表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
87/99

20:審判の日-02

 王都に帰還してから、早いもので一週間。恐れていた日がやってきた。

 ――騎士団本部への、召喚である。

 呼び出されたのは私、ヴィゴさん、バルナバーシュさん、それから先生。こっそり動向をお願いしようと思っていた先生にまでお呼びがかかるとは、ラファエルさん辺りから報告でも上がっていたのかもしれない。バルドゥルさんが含まれていなかったのは、一連の事件に関わった理由に侯爵の存在があったからではないかと思う。

 かくして私たちが連れて行かれたのは、騎士団本部大会議室。とは言え、入室しての印象は議事堂やら裁判所に近い。騎士団のお歴々に、見るからに貴族然とした人々――騎士団の揃いの制服は着ていなかったので、王城からの派遣か――が高い位置に据えられた座席からずらりと見下ろしており、私達に与えられたのは一等低い床の椅子だけ。ご丁寧に、あちらとこちらは柵で分断されている。気分はさながら弁明に立つ被告人だ。

 そんな威圧感しか感じられない会場で、洗いざらい情報を吐かされた。どういった経緯で事件に関わることになり、その中で何をして、何を知ったのか。私が北の悪神の興味を引いてしまったこと、その為に王都で襲撃を受けたことなんて、黙っておきたいこと以外の何物でもないのに、あっさり喋らされてしまった。

 隠しきれたことと言えば、デュナン講師から禁書を借り受けたこと、それから私の素性くらいのものだ。正直に言えば、後者はともかく前者は無理だろうと思っていた。親切にしてくれた講師に迷惑をかけてしまうのは、多少どころか物凄く申し訳なくて、よじ切れるかと心配になるほど胃を痛める羽目になったのだけれど。

 結論から言うと、またしても先生のお陰だ。

 なんでも、先生の家――ソイカ家は、元を辿ればラビヌの滅亡に伴い、アシメニオスに亡命してきた一族なのだという。ソイカ家は当時から王に仕える人形師の家系であり、ラビヌの国が技術を結集して編み出した死霊傀儡の知識と技術を、万が一の時に備えて絶やされることのないようにと密命を受けていたのだそうだ。後で聞いた話だけれど、デュナン講師の禁書もソイカ家から譲られたものらしい。

 因みに、私の素性については、まあ、単に訊かれなかっただけということもある。侯爵が私に接触する前から知っていたくらいだし、騎士団の上層部だって知っていておかしくない。代わりに、何故人形遣いが執拗に私を狙ったのか、そこを訊かれた。

 それすなわち、あの主従の歪な関係そのものでもある。

「――まだ、推測の域を出ないのですが。おそらく、北の神は既にある程度の活動が可能な状態なのだと思います」

 そう言うと、周囲がざわっとした。そんな馬鹿な、とか怒号めいた声が飛び交うも、騎士団長――初めの名乗りによると、ランベール・ヴォーコルベイユ卿というそうだ――の一喝で再び静寂が戻る。

 それを待ってから、話を続けた。

「他でもない人形遣いが、ソノルン樹海の戦いの中で何度か彼の神の断片を召喚して利用していました。断片とは言え、危うく戦況を引っくり返すほどの力。北の神は、現時点でも一定以上の脅威です」

 一旦言葉を切ると、「全くだ」と低く同意する声が聞こえた。

 白髪交じりの屈強な騎士。騎士団でも古参の猛者で、確か……レオンス・ランヴァン卿。

「聞きたくない言葉を跳ね除けるのは容易だ。だが、これらは現場で実際に戦ってきたものの言葉。一考どころでない価値がある。その姿や身分に気を取られ、訊く耳持たんのは国に害なす愚昧だ」

 寸前まで騒いでいた人をあてこするような物言いに、うっかり笑ってしまいそうになって慌てて堪える。その様子をレオンス卿は見ていたのか、私に向かってニヤリとしてみせた。いやだなあ、何でしょうね、その表情は。私は何も思ってないし、何もしていませんとも。

