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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
88/99

21:斯くて世界は回る-01

 清風亭で私が借りている部屋は、二階にある。通りに面した窓の前に立ってみれば、眼下を行き交う人々の頭上へ深々と細雪が舞い落ちていく様が見えた。寒々しくも、どこか活気の滲む忙しい景色。

 十二月も半ばを過ぎた今、王都でもいよいよ雪が降り始めていた。先日学院も冬期休暇に入り、この寒空の下を出歩かなくて良くなったのは嬉しいものの、結局後期の講義は秋以降ほとんどが受講できなかったことを思うと憂鬱だ。このままでは単位が危ぶまれる。

 そう思って各方面に掛け合ってみると、どこの別方面から根回しがあったのかは知らないけれど、あっさりと特別課題という救済措置を得られた。これをちゃんと終わらせて提出できれば、これまでの凄まじい量の欠席はなかったことにしてくれるらしい。

 そんな訳で、ここのところはひたすらに課題に勤しんでいる。たまに学院の図書館に通った――学生は休暇中でも利用できるのだ――りもするけれど、それ以外は大体引きこもりだ。もっとも、

「おい、また机にかじりついてんのか? 昼だぞ昼、昼飯だ」

 こうして一日最低三回はお呼びがかかるので、正しくは部屋ではなく宿に引きこもっている、と言うべきなのだろうけれど。

 部屋の外の声の主は早くも痺れを切らしたのか、ゴンゴンと扉を叩いてくる。気ィ短すぎでしょ、と内心苦笑しつつ、勉強机の椅子に掛けていたジャケットを羽織って扉を開けた。

「別にかじりついてませんよ。今日も雪だなーって、外見て休憩してたとこです」

 そう言って肩をすくめてみせると、ヴィゴさんは信じているんだかいないんだか、まさに半信半疑の眼差しで私を見下ろした。

「ならいいけどな。――そう言や、バルナバーシュはまたどっか出てったのか?」

「今日の朝早くに、またなんか南の方に行ってくるって出て行きましたよ。どうにもこうにも、働き過ぎな気もしますけど」

「いいんじゃねえの、そうすりゃお前の収入にもなんだし」

「そういうレベルじゃないですって」

 そんな他愛ない会話をしながら、一階への階段を下りる。

 文字通りの身一つで私の指揮下に加わったバルナバーシュさんは、もちろん王都に住むところもなければ衣食にも困る。そもそも、全ての自動人形はどれだけ細やかな感情を獲得していたとしても、所有者の所有物と見做される。つまり、バルナバーシュさんの衣食住の面倒を見る責任は、私にある訳だ。

 幸いにして、アルマ島王から頂いた報酬も、アルサアル王から頂いた報酬も有り余っている。別段、バルナバーシュさんの生活にかかる費用を負担するに問題はなかったのだけれど――如何せん、彼の人はただの人形とは大きく異なった。何せ元はラビヌの騎士団長閣下なのだ。

「まだ年端もゆかぬ少女たる君に養われるのでは、騎士の名折れ。ヴィゴに倣い、私も稼いでくるとしよう。自分一人の食い扶持――いや、君を養うだけの働きはしてみせる」

 と、断固拒否されたのである。

 とりあえず衣服や装備の購入、部屋を借りる最初の必要経費だけ私が負担したのだけれど、頑なにも「後で色を付けて返す」と言われ、事実一週間で出費金額が二倍なって返ってきた時は目玉が飛び出すかと思った。どうも貧民街に潜んでいた賞金首を何人か捕まえたついでに、あちこちで魔物を千切っては投げ千切っては投げしてきたらしい。すごい。こわい。

 かくしてガラジオス傭兵ギルドはまた一人辣腕の傭兵を得ることとなり、凄まじい速度で依頼が完遂されていくので、ギルド長のスヴェアさんは笑いが止まらないとかいう噂だ。

 因みに、バルナバーシュさんが得てきた報酬は人形の素体の維持整備費云々という理屈をつけて、その三割が私の下に納入されている。確かに、自動修復の魔術でも掛けられていない限り、人形が自動で損傷を復元することはできない。ラビヌの魔術師の技術の粋を結集したバルナバーシュさんの素体は、恐ろしいことに治癒魔術で復元が可能なのだというけれど、それだって治癒魔術を掛ける誰かが必要だ。

