20:審判の日-01
ソノルン樹海は「命溢るる逆月の泉」を巡る戦闘が終結し、私も魔力の過剰消費による昏倒から目覚めた後。それからの日々は穏やかに、けれど、あっという間に過ぎて行った。
ローラディンさんの館の裏庭におけるヴィゴさんとの対話を経て、私が真っ先に行ったのはバルナバーシュさんの捜索と引き取りだ。居場所自体は、ローラディンさんに尋ねてすぐに判明した。懸念通り、第一結界の強行突破を試みていたとして、里の兵に捕縛されたのだという。魔力の反応から私の支配下にある人形だとは判明したものの、元を正せば泉を攻めた軍勢の一員に他ならない。当の管理者――つまり私が回収に来られない状況もあり、里の外に即席の檻を作って拘禁せざるを得なかったとか。
そうと聞いて慌てて救出に向かった私を、バルナバーシュさんはほっとした表情で迎えてくれた。
「良かった、無事に目覚めたのだな。長く寝込んでいるとは聞かされていたから、心配していた」
「いえ、こちらこそお迎えが遅くなってしまってすみません」
「何の、妥当な判断だ。気にしてもらうことはない」
かくしてバルナバーシュさんを引き取ってからは再びローラディンさんの館に戻り、戦後処理に努めた。人形遣いの操る術については、一応報告する……というか、エルフ陣営とも情報を共有しておいた方がいい。その方が明確な対策が立てられるし、いつまた再攻撃が仕掛けられるかも定かでない。
これにはアクィラを通して、先生にも協力をお願いした。ありがたいことにそのお願い自体は快く引き受けてもらえたのだけれど、目覚めて最初の通信では大変に長い、凄まじく長すぎる理詰めのお説教を頂いてしまい、軽いトラウマを作る羽目になった。どれくらい長かったかと言えば、冗談でなくそれだけで一日が終わったくらいだ。とは言え、これについてはほぼ全面的に私に非がある為、反論も何もできない。本当、二度目なんて死んでも御免だ。本当、これからは自重しよう。危ない橋なんて渡らないようにしよう。
そんなゴタゴタもありつつ、私と先生はエルフの技術者集団との会合を重ねた。その合間を縫ってバルドゥルさんと再会した――エルフの兵達と最後まで泉を守る結界の際で、敵を押し返していてくれたそうだ――り、イジドールさんの様子を見に行った――特に被害もなく、今では戦いが終わって物入りになったエルフを相手にいい商売をしているらしい――りもした。ラファエルさんは騎士団への報告があるとかで、私が寝込んでいる間に帰ってしまったらしい。
先生の語るところによると、ラファエルさんは敵の軍勢の中でも主力と言える、元ラビヌ騎士団の精鋭たちを用いた死霊傀儡を一人で全て引き受けてくれていたそうだ。その数は十余り。バルナバーシュさんのような自我こそなかったものの、有象無象の屍とは格の違う相手だったそうで、あれらに攻め込まれていたら泉はどうなっていたか分からないくらい凄まじい戦闘だったとか。
さすがに一言何か伝えたかった、と零すと、
「何、王都に戻れば嫌でも顔を合わせるさ。騎士団や王城でも、今回の件にまつわる情報は喉から手が出るほど欲しいはず。ラファエルを派遣しているとはいえ、それだけでは片手落ちだ。召喚は免れまい」
「げっ! ……うーん、やっぱり見逃してなんてもらえないですよね」
「国の命運に関わらないとも限らんのでは、あちらも目は瞑れんだろう」
もっともながら気の重くなる言葉に、ため息が出る。
「せめて、余り長くかからないことを祈りますよ……」
「折角だ、こちらで判明したことも併せて伝えておいた方がいいだろう。召喚の際にはアクィラ……は少し大きすぎるか。王都に戻り次第、イロン――壊れた鳥を修復してくれ。ユベールを頼れば、すぐにできるはずだ」
「何から何まで、ありがとうございます……」
騎士団とか王城の御偉方とか、何というか海千山千なイメージだ。そんな人たちになんて、太刀打ちできる気すらしない。先生が同行してくれるというなら、それに縋らない手はなかった。
そうして粗方の事後処理が終わり、気付けば十一月も終わりに差し掛かったある日。
