17:星降りの射手-03
やばい、と直感的に思った。昂揚が一瞬で沈下し、さあっと背筋が冷えていく。
下手を打ったつもりはなくとも、何かとてつもなくまずいものに目をつけられた。つけられてしまった、という確信。ぞくぞくと震える背筋にひどく嫌な予感を覚えながら、先生、と呼ぶ。
『……どうしたね?』
「上手く言えないんですけど、なんかこう、やばいもんに見つけられました。やばいですよ、めっちゃやばい」
動揺のせいなのか、やばいやばいとしか言えない自分の語彙に何とも空しい気分になる。そんなでは当然意図が伝わるはずもなく、銀の鳥は戸惑いを表すかのようにカシャカシャとしきりに瞼を開閉させた。
『やばい、では分からないぞ。もう少し具体的に頼む』
「そう言われても、やばいとしか言えないんですって。なんかこう、あれです、えーと……調子乗って藪を突いたら、人食い虎に嗅ぎ付けられたみたいな!」
どうにかこうにか少しはマトモそうな比喩を捻り出して言ってみせると、先生は短い沈黙の後、深々とため息を吐いた。
『本当に、君という奴は次から次に厄介ごとを呼び込む天才だな』
「好きで呼んでるんじゃないですけどね……。そりゃあ私だって、もっと違うものを呼び込みたかったですよ。幸運とか。儲け話とか」
はあ、と重い吐息が口を突いて出る。これぞ持って生まれた星の巡りとかいうものなのか。全く嬉しくない上に、状況は最悪の近似値だ。冗談でも言っていないと、正直やっていられない気分だった。
つーか、敵の眼を逸らしてくれる飾りがあるのに、何で見つけられちゃうかねえ!?
「兎にも角にも、まずは移動して身を隠さないと」
大前提として、このまま一人でうろつくのは非常にマズい。既に見つけられてしまっている以上、追手が掛かってサックリやられるに決まってる。それを凌ぐ自信があるかと言われれば、残念無念まるでない。そもそも私は完全に隠れて遠くから射るだけで終わらせるつもりでいたのだし。考えが甘かったと言われればそれまでだけども。
となれば、選ぶ道は一つだ。勝手な単独行動の末に余計なものを引っ張り出すとか、我ながら怒られるどころかぶん殴られて蹴っ飛ばされても仕方がない最悪の所業であり。大変に迷惑な開き直りで、誠に申し訳なくは思うのだけれども。
……ここは平身低頭、いずこかに助力を乞うしかない。どれだけ早く助けを得られるか、きっとそれが私の安否を大きく分かつのだ。
その為には、できればまだ先生の力は借りていたい。しかし、それは同時にアルマとの繋がりを匂わせることにもなってしまう。もしも敵が感付いて、アルマを攻撃対象に含めてしまったら大事だ。確かに我が身は可愛いけれど、それにしたって島一つまるごとと同じ天秤に載せられない。
「で、先生」
『今度は何だね』
「ここまで散々巻き込んで無茶振りしておいて今更何をって話なんですが、そろそろ手を引かれた方が良いのでは。これ以上関わって、アルマにまで累が及んでは不味いでしょう」
『何を言い出すかと思えば、今更も今更だな。馬鹿を言うものじゃない、アルマは『初めから』巻き込まれている。ここで手を引いたところで、何も状況は改善するまい。第一、君は自分一人でこのろくでもない状況を打開できると思っているのかね?』
「あー、まあ、それを言われると、ええ、はいとは言えないんですけど……」
『そうだろうとも。自覚があるのなら、余計なことを考えず生き延びることに全力を注ぎたまえ』
「……いいんですか?」
『くどいぞ』
ピシャリと跳ね除ける声に、思わず苦笑する。ここまで言われて――言ってもらってしまったら、この上食い下がるのは失礼というものだろうか。
何と答えたものか迷った末、ありがとうございます、と口にした言葉に、答えはなかったけれど。
「では、もうしばらくお付き合い願います」