 その手間や消耗を考えての申し出だったのだけれど、正直なところ、そういった費用は管理者が負担すべきなのではないかと思う。雇われて働く上で必要なものは、会社に請求すれば経費で落としてもらえるものだし。――まあ、そう主張してはみたものの、何だかんだで上手く言い包められてしまって、今に至るんだけれども。

 予め私がどんな身分にあるのかは説明していたから、物入りの学生なのだろう、と言われてしまえば、ぐうの音も出なかったのだ。最初は七割を納めるとかいうトンデモだったし、それに比べればマシ……のはずだ、多分。後はオーバーワークだけが心配だけれど、最終手段の契約主命令として、過度の労働はしないこと、適度に休息を取ることは約束してもらったし、どうにかなると信じたい。

 ――等と、あれやこれや思い出して吐きそうになったため息を飲みこみつつ階段を下りきると、一階の食堂は人でごった返していた。ちょうど昼食時でもあるし、寒さから逃れてやって来た人も多いのだろう。テーブルもカウンターもいっぱいだ。

「こりゃ、ここで食うのは無理だな」

「ですね、待ってる人もいるみたいですし」

 私とヴィゴさんは潔く諦め、くるくると机の間を行き来するラシェルさんに注文するだけして、待ちに徹した。上に部屋を借りている以上、ただでさえ満員の席を占めることも躊躇われる。お盆に載せたお皿をありがたく受け取って、二階に戻った。

 自分の部屋の扉を開ければ、さも自然な様子でヴィゴさんもついてくる。今となっては、まあいつものことかと、言葉に出す気もしない。テーブルに二人分の食事を並べて、

「あ、そうだ、おばあちゃんにもらったハーブティがあるんですけど、折角なんで飲みます?」

「んじゃ、もらう」

 了解です、と答えて、ポットとカップを用意する。お茶会をする訳でなし、私のは容量大きめのマグカップでいいや。ヴィゴさんはもちろん、だいぶ前に勝手に置いていった自分用の大きな奴。

「そう言えば、未だにラシェルさんは風当たりが強いですね」

 ヤカンをコンロにかけながら、ふとさっきの食堂でのやり取りが思い出されて何とも言えない気分になった。少しおかしいような、何だか居た堪れないような。それにしても、お客に対してあんなに冷淡な対応をするラシェルさん、初めて見た気がする。

「まあ、自業自得っちゃそうだけどな……」

 背中の向こうから答える声は、どこか力のない、困ったような響きをしていた。

「あの時、随分と怒ってましたしねえ」

 遡ること二ヶ月近く前を思い出しながら相槌を打つ。

 当時――すなわち王都からソノルン樹海に赴く際、ヴィゴさんが私に宛てた伝言……のようなものを託したのが、他でもないラシェルさんだった。その時に事情を偽って説明したことと、よりによって託されたものが「恋人たちの石」と呼ばれるラムール石の飾りだったことで、元々人のいいラシェルさんの中で経緯が恐ろしくこじれてしまったのだ。それが今も尾を引いている、という。

 まあ、すぐにバレる嘘を吐いて宿を引き払い、挙句何も知らずに帰ってきた私に渡すようにと置いていったのがラムール石だ。「恋人たちの石」をやり取りするような仲なのに嘘を吐いて逃げ出した、とラシェルさんが解釈してしまうのも已む無いことだったのかもしれない。誤解だけど。大部分誤解だけど。

 女将さんと旦那さんについては、何か事情があるのだろう、と引き払った部屋をそのまま空けておいてくれたくらいには察してくれていたのだけれども、まあ、それは単に接触というか情報の遠近というか、巻き込まれ度合いの違いかもしれない。

「ちゃんと事情説明はしましたし、それこそ後は時間が解決してくれるってもんでしょう」

「だといいけどな」

「美人相手は堪えます?」

「そうじゃねえよ。からかうな」

 ヤカンの水が沸騰するのを待つ間、ポットに茶筒からスプーンで二匙。ついでにカップをテーブルに持って行って、出来る限りの準備を済ませておく。

「それよか、課題はあとどんくらいかかんだよ?」

「年内には終わる見込みですかねえ」

「休みは年明けても半月はあったっけか?」

「まあ、それくらいですね」

「そしたら、今のうちにアルマ行っとくか。春になったら、北に出向かされる前にお前の村にも行かなきゃなんねえし。骨休めにもちょうどいいだろ」

「え? 春になったら、ってそんな余裕あるんですか? 雪が解けたら北方行きでしょう?」

「お前なあ、こことキオノエイデが同じ時分に春になると思うなよ。あっちの雪解けは、こっちよか二月は遅え」

 呆れたような顔で言われて、なるほどと思い直す。日本だって、関東と東北とじゃ雪解けどころか降雪量自体が全然違うものな。雪に閉ざされた国、と呼ばれるのは伊達ではないということか。