 こほん、と空咳。

「そして、彼女自身が彼の神の手管によって、その軍門に降っています。彼女の言葉の端々から察するに、降ったのはそう古いことではないはず。そもそも彼女の『招かれ人』という申告に間違いがなければ、関わり合いになるような立場でもなかったでしょう。善き家族に恵まれ、幸運の下に育つ……その、はずだった」

 はずだった? と疑問を呈したのは、騎士団の制服を身に纏ってはいない女性だ。眼鏡をかけた、いかにも怜悧な面差し。

「少々話が前後しますが、彼女は自分の居場所というものに固執しています。二度それを奪われた、というのが主たる理由のようで。――一度目は、この大陸に生まれる前。その時の家族は相当ひどいものだったようで、彼女は家族に殺されたと推測されます。そして、二度目。この大陸で生まれた時は……彼女は直接言葉にはしませんでしたが、善い家族に恵まれたようです。しかし、それが突如豹変した。狂った、と彼女は言いました」

 そこまで言うと、「それはおかしいね」と柔らかな声が上がった。視線を向けるまでもなく分かる、ルラーキ侯爵。

「『招かれ人』は世界の恩寵を受ける。その家族は狂うはずがない。――となれば、」

 先を促すように、侯爵が言葉を切る。それに頷いて見せてから、続けた。

「北の神が何らかの手段をもって、人形遣いの家族を突如狂わせ、彼女を襲わせた。ここからは更に想像の占める度合いが大きくなりますが、その惨劇の中で彼の神が接触を図ったのだと思われます。彼女は実の父を殺したと言っていました。父を殺した彼女を甘い言葉で誘ったのか、助ける振りをして殺害を唆したのか……。いずれにしろ、それで彼女は居場所も、逃げ道も失った」

「北の神の手に落ちた、という訳だね」

「おそらくは。……彼女も、自分の主が自分を陥れた可能性を考えていない訳ではないようでした。けれど、今の彼女にとっては彼の神が全てです。疑えども、離反するには遠く至らない。だからこそ、彼女は三度居場所を失うことを厭い、自分の立場に取って代わり得るもの――つまり、私を排除したがった。そういう次第です」

 言葉を切ると、さっき疑問を口にした眼鏡の女性が、頭の痛そうな表情でこめかみを押さえるのが見えた。ため息もセットだ。まあね、そりゃあ、そんな表情にもなる面倒な状況でしょうとも。何たって、あちらときたら話し合いが全然できないのである。

「それから、北の神の――人形遣いが思っている北の神の目的は、大陸を平らげることだそうです。その為に彼の神の復活を目論んでおり、それはアシメニオスの森のエルフが利用できなくとも他に術があるとも」

 そこまで述べると、あちこちから重苦しいため息が聞こえた。

 国を守る人たちにすれば、とんだ災難だろう。下手をすれば、二千年前の戦乱の再来だ。

「……キオノエイデとエードラム教本部へ、特使を出さねばなるまい。北の悪神を打倒する同盟が必要だ。我が国だけで抱え込める問題ではない」

 呟いたのは、王城側と思しき身なりの良い老人だった。白いひげを蓄え、眉間に皺を寄せている。

「それから、北のエルフもだ。彼らは二千年前も重要な働きをしたと聞く。この際、アルマからも引っ張れるだけの援助を要請した方がいい」

「旧ラビヌ領への偵察も必要だ。彼の土地は呪われ、放棄地帯となって久しい。何が蔓延っているやも分からん。北の神を打ち倒すには、その喉元まで迫らねばならんのだから」

「であれば、そこの元騎士団長とやらを使えばよかろう。敵から寝返ったものなぞ、いつ再び裏切るとも知れぬ」

「そもそも、そのようなものを王都の中に引きいれている現状こそが――」

 あちらこちらで口々に主張が始まり、あっという間に会議室は喧騒に包まれる。それを静めたのも、また騎士団長だった。静粛に、と一言声を張るだけで、水を打ったように静まり返る。