ひとまずは、これから具体的にどうしていくか。それを考えることにしよう。
ちらりと空へ目を向けてみれば、さっきまであれほど強く結界を打っていた黒渦も、すっかり凍り付いたように中空で動きを止めていた。本音を言えば、停止させるだけでなく浄化しきって散らしてしまいたかったのだけれど。さすがに、そこまで上手くはいかなかったらしい。
いずれにしろ、移動するなら今の内だろう。ありったけのカタルテ石を使って浄化しきれなった代物だ、下手をしたらまた新たに死霊でもを糧にして復活しかねない。あの規模と勢いの揺れが再開してしまったら、移動するどころか立っていることさえだって容易じゃなくなってしまう。
――で、問題は目的地をどこに据えるか、だ。空から目を逸らしつつ、眉間に皺を寄せて考える。
第一候補はやはりヴィゴさんになるのだろうけれど、生憎と黒騎士と戦闘真っ最中。そこへノコノコと邪魔をしに行く訳にはいかない。ただでさえ手こずっているのだから、二人して共倒れになる可能性もある。となれば、防衛部隊のシェーベールさんを頼るか、別れた後どう動いているか不明なラファエルさんと再合流するか。……ううん、どっちもどっちでハードル高いな。
「先生、防衛部隊に合流するのと、ラファエルさんを探すのと、どっちがいいと思います?」
『個人的な意見を言うとすれば、後者だな。少なくとも、奴の方が君の守護者として計算できる』
「なら、ラファエルさんを探しますか。……怒られるだろうなー」
再会できた時のことを思うと、図らずも軽く身震いがした。
ラファエルさんにも、ここに至るまで少なからぬ忠告と警告を受けている。それを完璧に無視して勝手に動いた揚句が、この惨憺たる有り様だ。……うん、謝ろう。誠心誠意謝って、お願いもとい命乞いしよう……。
『仕方あるまい、自業自得という奴だ』
「ごもっともです。今はどの辺りにいらっしゃるんでしょうね、あんまり離れてないといいんですけど」
『奴のことだ、そう突飛な行動は取らないとは思うがね。……すまないが、事前に打っておいた手がもうじき成るところで、手が離せない。ラファエルは自分で探して合流できるかね? 策が成りさえすれば、十二分君の援護に回れると思うのだが』
「そりゃあ、もちろん――って、策、ですか?」
『ああ、弟子のやんちゃ振りが目に余り、頭が痛くなってきたのでね。こちらもこちらで水面下で動いていたという訳だ。日の目を見なければいいとも、思ってはいたのだが』
「ははは……耳が痛い」
曖昧に笑って誤魔化し、ひとまず大急ぎで逃亡準備を整える。
ほとんど手つかずの矢束は、勿体ないけれど全て置いていくことにした。この急場で敢えて荷物を増やして、逃げる足を遅らせる訳にもいかない。とにかく元々の持ち物だけ、忘れ物落し物がないかよくよく確認しておいた。……うん、全部ちゃんと持ってる。問題ない。
どくどくとうるさい心臓を感じながら、細く息を吐く。いよいよ命の保障のない戦場に飛び出そうというのだから当然だけど、心臓の打つリズムの早いこと早いこと。もう不安しかない。
装備も十分用意して、慎重に慎重を重ねて行う普段の狩りとはまるで逆。武装は雀の涙、慎重に痕跡を追うどころか形振り構わず逃げなきゃならない追われる立場。ひどいもんだ、笑い話にもなりやしない。
「全く、狩人が追い回されて狩られる側になるなんて」
ぼやきつつ、探索の魔術を周辺一キロ圏内を詳細に探るよう切り替える。こんな状況になってしまっては、黒騎士を射るのも諦めざるを得ない。今は自分の安全確保が最重要だ。何か不測の事態が起こったとしても、一キロ先にある内に気付くことができれば、まだ生存の確立も上がるはずだ。……きっと。多分。
そうして準備が完了し、さあ部屋を出よう、と踵を返す――いや、返そうとした、その時のこと。