 ふむふむ頷いていると、コンロでヤカンがけたたましい音を立てるのが聞こえた。慌てて取って返し火を止めて、ポットにお湯を注ぐ。ああそうだ、今度は濃くなり過ぎないようにしないといけない。

「遠出が決まってんだから、今のうちに暇を見てあちこち行っといた方がいいじゃねえか」

「何かそれ、身辺整理してるみたいですね」

「縁起でもねえこと言うなよ……」

 ポットを持ってテーブルに戻り、食事を開始する。ハーブティはざっくり一分少々待ってから、それぞれのカップに注ぎ入れた。……うむ、柔らかい黄色。前の濃い黄緑とは違うから、今回は大丈夫そうだ。

「まあ、先生のところには行く予定ではありましたけど」

「だろ。俺もレピスに用事あるしよ」

「レピスに?」

 レピスはアシメニオス最南端の街で、アルマへの定期船が出ている。前にアルマへ行った時にも立ち寄った街だ。観光地でもあるから、魔物の類も注意深く討伐されているし、それほど傭兵の仕事があるようには思えないけれど。

 どういうことなのかと問う代わりに、ヴィゴさんへ目を向ける。

「あー……なんつーか、多分あんま気分のいい話じゃねえんだけどな」

「話したくないなら、突っ込んで聞きはしませんけど」

「いやまあ、そういう訳じゃねえ。……エルフんとこの戦いで、敵に寝返った奴がいる、って話したろ」

「ええ、ああ、はい。そう言えば」

 戦況が突然不利に傾いた――第二の結界の中に敵が出現した、主要因だったっけか。あの件については、終ぞ詳しく知らずに来てしまった。

「裏切った奴は、ケーブスンでも評判のいい傭兵だった。真面目で腕が立つ。そんなのがなんで裏切ったのか、不思議だったんだよ。だから、ケーブスンのギルド長に素性を訊いた」

 そこで一旦、ヴィゴさんは言葉を切った。大きなカップを持ち上げて、一口ハーブティを飲む。

「で、粗方の事情が分かった。奴にゃあ、病弱な娘がいるんだと。嫁は娘を産む時に死んでて、独りで育ててきたらしい」

 そこまで言われて、ピンときた。

「その傭兵の人は、癒しの泉が目的だったんですか」

「そういうこった。アルマの、あの館にも何度も行ってたらしい。お陰で五歳まで生きられるか分からねえって言われてた娘も、今年七歳になった。――が、いよいよアルマの泉じゃ足りなくなってきて、寝込みがちになってきたんだとよ」

 そうなった時、父である傭兵はどれだけ動揺したことだろう。必死で繋いできた娘の命。どうすれば喪わずにいられるのか、どうしたら繋ぎ止められるのか。

「だから、乗ったんじゃねえかと思う訳だ。アルマの泉よりももっと強い癒しの力を持つ泉がある、なんて言われたらよ」

 しんみりとした声で言われて、私も黙りこくる。そんな事情があったなら仕方ない、なんて軽く言えはしないけれど、それでも胸に残るものは少なからずある。まだ熱いハーブティを啜ってみせるくらいしか、返せる反応がなかった。

「が、結果として組した陣営は敗走、自分は戦死なんてなってりゃ、世話ねえよ。……そりゃ、気持ちは分からなくもねえけどな」

「……で、その娘さんがレピスにいると?」

「って話だ。奴はそこまでケーブスンに入り浸ってた訳じゃねえから、あんま詳しい話は聞けなかった」

「まあ、実際に現地に行ってみれば、どうとでも探しようはありますしね」

「そういうこった。つーことで、アルマ行く時はちと寄り道してって良いか?」

「もちろん。急ぐ旅でもないですし」

 答えながら、何とはなしに思う。

 多分、ヴィゴさんは件の傭兵の人と実際に戦場で顔を合わせたか、或いは直接戦ったのだろう。だからこそ、ここまで気に掛け――わざわざアルサアル王に乞うて、癒しの水をもらったに違いない。癒しの水を届けることに異存はないけれど、厄介なことにならないよう祈るばかりだ。まかり間違っても、仇だなんて思われたりしないように。

