18:命溢るる逆月の泉-06
はっとしたように一瞬私を見上げると、エレメイさんは「厚情痛み入る」と一層深々と頭を下げた。すると、頭の中にすうっと文字列が浮かんでくる。
――バルナバーシュ・セヴェルスルッツェ・シルハヴィー
決して敵に知られてはならない、これと定めた人にしか教えない、真の名前。こんな状況――戦場にあっては尚のこと、声に出して教えることはできない。もちろん、書いて伝えることも。となれば、それは必然の選択でもあった。
「バルナバーシュ・シルハヴィー、真名を以て主君とお迎えする。今この時より我が身命の果てるまで、二心なく忠を尽くすと誓約申し上げる」
膝を突き、頭を垂れて粛々と述べられる宣誓は、前の人生のいつかに見た絵画を思い起こさせた。
美しい女主君と、その目前で膝を突く若者。彼の肩へ、麗しの主君は長剣の峰を乗せている。――作者や題名は忘れてしまったけれど、騎士の叙勲にまつわる絵だったはずだ。
折角だ、私に仕えてくれると言うのだから。その絵の真似事をしてみるのも一興だろう。
震え出しそうな左手で、短剣を握り直す。刃を水平に倒して、エレメイ――いや、バルナバーシュさんの肩に切っ先を置いた。衣服越しに触れる剣を介して、魔力を注ぐ。彼の人を縛り、満たすものを押し流し、私のものに入れ替え、書き換えるイメージ。
開式、と術式開始の合図を呟くのは、あくまでも胸の中で。
「ライゼル・ハントの名を以て、汝の真名と誓約を容れる。今この時より汝は我が剣、我が眷属となり、何人も縛するに能わず」
唱えた瞬間、視界が暗転した。音のない、ただひたすらに暗い空間が目の前に広がる。
薄闇の真っ只中には、美しく削り整えられた紅い宝石が見えた。丸い表面は研磨するのではなく、無数の面に細かくカットすることによって演出され、内側に籠められた炎が燃え盛るにも似た輝きを、それぞれの面が鏡のように映し出している。それはひどく幻想的な、美しい姿ではあったのだけれど。
『……無粋だねえ』
思わず、ぽつと呟く。
紅の宝石の威容は、まとわりつく黒い荊で台無しにされていた。石は網のように絡みつく荊に締め上げられて軋み、皓々と輝く光は時折風に吹かれる火のように不安定に揺れる。惜しいな、と素直に思った。こんなにも美しいものを。
その思いに突き動かされて、紅い石へ手を伸ばす。距離の感覚はない。手を動かした実感も、視界に自分の手が映り込むこともなかったけれど、それでも荊の隙間から石に触れた感覚があった。つるりとした、滑らかな手触り。それでいて、とくとくと脈打つように小さく鼓動しているのが掌に伝わってくる。
『貴様は、本当に目障りだ。忌々しい』
不意に、吐き捨てる声。出所はよく分からない。そもそも、声の主の姿も見えない。感じられない。その代わりに、ぱしぱしと身体のあちこちの皮膚に弱い電気を浴びせられているような、かすかな痺れ。
『他人の駒を横取りするとは。全く獣に似合いの所業だ』
『駒、ねえ。そうやって人を真っ当に扱おうとしないから、見限られるんじゃないの』
答えながら、紅い石に魔力を注ぐ。比例して身体の痺れが強くなるのを感じたけれど、今はそれに構ってもいられない。敢えて無視して展開する術は、探索調査。最終的な目的は傀儡の術への干渉だとしても、解析しないことには始まらないのだから。
調査自体は、意外にも順調に進んでいく。けれど、厄介だと嘆きたいのも事実だった。バルナバーシュさんを支配する術の構築式は余りにも精密にして膨大で、この予想以上の分析速度をもってしても即座には終わらない。また、時間稼ぎが必要だ。
『それに、私は奪うんじゃない。所属を替えたいという要請を受けて、許可しただけ』
そう言った瞬間、びりりと一際強い痺れを感じた。一瞬、視界が明滅する。