私とヴィゴさんはローラディンさんを介して、アルサアル王からの呼び出しを受けた。何事かと首を捻りつつ二人で王の館を訪ねてみれば、何のことはない報酬の話だった。すっかり忘れていたけれど、私とヴィゴさん、それからバルドゥルさんはケーブスンの傭兵ギルドで依頼を受けた訳ではない。ここで報酬を受け取らないでいようものなら、危うくとんでもないタダ働きになるところだった。
思い出してみれば、先日「残りの依頼の後始末があるので、先に帰る」と言って王都に向けて出立したバルドゥルさんも、里を離れる前には王を訪ねていたっけ。
私と先生の戦後処理、すなわち人形遣いの術に対する対策会議が一定の終結を見たとしても、全てが同じように順調な訳ではない。特に、森へ戦いに出ていた戦士たちの被害は凄惨の一言に尽きる。ケーブスンに戻れない程ひどい傷を負った傭兵も少なくなく、元々あった小さな治療院では収まりきらず、あぶれた多数の負傷者は広場で分厚い敷布の上に寝かされている始末だ。お陰で、里は未だ喧騒に包まれている。王の居館でさえ、多数の人が出入りして慌ただしい風だった。
そんな中、私とヴィゴさんは玉座の間へと案内された。
「ああ、ライゼルとヴィゴですね。足労をお掛けしました」
柔らかな光の満ちる部屋の中、私達を迎えた玉座の王は常と変わらず麗しい。けれど、その面差しには見間違いでない疲れが滲んでいた。
「本来ならば、私が訪ねるべきなのでしょうが……」
「いえ、私もちょうど手が空いたところでしたし」
お気になさらず、と頭を振って見せると、王は少しだけ目元を和ませる。
「ありがとうございます。用件については、もう先触れを?」
「あ、はい。先ほどお聞きしました。報酬の件だとか……?」
「ええ、あなた方にも相応しい礼をせねばなりません。望みは何かありますか?」
望み、と鸚鵡返しに呟いて、はたと悩む。報酬を受け取らねばならないことを忘れていたくらいだから、目当てのものが思い浮かんでいるはずもなかった。
「ええと、すみません……即座には浮かばないんですけれども」
「そうですか? あなたに貸していた、あの弓でも構わないのですよ」
あっさりと言われて、目が見開く。いや、そんな、あれは三代前のエルフ王が見出したとかいう秘蔵の一張りだったんじゃあ!?
「いえ、そんな結構です!」
「遠慮することはないのですよ」
「や、その、遠慮とかではなく……評価していないとか、侮辱する意図は、もちろんないのですけれど。あの弓を使ってると、多分腕自体はどんどん落ちていってしまうと思うんです。必ず中ててくれる弓は素晴らしいものですけれど、弓に頼った射方をするのでは、あの弓がなければ何もできなくなってしまう」
言葉を選びながら答えると、アルサアル王はゆるく目を見開かせ、柔らかに笑んだ。
「なるほど、では宝物庫から一張りお好きな弓をお選びなさい。それからエルフの通貨にはなりますが、金貨を一袋。珍しい宝石もお付けしましょうか」
「そ、そんなに宜しいんですか!?」
「もちろんです。以前お渡しした印も、そのままお持ちなさい。この森のエルフと友好を結んだ証となります。山のエルフや砂漠のエルフと会うことがあれば、多少なりとも便宜を図ってもらえるでしょう」
以上で宜しいですか、と問い掛ける王に、半ば呆然としながら頷き返す。にこりと笑んだ王は、次いでヴィゴさんへと視線を転じた。ローラディンさんの館を出た時から、ずっと黙って何か考え込んでいる風の人に。
「ヴィゴ、あなたは望みがありますか」
「……癒しの泉の水を、一瓶。小瓶で構わねえし、下手に広まるような使い方はしねえと約束するんで、それを貰い受けてえ」
何故、と思ったのは私だけだったか、それとも王も同じか。王はゆっくり一度瞬きをすると、
「誰が必要としているのです?」
「誰っつーか、多分、必要としてる奴がいるんじゃねえかと思う。もしかしたら、必要じゃねえのかも。そこはこれからちと探ってみねえことには、何とも言えねえな」
ヴィゴさんには珍しい、ひどく曖昧な語り口だった。アルサアル王はごく短い間ヴィゴさんを見詰めていたものの、それ以上何を問うでもなく頷いて見せる。