 それからは、のんびりと旅の予定やら世間話をしながら食事に勤しんだ。味のよく浸みた根菜とベーコンのポトフ、白パンにマッシュポテトとひき肉のクロケット……。大変美味しゅうございました。

 因みに、今日は食後のデザートも用意してある。用意してあるというか、昨日のヴィゴさんの誕生日に合わせて作ったケーキの残りだ。マリフェンでまた冬季新作のケーキが出てたから、本当は個人的な欲望も兼ねてそれを買ってこようと思っていたのだけど、「前に作ってくれるっつったろ」との強い主張を受けて、あえなく自作する羽目になったのである。全くもって無念。

 そのケーキの残りを出してきたら、ついでにお茶も淹れ直さなければならない。となると、机の上を片づけてしまった方がいい。手早く食器を重ね、食堂に返してこようと腰を浮かすと、

「ちょい待ち」

 何故か、ストップがかかった。

 はい? と持ち上げた腰をそのまま椅子に落とすと、ヴィゴさんは何やらそわそわと落ち着かない様子で首筋を掻いている。はて、何ぞや。首を傾げていると、おもむろに深呼吸をし、

「その、なんだ、お前に渡しとくもんがある」

 突き出されたのは、緩く握られた拳だった。

 渡しておくものが、と言うからには、何かくれるのだろう。訳が分からないなりに手を出すと、掌の上にころりと軽いものが落ちてきた。手を引き寄せ、改めて見てみると――

「……指輪?」

 細い銀のリング。立体的な台座は花を模していて、その中央には青く光る白い輝石が嵌め込まれていた。一枚一枚精緻な彫刻で形作られた花弁の細やかさも、揺らめく炎のように多彩な表情を見せる輝石の美しさも、未だかつて見たことがないほどに見事だ。どう考えたって、安価なものであるはずがない。

「これ、どうしたんですか? っていうか、え、私に?」

 呆気に取られて問い掛けると、ヴィゴさんはむっすりと頷く。

「前に氷晶花取りに行ったこと、あったろ。そん時に腕のいい細工師と知り合いになって、何やかんやあってもらった。から、値段とかは気にしねえでいい。俺も知らねえし」

「それは、まあ……確かに、気は楽になるっちゃなりますけど」

 何で、という疑問は消えない。氷晶花を採りに行ったのは、夏の盛りの前だ。軽く半年近く前。それを今になって私にくれる、という。私からすれば、もらう理由もないのに。誕生日はむしろヴィゴさんの方だし。昨日だけど。

「だからって、なんで今くれるんです?」

「細工ができたのがついこの前で、後は単にいい機会がなかったっつーか……。こっち戻ってきても、何だかんだ忙しかったじゃねえか。ずっと渡す時を見計らってたんだよ。物が物だけに、渡しとくなら早い方がいいからな」

「はい? どういうことです?」

 いよいよ分からない。渡すなら早い方がいい指輪って、どんなのだ。

「あー、エルフの報酬で、俺は何かもらう代わりに手持ちの装備を改良してもらうっつったろ」

「ああ、そんな話してましたね。……とすると、これが?」

「おうよ。『門』にしてもらった。台座が花になってるだろ? その花弁に関連付けて登録したもんが、『門』の術式を通じて呼び出される。今は俺しか登録してねえけど、他にもいろいろ登録しといたら、なんかあっても多少は凌げるだろ」

 あっさり言われた言葉に、今度こそ目も口もぽっかり開いた。唖然とする私を見て、今度はヴィゴさんが首を傾げる。しかも「どうした?」とか言いよって。何なの、その反応は……。自分を登録とか、どういうことなの……。

 驚くやら呆れるやら、様々な感情が胸の内で渦巻いたものの、結局「ああ、こういう人だった」と思うと反論する気も失せてしまう。

「……いーえ、別に何でも。ただ、絶大過ぎる信用を寄せてもらって、責任に身が引き締まる思いがしただけです」

「絶大過ぎるって、そうか? お前、そうやっといたって本当に自分が死ぬかどうかの瀬戸際にでもなんねえ限り使わねえだろ。俺はそれが回避できりゃいいから、別にお互い損はねえじゃねえか」