反射的に顔をしかめてしまいながら、やはり、と思う。やっぱり、これは一種の防衛反応というか、人形遣いによる攻撃なのだろう。それにしては、これまでの対応に比べて手ぬるい感もしなくはないものの。
『盗人風情が詭弁を。……ふん。亡国の騎士などと言っても、主に逆らい、獣に媚びるのでは畜生以下だ。獣じみた貴様に相応のけだもの。そんなものを得たくらいで、私に勝ったなどと思わないことだ』
『負け惜しみなら、余所で愚痴ってくれない? ていうかさあ、盗人はどっちだっつの。魔石に亡骸に、どれだけ盗んできたのよ。それに詭弁だろうと何だろうと、そっちはもう部外者なんだから――って、ああもう、痛いなあ!』
人形遣いの敵意をそのまま反映しているらしい痺れは、いよいよ明確な痛みに変わりつつつつあった。腕をやられた時に比べればまだマシだとは言え、痛いことは痛い。うっかりすれば、涙が出てきそうだった。
『真名の譲渡をもって、バルナバーシュさんにまつわる支配権の一切は私に委ねられた! あんたは対応を間違えたんだよ。もう口出しする権利はない。それに、騎士ならまだ一人いるでしょ』
『あれはエレメイに劣る』
きっぱりと無情に切り捨てる声に、ついため息が漏れる。実際に吐いていたかは定かではないけれど、少なくともそういう反応をしてしまう気分だった。私の言葉なんて、これっぽっちも響いちゃいないらしい。まあ、敵の言葉を素直に受け取る奴がいるかと言われたら、それまでではあるけども。
一抹の呆れを覚えつつも、紅い石の調査は止めない。八割がたは探れてきた。後、少し。
『あんたの置かれた状況は、断片を聞いただけの私が思い描くより壮絶だったのかもしれない。何もかもを憎んで、恨んでも無理もないようなものだったのかもしれない。そこにあんたが負わされるべき責もないんだろうし、月並みな言い方だけど、同情はする。――けど、それとこれとは別だ。あんたにどんな事情があろうと、私はあんたの行動を許さない。邪魔をするなら、どんな手を使ってでも退ける。卑怯だと言われようと、傲慢だと言われようと』
『私とて、貴様に理解されようなどとは思っていない。……ああ、私が貴様を気に入らないのは、事実単なる逆恨みなのだろうさ。だが、我が君が大陸を平らげる邪魔をするのなら、いずれにしろ貴様は敵だ。敵を憎んで何が悪い』
『そうだね、あんたが私をどう思うかは、私が口出しすることじゃない。どっちにしろ、私達は相容れない訳だ。どうやったって妥協点は見つからない。時間が浪費されるだけ。要するに、話すだけ無駄ってこと』
『何を今更。そんなことも分からずにいたのか』
『そっちこそ、分かってるくせにわざわざ付き合ってくれた訳?』
よし、そろそろ頃合いだ。あっちが長話に付き合ってくれたお陰で、調査も概ね完了。問題となる記述も目星がついた。意外にも想定よりささやかな妨害で済んでくれたけれど、果たしてそれをする余裕がないのか、今更やっても無駄だと諦めたのか、どっちだろう。……まあ、どっちでもいいか。
さて、と呟いて気合いを入れ直す。
バルナバーシュさんは死霊傀儡の契約術式により、人形遣いを主として隷属させられている。ただ、今さっき私に真名を提供したことで、人形遣いに並ぶ支配者として私の存在が急遽浮上していた。
人形遣いの契約術式と、ラビヌの国の風習である真名。どちらの方が束縛の度合いが強いのかは、正直なところアシメニオス人として生まれた私にはよく分からない。けれど、おそらく人形遣いに支配されきっていなかったバルナバーシュさんが、最後の手段として残しておいたものこそが真名の譲渡だったのだ。ならば、それが人形遣いの術に敗れるはずがない。ないと、信じる。