「良いでしょう。泉の水を一瓶に、金貨も二袋お付けしましょう。それから、ライゼルに同行して宝物庫から一つお持ちなさい。あなたは守りの飾りでも持つべきです」
そこで一度言葉を切ると、王は手元に置いていたベルをちりんと鳴らせた。すると、部屋の陰から一人のエルフが歩み出てくる。見覚えのある顔は――そうだ、ラファエルさんとこの館を訪ねた時に王の背後に控えていた男性のエルフ。
この人が案内役だろうか。横目にちらりと見ていると、「ライゼル、ヴィゴ」と名前が呼ばれる。内心慌てて視線を戻すと、アルサアル王が音もなく立ち上がり、疲れを滲ませながらも凛と美しい佇まいで口を開くのが目に入った。
「此度の戦いにおいて、あなた方の働きは大変素晴らしい、なくてはならないものでした。我が里は、そのことを忘れることはないでしょう」
玲瓏と述べる王へ、私は無言で頭を下げる。これで会談も終わりなのだと、告げられるまでもなく分かっていた。
「ヨフレッド、お二方を宝物庫へ」
王からの指示を受けた男性は無言で首を垂れると、目線だけで私たちについてくるよう促す。粛々と玉座の間を退出し、未だ騒がしさの気配の残る廊下を歩くこと暫し。
ヨフレッドさんが足を止めたのは、重厚を通り越して堅牢といった感すらある扉の前だった。いかにも堅そうな木の扉には、金属で厳重な補強が施されている。しかも、驚くべきことに扉には鍵穴がない。どうするのだろう、と首を捻れば、ヨフレッドさんがおもむろに右手を上げて扉に掌を押し当てる。
「……わ、開いた」
そして、軋む音の一つもなく、あっさりと扉は内側へと向かって開け放たれたのである。全く驚きだ。
ヨフレッドさんが宝物庫の中へ進んでいくのに倣って、呆気に取られながらも足を踏み入れる。室内にはそれそのものが美術品のような棚が据えられ、数えきれないほどの物品が整然と並べられている。眩いばかりに輝く宝石や、艶やかに煌めく銀の飾りやら……何だか目眩がしてきそうだ。
「弓はその棚にある」
ぽつりと言われて目を向ければ、ヨフレッドさんは部屋の奥の棚を指差していた。
「どんなものがあるんですか?」
「射た矢に火を纏わせるもの、命中したものを凍てつかせるもの……色々とあるが」
「それはまた豪勢な……。ううん、普通――って言うのも変ですけど、特にそういった特殊効果がないものってあります?」
「なんだ、そういうのは要らねえのか?」
後ろからついてくるヴィゴさんが言うので、肩をすくめて見せる。
「あんまり一芸に特化しすぎると、いざというとき選択肢が狭まるんじゃないかと思いまして」
「……では、これはどうだ。術式を矢に替えて放つことができる。上手く使えば、治癒術式を遠方の相手に届けることも、離れた場所にいる者を結界で守ることもできる」
言いながら、ヨフレッドさんが一張りの弓を棚から取り上げる。
磨き上げた鋼に似た光沢を持つ細身の弓で、表面には細かな文字が彫り込まれていた。文字の端々には赤や青の小さな石が埋め込まれており、おそらくそれらが術式――魔力を矢に変換する機構なのだろう。差し出されたので手に取ってみると、意外に軽い。
「銘は『響み彼方』、軽いが頑丈だ。多様性を求めるならば、これが相応しいと思うが」
「確かに、使い方次第ですごく戦術の幅を広げられるかも……。では、これを頂きます」
「承知した」
浅く頷くと、ヨフレッドさんはヴィゴさんへ目を向ける。
「貴殿は如何する。王は守りの飾りをと仰せだが」
「別に必要だとも思わねえしなあ。……それよか、今持ってる装備を改良してもらいてえ。今は手元にねえ奴なんだけどよ」
今持ってる装備の改良。その言葉には、思わず聞き耳を立ててしまった。
最後の戦いで鎖の千切れた――というか、千切られた「碧の女帝」のアミュレットは、既に鎖を新しいものに替えてあるし、元々壊れてもいない。というか、恋人たちの石の飾りにしても、両方今身に着けている。となると、また別の何かなんだろうか。……気になる。何だろう。
「どのような?」
「あー、んん……見せた方が早えから、一度戻って持ってきていいか?」