 それはそうだけども、言われなくてもそうするつもりだけれども、それでいいのかという気がひしひしとする。何しろ「門」による召喚って、それこそ召喚者が好き勝手に、被召喚者の都合や意思もお構いなしに呼び出せるってことだ。そんな権利を託されるって、責任重大すぎる。

「それに、北に行ったらもっと何が起こるか分かんねえしよ。手は打っとくに越したこたねえぜ。少なくとも、これで分断されて各個撃破は防げる訳だ」

「うーん……まあ、それもそうですね。……じゃ、ありがたく頂きます」

 つまり、指輪と言えど一種のアミュレットな訳だ。細かいことは気にせず、上手く使わせてもらった方がいいのだろう。しかし、まあ……

「誕生日だったのはヴィゴさんなのに、私の方がとんでもないプレゼントもらっちゃった感じですね」

「俺は充分もらったぞ。ケーキ作って食わしてもらって、守りの飾りももらったしな」

「全くもって、全然少しも、つり合いが取れてないと思いますけど……! ほんと、そんなに喜んでもらえるなら、ケーキくらい、いつでも作りますよ。ていうか、ヴィゴさんてそんな甘いもの好きでしたっけ?」

「んにゃ、普通だな。好きでも嫌いでもねえ。でも、作ってくれんなら食う」

「何ですか、それ」

 とは言え、そう言われて悪い気はしない。自分の作ったものを好んでもらえるのは、単純に嬉しい。

「ま、とっとと課題終わらせて、またケーキ作って、アルマに出掛けますか」

「おうともよ」

 それで、会話は一時お開きになった。すっかり滞っていた、食後のお茶の用意をしなければならない。

 折角だから仕事は分担することにして、私はお茶とケーキの用意をし、ヴィゴさんは食器を返してくることに決まった。私が再びお茶の用意を始める傍らで、重ねたお盆へ器用に二人分の食器載せたヴィゴさんが部屋の扉を開け放つ。うわ、寒い。滑りこんでくる冷気が、自然と背筋を震わせた。

 早く閉まらないかな、という確認と催促を兼ねて振り向いて見れば、ふと壁のカレンダーが目に入る。ああ、もう今年も本当に後わずかだ。

「ヴィゴさん」

「んあ?」

 思わず呼び止めれば、肩越しに振り返る橙の眼。少し早いですけど、と断ってから、笑ってみせた。

「今年はとてもお世話になりました。来年も、また宜しくお願いします」

「おう、こっちこそ宜しく頼むわ」

 ヴィゴさんはにかりと破顔して答えたかと思うと、ひらひら手を振って廊下に出ていく。いつものように、これまでと同じように。

 ぱたん、と締まる扉の音を聞きながら、おもむろに思う。あの人は変わらない。戦場にいても、私の部屋にいても、同じように見える。たぶん、それは変わる必要がないからだ。一貫してきちんとした「自分」を持っているから、状況に振り回されずに、的確な行動を取ることができる。

 それを、素直に羨ましいと思う。そうやって羨まずにはいられない私は、夏から少しは成長できているのだろうか。……できていればいい、と思う。

 冬が過ぎて、春が来れば、きっとまた私達は面倒な騒ぎに巻き込まれる。その時までには、わずかなりとも足手まといから進歩していたいし――否、していなければいけない。そうでなければ、あれだけ無茶をした意味もなくなってしまう。

「なんて言えば、またお説教されるんだろうけど」

 だからと言って、撤回する気もないのだけれど。何を言われたとしたって、あちらが大事にしてくれるように、こちらだって力になりたいのだから。だからこそ、頑張ろう、と思う。

 この街に来た時に思っていた、何となく宮廷魔術師を目指すような、漠然とした目的ではなく。知識を増やすだけでなく、知恵を深められるように。そして、いつか人の役に立てるように。

 ……でも、まあ、今はちょっとだけ小休止。今この時の少しくらい、気を抜いたって許されるだろう。

 扉の向こうから、階段を上がる足音が聞こえてくる。お茶を淹れて、ケーキを出したら――さて、今度はどんな話をしよう。指輪を嵌める指でも決めてもらおうか。そう言ったら、あの人はどんな顔をするだろう。

 少しだけ笑って、私は開く扉に向かって声をかけた。

「お帰りなさい、デザートの準備はできてますよ」

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