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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
64/99

15:悪魔囁き人過つ-06

 途中シェーベールさんと合流し、第二の結界を通過して、私達は一路エルフの里へと向かった。前後に並んだ縦列で走り抜ける森は未だ静かなもので、言いようのない不信と不安を覚える。ローラディンさんから精神感応で伝えられた、人形が同時に多数自爆したことで行方不明者や凄まじい数の負傷者が出ているという情報も、その感情を一層に煽った。

 さりとて、里までの道のりは十分や二十分で踏破できるようなものではない。仕方がなしに、後ろを走っているシェーベールさんを振り返った。それこそ会話でもして気を紛らわせるしかない。

「そう言えば、罠にかかった人形の後始末はどうなりました?」

「ああ、手の空いた兵が核を回収するそうだ。契約が切られたとはいえ、油断はできまい。核さえ分離させて封じてしまえば、不測の事態も起こらないだろうという話をしていた」

『悪くはない対処だ。破壊してしまえば確実ではあるが、そうすると後の再利用もきかなくなるからな。解析するにしろ、別の目的に使うにしろ』

「別の目的って……使って大丈夫なんですか?」

 自分の頭の上を見ることはできないので、意識だけを向けて問い返す。頭上から降る声は、淀みなく答えた。

『装飾の類に流用するのならば、問題ないはずだ。そうして作ったものを身に着けたがる、奇特な物好きがいるかどうかは疑問だが。再び人形の核にできるかどうかは、きちんと調べてみなければ何とも言えないだろう。何せ、前例がない』

「まあ、ですよねえ……」

 どれほど美しく、質の良い魔石であったとしても。それは一度、死者の魂を吹き込まれたものなのだ。

 こう言っちゃなんだけども、こう、祟りとかありそうな気がする。装飾品に使ったら呪いの首飾りとかできそうだし。新しい人形の核に使い回すのも、私だったらちょっとどころでなく躊躇うと思う。呪いの首飾りは自分から動けないけど、呪われた自動人形は自分で動くもんな。アクティブな分だけ恐ろしさも倍増しだ。

『エルフの里の戦利品として扱われる以上、その使途については外野がとやかく言うことでもないが、一応禁術の影響がどれほど残っているかが分からない点だけは忠告しておいた方がいい』

「アルサアル王にお会いした時に、併せてお伝えした方がよさそうですね」

 そんな話をしながらノンストップで走り続け、いくらか空が暗くなってき始めた頃、やっと里を囲む石垣が見えてきた。ぐるりと門の前にまで回り込むと、以前よりも門衛の人数が増えていることに気が付く。それでもローラディンさんの言っていた通り、件の御印を見せるだけで問答の一つもなく門は開き、里の中に入ることができた。

 いよいよ戦局が動き出してきた現状を反映してか、いつにも増して家並みは物寂しく沈黙している。通りにも人影一つ見えない。そんな無人の道を、ヴィゴさんはざくざくと足早且つ大股に進んでいく。変わらず、その腕に私を抱えたままで。

 ……それで、だ。今、ちょっと思い出したのだけれども。王の居館に向かうには、広場を通る必要があったような気がする。そうすると、これは、絶妙に厄介というか面倒なことになると思うのだ。どうせこんな状況下でも今日も今日とてあの人は、あの場所で絶賛営業中に決まっているし。

「あのー、ヴィゴさん、ちょっと止まってもらっていいです?」

「あ? どうしたよ」

「いや、別にどうかした訳じゃないんですけど。下ろしてもらっていいですか」

 敢えて理由を語らずに提案すると、ヴィゴさんはきょとんとした風で首を傾げた。

「どうもしてねえんなら、このまま運んだ方が早えだろ?」

「それはそうなんですけど……」

 で、そう喋っている間にも。如何せんヴィゴさんの歩く速度はいつにも増して速いので、広場の入り口が見えてきてしまった。こうなってしまっては、もう手遅れだ。せめて不在を祈るしかない。

「……まあ、はい、何でもないです。里の中に入ったら安全だろうし、もういいかなって思っただけなので。確かに、早急に報告へ行かなくちゃいけませんし。先を急ぎましょう」

