスト」
「傷のお加減は」
「変わらん!」
「……申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げました」
全くだ、と吐き捨てれば、男はますます殊勝に頭を下げる。その姿が一層己の子供じみた振る舞いを際立たせるようで、余計に気に障った。
用が無いのなら下がれ、とでも怒鳴ってやろうか。しかし、そう思った瞬間に男が顔を上げた。
「恐れながら、申し上げます。私は他の誰でもなくオディリア様、あなたを主と仰ぎ、あなただけに仕えるものにございます。主の望みを叶えるは、我が本願」
唐突な言葉に、彼女は細い眉を寄せた。前後の流れが断絶している。意図が読めない。
「……何が言いたい?」
「現状をお辛くお思いであるならば、御下命を。お望みとあらば、どこへなりとお連れして逃げましょう。平穏を願われるならば、全霊を尽くしてお守り致します」
その瞬間、彼女は男の前で初めて絶句した。
胸に去来した感情は掛け値なしの驚きであり、或いは恐怖に近しいものであったやもしれない。何を言っているのか、意味が理解できない。これは、この男は唯々諾々と従うだけの駒だったはずだ――
「私は、あなたの手によって最も初めに魂を吹き込まれた人形にございます。目覚める刹那、不躾にも来歴を垣間見てしまいました。かつてのような、穏やかな暮らしを」
しかし、男の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
我に返るが早いか、足音荒く詰め寄った彼女が、激しい音を響かせて男の頬を平手で打ったのだ。
「黙れ、それ以上戯言を口にするのは許さぬ。――命令が欲しいと言うなら、くれてやる。下がれ! 私が呼ぶまで、その顔を見せるな!」
白い頬を赤く染めて声を荒げる彼女を見下ろすと、男は無言で首を垂れた。
「拝命致しました」
章然と顔を伏せる男の姿は、薄暗い部屋の闇に溶けるように輪郭を失っていく。霧散するように消え行く男は、最後まで顔を上げることはない。『ですが、主』と声だけが抗うように空しく響いた。
『申し上げた言葉には、一片の嘘偽りもございません。どうか、御心に御留め置き下さいますよう』
「黙れと言ったのが聞こえなかったか!」
男の声は、それきり途切れた。暗い部屋には、彼女の叫びだけが反響するばかり。
窓の外では、唸りを上げて重い雪が吹雪いている。白く凍り付いた窓を睨み、彼女はぎりりと歯を慣らした。
ゆるっとした冒険譚のはずが、随分と長くなってしましました。
ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございます。
「青の羅針儀」は、かつてPBCサイトでPCとして稼働していたヴィゴの前身となるキャラクターの物語を再構築し、克服したいという、ごく個人的な願望によって発生した物語でした。
ヴィゴの前身となるキャラクターは、実際にタロットで未来を占って頂いた際に見事「死」を引き当て、それから間もなく戦乱イベントで戦死するという、当人はともかく当時の私にとって非常に悔いの残る形で結末を得ました。
(PBCをご存じの方は、PLの立ち回り次第でその結末を回避できたはずだと思われるかもしれませんが、当時の私はそれをしなかった/できなかったとご理解ください)
悔いの残る形で物語を終わらせることになった、その「死」を超えて、本当にほしかった結末を見たい。
ある意味、それは現実逃避であり、自己満足の極みであり、我が儘であり、ひどく子供じみた感情の結果であったのだと思います。
ですが、二年と少しを掛けて、どうにか「死」を超えることができたかなと、自惚れではありますが、思います。
そんな物語にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
ひとまず、この物語はここで第一部完、といった形で完結となります。
今度は物語の隙間を埋めるような掌編の更新を目論みつつ、いつか北方の戦乱と決着の第二部(仮)を連載できればいいな、と思うだけ思っております。
いつになるやら分かりませんが、その時はまたお付き合い頂けましたら幸いです。