重ねて言えば、単に人形遣いの術を解いてしまってもいけない。バルナバーシュさんが戦いを望むのなら、それを果たす為に傀儡の契約は有用だ。故に、必要なのは術式の解除でなく書き換え。より支配権の強い主の存在を、それまでの指揮者に入れ替える。
注ぎ続けた魔力に、新たな方向性を付与。これにて調査は終了、侵略を開始せよ。
掌で触れる紅い石が、急速に色を失っていく。紅が薄く白んでいき、白んだ先から鮮やかな緑に染まる。赤の駆逐されてゆくグラデーション。
『お陰様で、これで詰みってね。虎の子はもらっていくよ。思ったよりも素直に引き渡してくれて助かった。物事は穏便に運ぶに越したことはないからね』
いよいよ痛みが洒落にならなくなってきた。腕に腹にと、見境なしに滅多刺しにされるよう。
それでも苦しんでいるところを見せるのは、何というか、とてつもなく耐え難かった。なけなしのプライドが刺激される。だから、声だけは意地と見栄で取り繕った。あんたの敵意も殺意も何のことはないのだと、平然として聞こえるように。
『何が素直に、だ。貴様が阻ませているくせに、白々しい。……所詮は悪あがきだ。精々無為に抗え。貴様ごときが何をしようと、我が君が揺らぐものか』
『その余裕もいつまで持つんだか。ああ、私達は抗うよ。抗いに抗って、あんた達をこの森から――この国から叩き出す』
言葉に呼応するかのように、鮮烈なまでの緑に塗り替えられた石が一際強く輝く。余りの眩さに、視界さえもが塞がれた。その中で、荊の枯れ落ちる様を幻視する。
光が収まり、視界を取り戻した時には、もうあの暗い世界も緑の石もどこにもなかった。目の前にあるのは、広い肩。その上に置かれた、銀色煌めく抜き身の刃。囚われの騎士を開放し、私の騎士に叙する誓約の剣。
ふと我に返ると、自分の他にもう一つ自分と同じ魔力の気配が発生していることに気が付く。一体何故、なんて考えるまでもない。人形師とその人形の魔力は、よほどの例外でない限り同質だ。すなわち、契約の書き換えに成功した証。
もっとも、その代償も大きい。術の書き換えに費やした魔力は、残存のおよそ八割。お陰でほとんどスッカラカンだ。未だかつて例のない短時間での大量消費に、軽い頭痛と目眩がする。よし、と低く呟く声が聞こえて、意識はそちらに向いたけれど。
「行動阻害の指令は完全に消失した。さすがは私が見込んだ魔術師だな」
赤ではなく緑色に輝く双眸を緩ませて、バルナバーシュさんが言う。私はゆるりと首を横に振った。
「バルナバーシュさんの協力あってのものです。……すべて終えるまで、どれくらいかかりました?」
核に直接魔力を注いでの調査が妙に素早く進んだのも、人形遣いが妨害らしい妨害をしてこなかったのも、つまりは奴の言うところの「貴様が阻ませているくせに」ということだったのだろう。要するに、バルナバーシュさんの援護。
「ほんの数十秒といったところだ。私の助けなどなくても、君は成し遂げたろう」
あ、そんなに短い間のことだったんだ。もっと長くかかったものかと思っていた。
「それは買い被りの過大評価ってものです」
「謙遜するな。――ともかく、これでやっと私は戦うことができる。人形共を無力化せしめた後、友軍の救援に向かう。それで問題はないか、若き我が主よ」
「ええ、異論はありません。……ただ、人形遣いは殺さずに」
「情報源として、か?」
「それもあります。が、多分、殺すことはできても、滅ぼすことはできない。そんな気がします」
この世界においては特に、死をもって全てを終わりにできないことがある。まさに今、バルナバーシュさんがそうであるように。ともすれば悪性化して、祟りを成す怨霊に変じることもあるのだ。憎しみと恨みに憑りつかれた人形遣いが、そうならないという保証は決してない。
「……ふむ、一理あるか。確かに、奴には些か偏執の気がある」
「ええ。なので、生かして捕えて下さい」