視界の端に嫌なものが映った。うわあ、と無意識に呻くような声が口を突いて出る。
「この期に及んで、今度は何なの……」
背を向けようとした窓の向こう、大きく穴の開いた空一面の黒色。それが急速に動き始めていたのだ。私の矢が開けた大穴を埋めながら、瞬く間に一つ所へ収束していく。
一体何が起ころうとしているのかと凝視しているうちに、空を覆っていた黒色はいつしか宙にぽつんと浮かぶ点となった。小さくなった? と怪訝に思って首を傾げれば――文字通りの瞬きの間、一瞬で点は線へと変貌を遂げる。
宙の黒点を始点として、目にも映らぬ速さで射出伸長する黒色。余りにも速過ぎて、その軌跡は目で追うことができなかった。点が一瞬で線になった。そうとしか言えないし、見えなかった。
さながら、閃く光のよう。余りも速過ぎるそれに、目はおろか思考すら追い付かない。
「うわっ!?」
気付いた時には、また全身が凄まじい衝撃に揺さぶられていた。辛うじて窓枠を掴んで身体を支え、空を振り仰ぐ。目に飛び込むのは、大輪の花ように散る黒い火花だった。
穿ちにかかる黒線と押し返す結界の、真っ向からの衝突。黒線が火花を散らして圧力をかける度、結界は大きくたわみ、鐘の音にも似た重く響く音を立てる。気付けば私は息を呑み、呼吸を止めてその応酬を見詰めていた。
黒線が押し込み、結界が押し返し。鍔迫り合いじみた互角の拮抗が、何度繰り返され、どれほどの時間が流れたことか。正確なところは分からない。二分三分と続いていたのかもしれないし、ほんの数十秒だったのかもしれない。もっとも、事実がどちらであるにしろ、大して重要なことではない。
重要なのは、その拮抗の果てに、目に見える形で戦いの趨勢が表れだしたこと。徐々に結界の押し込まれる時間が増え始め、一呼吸で押し返せていたものが二呼吸になり、二から三になり、見る見るうちに倍加していく。恐れていた事態が目前に迫りつつあるのだと、理解しない訳にはいかなかった。
『ライゼル、暢気に見守っている場合ではない! もうじきに押し負ける。急げ!』
「――っ、はい!」
怒鳴るように言われて、空中の攻防から目を引き剥がす。恐ろしいことに、その時にはもう結界は黒線を押し返すこと自体ができなくなってしまっていた。べき、ばこ、と嫌な音を立てて、結界がへこみ、歪んでいく。目を逸らしたのは、その光景に単純に恐怖を覚えたからでもあった。
そして窓に背を向けた瞬間、パリンとガラスが割れるにも似た音が上がった。つい、背けた顔を元に戻してしまう。嫌な音は加速度的に大きくなり、そこからはあっという間だった。
黒線との衝突箇所から大きな罅が走るや、結界そのものが破裂して崩壊を始める。砕けた結界は細かな粒子となって消えてゆくばかりで、再構築の兆しは微塵も窺えない。……完全に、破壊されてしまったのだろう。
たらり、汗が頬を伝うのが分かった。結界を破るので全ての力を使いきったのか、空を横断するような黒線も霧散しつつあったけれど、とてもじゃないけれど相討ちを喜ぶような場合じゃない。あちらの損失がどれほどかは知る由もないけれど、こちらにとっては致命傷に等しい。最後の砦が崩されてしまったのだから。
「やばいやばいやばい、とにかく逃げないと……」
もう頭の中はそれだけだ。呟きながら、足早に部屋の出口へと向かう。もう背中の悪寒が凄まじいことになっていた。虫の知らせなのか何なのか、さっきっから震えが止まらない。
私の周囲をぐるぐると周回する銀の鳥も、声の焦りを隠そうともしなかった。
『ああ、最早一刻の猶予もなさそうだ。早く、急ぎなさい――いや、待て!』
「はいィ!?」
なのに、突然の鋭い制止。驚いて足を止め、周囲を飛び回る鳥を見やれば――何を思ったのか、突如私の左手に向かって猛突進を始めた。ちょ、え、何、何なの、私の手嘴でぶっ刺す気!?