 言いながら、ぐるりと広場を見回す。そして、ああ……と内心ため息を吐きたい気分になった。

 これまでと同じ位置の片隅に、やはり見覚えのある幌馬車は停まっている。ならば、せめて馬車の主が荷台に上っていてくれれば良かったものを。荷台の脇の品物を並べた机の奥で、椅子に腰かけて優雅にパイプなんかふかしていらっしゃった。なんて間が悪い。

「――ん? お、坊主じゃねえか!」

 そして、よりにもよって広場に足を踏み入れるなり、こちらに気付いてくれたのである。お客が来なくて暇だったのかもしれないけれど、その目敏さを何も今生かしてくれなくてもいいと思う。

「知り合いか?」

 訊ねてくるヴィゴさんに、一瞬「違います」と言おうかどうか考え、結局止めた。

「村に居た頃、色々と便宜を図ってもらった商人の方です。王都でばったり再会したついでにケーブスンまで運んで頂きまして、その関係でここまで一緒に」

「へえ。少しなら顔出してくか?」

 そう言ってくれたのは、きっと気を利かせてくれてのことだったのだろうけれど。

 いえ、と私はきっぱりと首を横に振った。内心を押し隠して、大真面目に見えるように。

「とにかく今は、先に頼まれた仕事を果たしてしまわなくちゃいけませんし。世間話なら、また後でもできますから」

 そこまで言って、椅子から立ち上がり今にもこちらに歩いてきそうなイジドールさんへ向かって声を張り上げる。

「閑古鳥鳴く繁盛ぶりお察ししますが、急いでいるので失礼します! それから、何度でも言いますけど、私坊主じゃないですから!」

「何だ、付き合い悪いなあ」

 イジドールさんは椅子に座り直し、肩をすくめる。――と、私を抱えているヴィゴさんに目を留め、何やら気付いたような顔をした。そうして、にやりと笑う。にんまりと、それはもう悪い顔で。

 ああ、嫌な予感がする。とてもする。

「ほーう、そいつがお前の大事な大事な傭兵って奴か。良かったなあ、無事取り返せた訳だ?」

 そうしたらば案の定、めっちゃニヤニヤしながら言ってくれやがった。余計なことを、本当に全くもって、余計過ぎることを!

 視界の端でヴィゴさんが目を真ん丸くさせて私を見ているのも、見えてはいたけれど全力で気付いていない振りをした。こんなん、意地でも気付かない気付けない。

「……あーもう! お喋りする暇はないって言いましたよね! 先を急ぐのでそれでは! ほら、ヴィゴさんもさっさと歩く! 進む!」

 イジドールさんに噛み付いて見せながら、顔だけは向けないままにヴィゴさんを急かす。お、おう……と何とも言えない返事をして歩き出す足取りは、心なしかさっきまでより遅い。

「全くつれねえなあ。あの時の情熱的な告白、本人に聞かせてやったらどうだー?」

「うるさいっつうの! 急ぐっつってんでしょ!」

 広場を出るまで嫌がらせじみたからかいの声が飛んできたので、割と素で叫んでしまったのは正直不覚だった。でも、問題はそれよりも。

「……なあ」

「何でもないです」

「いや、でも」

「何でもないったら何でもないんですよ」

 後々まで追及を受けそうな、厄介な案件ができてしまったことだ。


 物言いたげなヴィゴさんの追及を突っぱね、ひたすら先を急がせてはみたものの、王の居館のある巨木の根元に到着する頃にはすっかり日も落ちて暗くなっていた。

 足元の不安な中、樹上へと至る長い階段をヴィゴさんとシェーベールさんはひたすらに上っていく。長すぎる階段にうんざりしたのはまだ記憶に新しいので、今だけは抱えてもらったままで良かったと現金なことを思わないでもなかった。

 階段を上がりきると、樹上の館の周囲には既に魔石灯が灯されており、眩しいほどだ。館は変わらぬ荘厳さでそこにあり、その前に立つとすっかり緩んだ心構えが自然と引き締められ、厳粛な気分にさせられる。館の門に近付く前にヴィゴさんが下ろしてくれたので、「先頭に立つか?」という問い掛けを固辞して、その背後につく。