「承知した」
頷いてみせ、バルナバーシュさんはするりと立ち上がる。アクィラに落とされてきた時とはまるで違う、滑らかで淀みのない動作は、確かに一切の阻害を受けていないように感じられた。
バルナバーシュさんが足を踏み出すと、すぐさま荊人形と戦っていたアクィラがこちらを振り返った。絡みつく荊を翼の一振りで斬り払うと、旋回してバルナバーシュさんと入れ替わる格好で私の傍らに降り立つ。少なくとも、見た限りでは翼にも脚にも破損はないようだけれど……
「先生、アクィラに怪我は」
『ない。あの荊は裂くに易いが、滅するに難い。時間は稼げるが、決定打に欠ける。相性が悪い、という奴だな』
答える先生の声はいつも通りに落ち着き払っていて、思わずほっと息が口を突いて出た。
見てみなさい、という言葉に促されて軽く辺りを見回してみれば、まさに先生の言葉通りの光景が広がっている。石畳のあちこちに飛び散った荊の破片が、ひとりでにもぞもぞと寄り集まっては再び人形に組み込まれていく。耐久性がお粗末な代わりに、再生能力だけは飛び抜けているらしい。これじゃあ、全くもってきりがない。
「ともかく、無事なら良かったです。危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました」
『ああ、もう少し早く着くことができればよかったのだが。君こそ、負傷の具合はどうだ』
「右腕がやられました。痛いことも痛いんですけど、動かなくて」
『首回りも血塗れだな。この際、泉を拝借するか』
ちょうど先生がそう言った時、バルナバーシュさんが荊人形と接触した。ハンマーのように肥大化した腕を振り上げる人形の前に立つバルナバーシュさんの手に、白い光が収束する。次の瞬間には、一振りの剣が握られていた。
白く輝く不定形の剣が、横一文字に一閃する。胴を断たれた人形は私の時と異なり、切り口からぼろぼろと細かな粒子になって崩れだした。
佇む人形遣いが、憎々しげな顔で「エレメイ」と呟くのが聞こえる。人形を踏み倒し、かつての支配者に近付くバルナバーシュさんも、似たような表情を浮かべているのだろう。応じる声は冷たく、刃物を思わせる鋭い響きを持っていた。
「過去の成果に縋るな、既に私は貴様の下僕ではない。――ラビヌの騎士を、よくもここまで貶めてくれたな。その報い、存分に受けるがいい!」
低く怒鳴り、一足飛びにバルナバーシュさんは人形遣いの目前へと肉薄する。振りかぶる手に握られた白光に密度を増して、物質と見まがうほどに明確な輪郭を成していた。触れれば切れるだろうと、そう確信させるほどに。
人形遣いは微動だにしない。動けないのかもしれなかった。それでも白い剣は微塵の躊躇いも感じさせず、まっすぐ振り下ろされる。
私は、その光景をじっと見つめていた。殺しはしない約束があるにしても、人に剣が振り下ろされる様なんて見ていたいものじゃない。けれど、従えた人形の指揮者として、見届けねばならなかった。
白い剣が細身に迫る。思わず息を呑み――いくつもの音が、弾けるのを聞いた。
「オディリア様!」
叫ぶ焦った声。ごう、と音を立てて走る突風。炎の壁が掻き消され、漆黒の巨躯が二つに裂ける。
「なっ――てめえ!」
一拍遅れて、呻く声。裂けた塊の一つに真っ向から体当たりされ、吹き飛ばされた長躯が石柱に叩きつけられる。がは、と肺の中の空気全てを押し出すような呼気。
「いたぞ、奴だ! 総員放て!」
そして、同時に足音荒く駆け込んでくる気配の群れ。思いの外数は多く、およそ三十。本当に集められる全てを動員してきたのかもしれない。
けれど、それを頼もしく思い、安堵する余裕はなかった。
「ヴィゴさん!」