「今は今後の方策を云々する場ではない。状況を正確に把握し、我々がどのような行動をとるべきかを図る指針を得る為のものだ」

 そう言って、騎士団長はじっと私を見下ろす。

「此度の諸君の働きは、我が国にとっても喜ばしいものだった。騎士団を代表して、礼を言う」

 その言葉に何と答えたものか分からず、一瞬迷った末に「恐縮です」とだけ返して頭を下げる。

「しかし、諸君に対し懸念が全くない訳でもない。我々はこの国を守る為にこそある。その理念に即し、今後何らかの要請を申し入れることもあるだろう。そのことは承知しておいてもらいたい」

「その要請を受け入れられるかどうかは、この場ではお答えしかねますが」

「もちろん、構わない。君は君の雇用している者に近しく、現実的な人となりと聞いている。君をうなずかせられるよう、我々としても努力しよう」

 今日は忙しいところ足労をかけた、と騎士団長は結び、それからは表面上異論も反論もなく、話し合いは終結を見た。

 列席した人たちが各々部屋を出ていく様を横目に、何とはなしに懐中時計を確認すると、九時過ぎに呼び出されたはずがいつの間にか十二時を回っている。こうなってみると、じくじくと胃を苛んでいた痛みやら不快感も、どこまで空腹でないのやら分からない。何せ、緊張して朝ご飯は喉を通らなかった。

 大きく息を吐いて、立ち上がる。私の椅子の背もたれの上に留まっていた小鳥のイロン――先生との通信は話し合いの終了をもって途切れた――は、いつも通り私の頭の上に収まった。いい加減他の場所にしてくれんかなと思って止まないのだけれど、どうにも聞き入れてくれない。人徳の差だろうか。

 一抹の空しさを抱きつつ左右を見れば、バルナバーシュさんはさすがの余裕ぶりである一方、ヴィゴさんは萎れたような疲れ顔だった。思わず笑ってしまう。

「お昼ご飯食べながら帰りますか」

「おー、賛成。つっても、お前飯食えんの?」

「心配無用、食物を摂取して魔力に変換する機構がある」

「何それすごい」

 他愛ない会話を交わしつつ、出口へと向かう。

「俺もご一緒して構わんかね」

 すると、太い声に呼び止められた。

 はっとして振り返った先には、柵を乗り越えてくる大柄な体躯の騎士。歳は五十半ばほどか、豊かな金髪は白い部分の方が多いくらいだ。

「レオンス卿」

「何、そう警戒するな。取って食おうと言う訳じゃない。ラファエル・デュランベルジェに騎士の剣を叩き込んだのは俺だ。あの坊主の妹弟子とかいうのに、興味が沸いてな」

 私達は顔を見合わせる。沈黙すること十数秒、答えは――


「お前さんの処遇については、三日ばかり揉めたな」

「ああ、やっぱり」

 レオンス卿の案内で昼食を取ることになったのは、騎士団本部から少し離れた大衆食堂だった。騎士といえば相応に身分の高い人がなるものだから、良くも悪くも意外な選択だ。しかも、顔馴染みであるらしい。レオンス卿の姿をみとめた店主はこちらから注文せずとも、大量の皿を持ってきてくれた。

 カモ肉とシリズ豆の煮込み、オノフ芋とベーコンのタッシェンチーズグラタン、蒸し野菜のチーズがけ、ほうれん草と玉葱のキッシュ、ポテトポタージュに鶏の丸焼き。加えてバゲットが二本。大きなテーブルを占領する料理の数々は香しい匂いを漂わせ、口の中に唾が湧いてくる。……けれど、けれどだ。

 何と言うことでしょう、全員で六皿ではないのだ。一人六皿。どう見ても多過ぎる。カロリー過多だ、今度は物理的に胃袋が裂ける……!