 ローラディンさんにもらったメダルの威力は今回も如何なく発揮され、すんなりと入館の許可も下りた。とは言え、さすがに場所が場所だけのことはある。ローラディンさんが居ないこともあり、案内人が派遣されることになった。呼ばれてやってきたのは細身で背の高い、剣を携えた男性のエルフだ。

 隙のない身のこなしと、巧妙に取られた距離、鋭い眼差し。その姿を見るに、案内人というより監視役と評した方が正しいのかもしれなかったけれど、別段不満はなかった。何しろ、ここは王の居館なのだ。部外者にうろうろされたくないと思うのは当然だ。

 そして何より、私達の誰一人として謁見の間までの道のりを知らない……もとい、覚えていなかった。はいどうぞ、と通されても困っていた訳で、案内人の存在はお互いにとって利のある話でもある。

 かくして最短距離と思しきルートで連れて行かれた謁見の間は、以前訪ねた時とはまた違う神秘的な威容を誇っていた。魔石灯の明かりが絞られた薄暗い室内には、どんな仕掛けなのか、魔術なのか、小さな光があちこちで瞬いている。まるで夜空の中に紛れ込んでしまったようだ。

「三人とも、よく戻ってくれました。――どうぞ、近くへ」

 広い空間の最奥。淡い光を内包してほのかに輝く、不思議な白木の玉座の前に佇む王は、たおやかな動作で私達を招く。玉座は床よりも数段高い位置に据えられおり、私達がその裾に歩み寄るのに合わせて王もまた同じ高さまで降りてきた。

 ローラディンさんがこの場に居れば、また玉座でお待ちを、とか言いそうだ。排他的という噂のエルフ一族の、ということを差し引いても、恐ろしいほど距離が近いというかフットワークの軽い王様だ。しかも、一応は王の御前なのだからと三人横一列に並んで膝でもつこうとすると、

「そのままで構いません。ローラディンから、あなた方が報告に来て下さることは聞き及んでいます。お話を聞かせて頂けますか」

 王がそう言った途端、両隣の二人から視線が刺さるのが分かった。わ、私に喋れってか……!

「……では、僭越ながら。敵勢およそ三千ほどの契約解除――無力化に成功し、精鋭と思しき人形数体についても、核の確保が完了しました。その一方で同時多発的に人形が自爆し、多数の負傷者や行方不明者が出ているとも。敵の最大戦力の一人と思しき、ラビヌの騎士も取り逃してしまいました。現在はローラディンさんや他の指揮官の方の采配で、負傷者の救助と残党の討伐が進んでいるはずです」

 幸い、今回は声が裏返ることも、どもることもなかった。一通り喋ってみると、沈黙が落ちる。長くも感じる短い間の後、王は静かに「そうでしたか」と口を開いた。

「負傷者が出たのは心苦しいことですが、皆よく務めを果たしてくれました」

 その語り口は、あくまでも落ち着いている。未来を知るエルフ王は、この結果さえも事前に知っていたのだろうか。

「アルサアル王、一つお訊ねしても宜しいでしょうか」

「ええ、構いませんよ」

「この結果は、既に御存知だったのですか」

 背の高い、麗しの王を見上げて問う。私達の結末も知っているのですか、と問うてしまいたかったけれど、さすがにそればかりはできなかった。そこまで訊いてはいけないと自重が働いたのもあるし、単純に知るのが怖かったのもある。

 王は淡い苦笑を浮かべてみせると、ゆるり頭を振った。

「わたくしは未だ来ぬ時全てを読み通せる訳ではありません。そして、今回の戦については北の神の妨害か、ほとんど何も。辛うじて、あなた方が助けになると垣間見えたばかりです」