石柱に叩きつけられた身体が、ずるずると石畳に落ちる。それを見てしまったら、もう駄目だった。人形遣いの結末を見定めるとか、そんなことを言ってる場合じゃない。考えるより早く、足が走り出そうとする。
「待て! その腕で何ができる!」
けれど、寸前で襟首の後ろを掴まれて、強制的に動きが止められた。首が締まる、と思った時には身体が浮き、バシャン、と激しく飛沫を上げながら水たまり――泉の中に落下する。アクィラにくわえられて、投げ落とされたのだ。
「先生、何を」
訳が分からなくて、泉の中に尻餅をついたまま銀の鳥を見上げる。アクィラはこちらを振り返ることなく舞い上がると、少し離れたところに転がっていた何かを嘴で拾い上げた。
「弓兵が短剣で何をする気だ。助けようと思うのなら、己の万全をもって為したまえ」
万全、と口の中で呟けば、飛び寄ってきたアクィラが目の前に白いものを落とす。荊人形に殴り飛ばされた時に取り落とした、あの不過の弓だった。
左手で弓を取る。泉の水に浸かった右手は、痛みこそ残っているものの、きちんと動かすことができた。
顔を上げる。目に入るのは、対峙する騎士。一方は人形遣いを背に庇う鎧姿で、もう一方は対称的な軽装――すなわちバルナバーシュさん。黒い剣を携えた鈍色の鎧の騎士は、バルナバーシュさんの鬼気迫る剣撃に圧されながらも、辛うじて首皮一枚を繋げている格好だった。
どういった経緯で悪神の憑代になっていた騎士が単独行動に出ている――出られているのかは分からないけれど、状況から考えるに主の危機を前にしての独断とか、そういうものだろうか。となると、あの騎士はよっぽど人形遣いに忠実らしい。いや、話には聞いていたけども。
まあ、この分ならあちら戦いはバルナバーシュさんに任せておいて大丈夫だろう。きっと、バルナバーシュさんは鈍色の騎士には負けない。人形遣いが援護に入れるかどうかが問題だけど、
「先生、人形遣いが手を出してくるようなら、バルナバーシュさんの援護をお願いします」
『いいだろう、請け負った。君はどうする』
「私は、ヴィゴさんを助けます」
その目的だけは、何が起ころうと変わりはない。最初から何もかも、その為だったのだから。
二人の騎士から少し離れた石柱の根元で、ヴィゴさんは槍を杖に立ち上がろうとしている。俯いたその顔を伝って、ぼたぼたと鮮血が石畳に円い痕を残すのが見えた。最後に見た時よりも、更に傷が増えている。まさに満身創痍の有り様。
そんなヴィゴさんに、ぼんやりとした黒い靄に似たものが近付こうとしていた。鈍色の鎧騎士から分離したもの。おそらくは件の騎士に憑りついていた悪神の片鱗そのもの。
駆け付けたローラディンさん率いるエルフ兵が弓を射掛けるも、それらは全て靄を通り抜けて地面に突き刺さるばかり。ただの矢じゃ、効かないらしい。
「開式」
内心で歯噛みして、右手で弓を引く。矢はつがえない。必要ない。あの靄を、北の悪神と呼ばれるものを退け得るものでないと意味がない。弓弦を摘む指先から迸る光を、思い描く形に研ぎ澄ませる。
「私の声は汝を拒み、汝を退ける」
白い光の矢を、ぎりぎりと引ける限り引く。治癒しきらない右腕は未だじくじくと痛むし、何か筋でも切れてしまいそうな嫌な感触もあったけれど、だからってここで指をくわえて眺めてなんていられない。今この時にも、黒い靄はヴィゴさんとの距離を詰めている。
立ち上がったものの、ふらついてたたらを踏んだヴィゴさんが、眉間に皺を寄せながら槍を構える。黒い靄は怯む様子を見せず、手を伸ばすようにその一端をヴィゴさんへ差し向け始めた。ヴィゴさんは槍に炎を灯そうとするけれど、余力が乏しいのか、燻るような火がちらちらと燃えるだけ。
させるものか、と怒りともつかない感情が胸の奥底から湧き上がる。そして、右手の指を離した。
「――闇祓う光条の矢!」