 料理の到着をもって開始された会話の傍ら、私はひっそりと隣のヴィゴさんの前に食べきれる気がしないバゲットの一本と半分を押しやりながら、真正面のレオンス卿に頷いてみせた。

「北の神に目をつけられていること、元敵兵を配下に置いていること。槍玉に挙がったのは、まあ、主にこの二つだな。隔離と旧ラビヌ領への派遣の意見も多かったが、ルラーキ侯爵とラファエルを筆頭にした、あの家関係の一派が強硬に反発した」

 こちらが心配になるほど、レオンス卿はあっけらかんと喋っていく。そんなこと喋ってしまっていいんですか、と訊いてみれば、別に口止めはされていない、とどこ吹く風。大物だ……。

「それに、あからさまに邪険にすれば森のエルフの面子を潰す。ルミールとザハリアーシュ・ソイカの親子の進言もあって、隔離・派遣派は論拠が弱かった。そこが決め手になったな」

 ルミール・ソイカ氏とザハリーアシュ・ソイカ氏は先生のお父さんとお兄さんで、お二人とも宮廷魔術師をしている。特にルミール・ソイカ氏は宮廷魔術師でも五本の指に入るほど長く仕えていて、王の信頼も篤い人らしい。

 ソイカ家であるからには、そのお二方も人形には詳しい。先日バルナバーシュさんの調査に来られて、その結果、再離反の危険性は限りなく低いとお墨付きをもらうことができたのだ。その時に改めて説明を頂いたのだけれど、やっぱり真名を掴んでいるというのは段違いの支配力を発揮するらしい。

 ともかく、その経緯については騎士団と王城にも報告が上がっている。まあ、それでもその評価を信じきれないひとは、さっきの会議室みたいに言うのだけれども。

「お陰様で、しばらくは放っておいて頂けると」

「そういうことだ。さすがに監視の類までは逃れられんだろうが。……おい、さっきから隣に渡してばかりだが、食わんのか?」

 ぎゃふん、カモ肉と豆の煮込みを押しやっていたのがバレた。

「いえ、私には少し量が多過ぎますので。ともかく、騎士団長のお言葉から察するに、最終的には騎士団の意向で動くことになるんですよね?」

 騎士団長はとても婉曲な言い方をしていたけれど、あれは要するに「お前たちが国にとって不利益になる可能性は消えていないので、今後その対策として何らかの要請をすることを覚悟して欲しい」ということだ。あの人が言う懸念とはつまり、私が北の神に目をつけられていることとか、人形遣いに狙われていることとか、バルナバーシュさんの立ち位置に他ならないのだし。仄めかされた「要請」が騎士団監視下での軟禁とか、国外退去でないことを祈るばかりだ。

「まあ、依頼という体裁は整えるらしいがな。北のエルフへの特使に立つか、キオノエイデに技術供与の為出張するか。その辺りが落としどころだろう」

「あ、そうなんですか。それだったら想像していた最悪のパターンよりは随分マシですけど……結局は平穏な学生生活なんてまだまだ遠いってことですね……」

「冬が来れば、北方は雪に閉ざされる。そうなれば俺たちもキオノエイデも、春になるまでは動けん。雪解けまでは、お望み通り平穏に過ごせるだろうよ」

「春まで……短い……」

 がっくりと肩を落として呻く。そんな私の向かいではレオンス卿は苦笑し、

「なあ、食わねえなら鶏くれ」

「キッシュは好みではないのか? 半分もらって構わないかね?」

 両脇では、食欲の権化が何か言っていた。

 ああ、もう――

「はいはい、お好きにどうぞ!」

「何だよ、そうカリカリすんなって。何言ったって遠出の予定が変わらねえなら、できるだけの準備して行くしかあんめえよ」

「そうだな。春までは貴重な猶予期間だ。装備を整えるも良し、己の不足を補うも良し」

「……話、ちゃんと聞いてたんですか」

「失礼だなお前。キッシュ一つくれ」

「ああ、心外だ。待て、それは私の取り分だ」

 緊張感が続かないったら!

「おい、人の飯を取るもんじゃない。追加なら注文しろ。――まあ、この調子で上手くやってくれ。そうすれば俺達も助かる」

 呆れたような笑顔で、レオンス卿は言う。それを受けて、私は思った。

 ――マジか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