泡を食って止めようとしたものの、飛ぶ鳥を掴むなんてできるはずもない。できたのは、痛みと衝撃を覚悟して身を固くさせることだけ。もっとも、そのどちらも与えられることはなかったのだけれど。
あったのは、ただ腕を引かれる感覚。銀の鳥は赤い蝶が連なった飾りの鎖を器用にも嘴でくわえたかと思うと、思いもよらぬ力で引きちぎって天井へと舞い上がり――
「……え?」
ドォン、と。爆発した。派手な音を立てて、寧ろ爆散というか。
呆気にとられて、私はぽかんと立ち尽くした。焦げた臭い。熱を含んだ風。飛び散る破片。
一挙に押し寄せてくるそれらが、目の前で起こったことが紛れもない事実だとは伝えていたけれど。それでも、訳が分からなかった。あのままだったら完全に腕吹っ飛んでたな、とか。破片が目に当たらなくて良かった、とか。状況が理解できなさ過ぎて、そんなことばかりが思考に上ってくる。
――カシャン
不意に何やら乾いた音が聞こえ、呆けていた頭が引き戻された。
爆発音に比べれば格段にささやかな音を立てて、床に落ちたもの。それに目を落として、それが何かを理解した途端、軽く呼吸が止まった。
半壊した自動人形。胴体は大きく抉られて内部の機構を晒し、片翼ももげて落ちた銀の鳥。
……つまり、それは、
「せ、先生!? 大丈夫ですか、っていうか、何がどうなって!?」
飛び付くようにして拾い上げれば、これこそ不幸中の幸いか、ノイズがかかり途切れ途切れながらも聞きなれた声が聞こえてきた。
『馬鹿……、何……ている!』
「な、何って、いや――」
『余計な……を気にす……、は……逃げな……! 死にた……か!』
予想だにしない強い言葉が耳を刺し、弾かれたように私は床を蹴った。
言われている言葉は半分以上聞き取りきれなかったけれど、何を言われているかは分かった。そうだ、今更状況の把握とか言ってる場合じゃない。大事なのは、敵に居場所を掴まれて、今現在手段不明の攻撃を受けていること。何としても、それから逃れなければならないこと。
鳥の破片を拾い上げるのもそこそこに、扉を蹴破って部屋を飛び出す。生憎とこの塔は水鏡の塔と違って、昇降は物理的な階段式だった。何段か飛ばして、半ば飛び降りるように駆け下りていく。結界も完全に消えてしまったし、敵の眼を欺いてくれるはずの飾りも壊されてしまった。もう完璧に相手は私を捉えたはずで、じきに追撃が差し向けられるに決まっている。
「――って、やっぱりきたかあ……!」
案の定、おおよそ二階層分の階段を駆け下りた辺りで、私が駆け抜けた後を追うようにして断続的に爆発が起こり始めた。探索の術式によれば、物理的な攻撃ではないから、やはり魔術によるものなのだろう。その魔術の痕跡も、ちっとも追えていないのが現状だけれども。
「ほんと、いつもいつも面倒なことばっかりしよってからに……!」
呻く間にも、執拗な砲撃によって塔は驚くほど風通しの良い劇的なリフォームを遂げていく。まるで去る数か月前に寒い岩山で強制された追いかけっこの再現みたいだ。きっとこれ後でまた絶対夢に見る。悪夢だ。
『ラファ……に救援要請……れた。じ……駆け……だろう』
爆音で耳がおかしくなりそうな中、かすかに声が聞こえた。
推測するに、先生の方でラファエルさんに連絡を取ってくれた、ということだろう。ありがとうございます、と答えながら、大きく跳ぶ。今度は一気に五段。着地した足の裏がじんと痺れたけれど、今は構っていられない。
『ライ……、敵……術師に心……りが?』
「心当たりは、なくもないです。いきなり腕を吹っ飛ばそうとする辺りが、いきなり逆探知を手繰り返して目を潰そうとしてきたところに似てると思うんですよね。それに、今のところの敵方の大将にあたるはずなので、そろそろ出てきてもおかしくないかな――とおおおお!?」
喋っていたのが悪かったのか、それとも私の階段の降り方が単調だったのか。
ばごん、と音を立てて踏み出そうとしていた足の下、一つ下の段が爆散した。壁ごと階段が抉れ落ち、そのまま跳び越えようとするには躊躇いの生まれる距離――二メートル近いクレーターが、ぽっかりと口を開ける。辛うじて足を踏み外さずには済んだものの、退路なんて元々ないし、ああもう、一か八かで跳び越えるしかないのか!
『ラ……ル、そこか……べ! 飛びな……、もうそ……着く!』
ぐっと足に力を籠めようとすれば、俄かに先生が怒鳴り出す。けれど、どうにも音声がぶつ切りなせいで上手く聞き取れない。
「え? 何、何です、先生よく聞こえない!」
『外に……! 飛び降……!』
外に? 飛べ? ってこと? ……ええ!?
「ちょ、先生、それマジで!? 本気!?」
『本気……っている! 早く……さい!』
叫べば怒鳴り返される。いよいよこれはマジっぽい。まあ、そうは言ってもここで立ち往生していようものなら、爆発の直撃でゲームオーバー。第一、先生が私を殺すようなことするはずはないと思うし……!