なのに、私がめっちゃ耳を澄ませているというのに、ヴィゴさんときたら訳の分からない物言いでお茶を濁しに来るのである! おのれ、何だその曖昧な物言いは! 言うより見せる方が早い装備ってどんなだ! 表向き興味ない振りをしているだけに口には出せないけれど、もやもや感が半端ない。
こうなったらヨフレッドさんに細かく突っ込んで頂きたかったというのに、そんな私の内実を知る由もない御仁は、疑問を呈すでもなく短く考え込むような素振りを見せただけだった。
「念の為、王にお伺いせねばなるまいが……否とは仰るまい。委細は後で聞こう。門番には伝えておく故、急ぎ戻ってきてくれ」
「あいよ、手間掛けんな。――つー訳で、俺はひとっ走りしてまたここに戻って来るわ」
その言葉の後半は、ヨフレッドさんではなく私に向けられたものだった。……ううむ、完全に何一つ分からないまま別行動をする流れになってしまった。残念だけど、仕方がない。後でそれとなく訊いて、教えてもらえそうだったら教えてもらおう。
「じゃ、私はちょっと広場に寄った後、館でバルナバーシュさんとイロンの修理に取り掛かってます」
そう話して、王の居館の前で私とヴィゴさんは別れた。また後でな、と残して地上までの長い階段をあっという間に駆け下りていったヴィゴさんは、まさしく風のようだった。どれだけ急いでるんだ……。
一抹のスッキリしない感じはあるものの、報酬は後で纏めて届けてもらえることになったので、帰り道を歩む足自体は軽い。ただ、それも広場に近付くまでの話だ。広場ではまだ多くの負傷者が横たわり、医者や衛生兵の人たちが入れ代わり立ち代わり忙しなく働いているのだ。広場の監督もローラディンさんの職務だとかで、負傷者の数に対して治癒魔術の術者が圧倒的に足りないとも、話に聞いてはいた。今までは私の仕事も忙しかったから、手伝う暇もなかったのだけれど。
広場の端には小さなテントが立てられ、今日も今日とてローラディンさんはそこに詰めている。呻く負傷者の間をおっかなびっくり通りつつ、テントに顔を出すと、
「ライゼルではないか! どうしたのだ?」
「いえ、どうかした訳じゃないんですけど。諸々片付いてきたので、何かお手伝いできることはないかなーと」
そう切り出した瞬間の、ローラディンさんの顔の輝きようたるや、思わず後ずさってしまったほど。
まさに猫の手も借りたい状況だったのだろう、どれくらい治癒魔術の心得があるか訊かれた後は現地に駆り出され、結局夜まで働き通す羽目になった。もっとも、学院できちんと習う前に王都で人形遣いが騒ぎを起こして講義が中断されたり、再開される前に王都を飛び出して来てしまったので、私にできることはそう多くない。なので、私にできることが終わってしまうと、今度はローラディンさんを先生に今現在求められている術式を片っ端から教え込まれることになったのだ。
「明日は今日よりも戦力に数えられるだろう。宜しく頼むぞ!」
終いには、そんなことを言われる始末である。
いい駒を見つけたとばかりに輝くローラディンさんの笑顔が眩しい。ふらりと立ち寄るなんて気まぐれを発揮してしまったばっかりに、完全なる治療要員になってしまった。いいところ探しをしてみるとすれば、治癒魔術講義の予習がかなり先取りしてできた、というところだろうか。そう考えると嬉しくない訳でもない、かな……。うん……。
因みに、くたくたになって広場から館に戻ると、あろうことかヴィゴさんの装備品の改修が数日かかるという衝撃の事実が明かされた。それを聞いた瞬間、更にいい笑顔になったローラディンさんの考えが如何なるものかなんて、火を見るよりも明らかだ。これは馬車馬ルートだまずいと悟った私はベルナバーシュさんの修理を言い訳に引きこもりを図ったものの、当の本人から「私の損傷よりも、負傷者の手当てを優先させるべきだ」という進言があり、あえなくフラグ回避には失敗した。
こうなってしまえば退路などあるはずもなく、私はひたすら広場で治癒魔術を振るい続ける羽目になったのだった。結局、エルフの里を発ち、ケーブスンを経由して王都に戻る頃には、十二月になっていた。