「ええい、儘よ……!」
叫んで、階段を蹴る。宙に躍り出せば、ちょうどその直後にさっきまで立っていた場所で未だかつてない大爆発が起こるのが見えた。階段と壁どころか、塔の半分近くが消し飛ばされる。どんだけ本気で殺す気なんだよ、と唇の端がひくりと痙攣した。
爆音に混じって、耳元でびゅうびゅう風が鳴っている。身体は地面に向かって急速に落ちていく一方で、地上までは目算で十メートルあるかないか。幸い、そこまで高所恐怖症のケはないから、高さ自体には怯えずには済んでいるけれど、残された時間も少ない。……いや、でも、マジでこの距離からの着地って無理よ!? いくら風魔術がまだ得意だからって、滑空も浮遊もやったことないし、それとも何か!? この急場でやれって!? そりゃ、やらなきゃ地面に激突ミンチになるだけだけどさあ!
「せんせー、恨みますかんね!?」
叫びながら、弓を持ったままの手で何とかポケットから石を掴み出す。ええと、瑠璃、孔雀石、違う、そうじゃなくて――
『それは心外だな。結果も待たずに恨み節とは、些か早計ではないかね』
思考が焦り始める中、不意にさらりと応じる声。その声色にこそ聞き覚えはあるものの、何故か寸前まで付属していたはずのノイズも途切れもない。
何故に、と訝しんだのも束の間、頭上から大きな影が落ちかかった。四苦八苦して顔を上向けてみれば、目に入るのは巨大な鳥のシルエット。鋭い鉤爪と嘴を備えた、銀色の金属で形作られた猛禽。
銀の大鷲は青い輝石で作られた眼で私を一瞥すると、ぐるりと旋回して落下する身体の下に銀の背中を滑り込ませた。もちろん、そうなればどうなるかなんて、分かり切った話だ。
「ぐえっ!」
地面との激突は、幸運にも避けられた。代わりに、顔面が痛い。
『言ったろう、こちらでも手は打っているが少し時間がかかる、と』
「ええ、はい、早合点で大変に失礼を致しました……」
固い背中に突っ伏したまま、痛みを堪えてもごもごと謝罪をする。顔を上げる元気はなかった。
先生の声はかすかに苦笑するような気配をさせると、
『まあ、言いたいことも言わねばならないことも山ほどあるが、後での話だ。ラファエルと合流する。掴まっていたまえ!』
言われて、咄嗟に鳥の首に腕を回す。途端に、ぐんと加速がかかった。
銀の大鷲は森の木々の間に飛び込むや、凄まじい速度でその合間を縫うように飛んでいく。敵はその速さを全く捉えられていないらしく、しつこく続く爆撃は飛び去った後の空間を無意味に焼くばかり。
「そういえば、先生、なんで最初の爆発分かったんです!?」
『あれだけ君が細工を施した矢だ、魔力を辿れば容易に居場所は辿れる。おそらく報復があるだろうと踏んで、君の周囲に殊更気を払っていたというだけのことだ。君は広く探るのは得意なようだが、逆に狭く詳細に探るのは慣れていないのかね?』
必死に鳥の首にしがみつきながら、叫ぶようにして投げた問いには至極落ち着いた声が返ってくる。言われていることは何もかももっともで、今更になって自分の考えの浅さに寒気がした。
振り返ってみれば、あの時はとにかく射ることにばかり必死になっていて、逆探知されることなんてすっかり頭の中から抜け落ちていた。敵は私より一枚どころか十枚は上手の超人ばかりなのだから、もっと慎重であるべきだったのだろうに。
「……お察しの通りです。お陰様で、腕が吹っ飛ばずに済みました。……鳥は、必ず弁償しますので」
『あれは君に譲ったものだ。気にする必要はない。それよりも、これに懲りたら二度と戦場に立とうなどと考えないでもらいたいものだな。お陰で連日、胃が痛んで仕方がない』
ため息交じりの声。先生には、今回の騒ぎでは本当にお世話になりっぱなしだ。恩人なんて言葉じゃ、到底足りやしない。ちゃんと生き延びられたら、必ずもう一度アルマを訪ねないと。
「もちろん、頼まれても二度目なんてお断りです」
そう答えた時、鳥は木立の間を突き抜けて開けた空間に出た。
辺りには腐った臭いやら焼け焦げた臭いやらが入り混じった、何とも言えない不快な臭いが漂っている。目的地が近付いてきたのだろうか……。