 なるほど、物事はそう容易にはいかないものらしい。ほっとしたようで不安なような、何とも言えない気分で王を見返す。

「……お答えありがとうございます。不躾な質問を、失礼致しました」

「いいえ、不安に思う心はわたくしとて同じ。謝ることなどありません。――ローラディンやサヴェラムが指揮を執るのなら、結界の内に残った人形もじきに無力化されることでしょう。あなた方も、此度はよく戻ってきてくれました。今晩はローラディンの屋敷にて、よくお休みなさい」

「はい、ありがとうございます」

 これで謁見は終わりということだろう。頭を下げてから、踵を返そうとする。――と、おもむろにヴィゴさんが声を上げた。

「俺も質問がある。もう少しいいか」

「ええ、どうぞ」

「あんたは、これが『戦』だと理解していた。理解して、その上で俺達を呼んだ。そうだな?」

「その通りです」

 寒気がするほど、ヴィゴさんの声は淡々としていた。返す王の声も一貫して穏やかなだけに、言い知れぬ緊張が漂って感じられる。

「……じゃあ、こっからが本題だ。この里の、十七の娘は、どこで何してる?」

 しん、と辺りが静まり返った気がした。何となく、これはまずい、と直感で思う。

 ヴィゴさん、と呼びかけようと目を向けて、けれど、その横顔の頑なさに驚いて息を呑んだ。一切の制止も受け付けないような、険しい表情でまっすぐに王を見据えている。

「俺やバルドゥルはいいさ、雇われて戦うのが仕事だ。だが、そうじゃねえ奴だって混じってる。たった十七の、戦い方なんざろくに知らねえ子供だ。あんたは、何を考えてここに呼んだんだ」

「わたくし個人として答えるのなら、ライゼルはこの場に呼ぶべきではありませんでした。戦場に幼い子供や少女を向かわせるべきではない。――ですが、王として答えるのなら、わたくしは間違ったことをしてはいないと言わねばなりません」

 ヴィゴさんの眼差しを真っ向から見返して、静かに王は語った。

「わたくしの役目は、可能な限り被害を抑え、且つ迅速に戦を終わらせること。その為には、ライゼルの存在は不可欠だと判断しました。ローラディンが若くして才恵まれたエルフであるように、外見だけで判断をして過っては、誰にとっても不幸となるのではありませんか」

 その言葉に、ぎくりとする。

 ヴィゴさんはきっと、それを私の「王立魔術学院首席」という事実を指しているのだと解釈するだろう。けれど、私にはもっと別の――そう、このおかしな生まれのことを指して言われているように聞こえてならなかった。

 自分が話題の渦中にある居心地の悪さよりも、誰にも明かしたことのない秘密を仄めかされている――ように感じられる――ことの方が、不思議とよほど落ち着かない心持ちにさせられた。今すぐ尻尾を巻いて逃げ出したいような衝動に駆られていると、ヴィゴさんが「なら」と再び切り出す。

「あんたがそう評価するほどの有能な人間を引っ張ってきた報酬が、だ。まさか、あの薬草一束だけなんてこたあ、ねえよな?」

 それは一転して、軽やかな響きの声音だった。意外に思って横目に視線を投げれば、おどけてさえ見える様子で肩をすくめる様子が窺える。更に視線を転じてみれば、対する王も微笑みさえ浮かべていた。

「ええ、全てが無事に終わった暁には、あなた方へ必ずや十全な対価を。わたくしアルサアルの名をもって、お約束します」

「んじゃ、もう訊くこたねえやな。大人しく報酬に期待して働いてくるわ」

 あっけらかんと言うや、ヴィゴさんは踵を返して歩き出す。ぽかんとした私は一瞬の空白を挟んで我に返り、慌ててアルサアル王に頭を下げ、その背中を追った。シェーベールさんの足音が落ち着いた、一定のリズムで続いてくるのに反して、動揺で小走りになりかけの私の足取りはひどいものだ。

 色々と言いたいことはあったけれど、謁見の間の外では案内役のエルフの人が待っていたので、口を噤まざるを得ない。館の外に出て、地上へ戻る階段を下り――きっと樹上の人達にも聞こえないだろう段数を踏むに至って、ようやっとシェーベールさんが口火を切った。

「それにしても、剛毅なことをしたものだな。彼のエルフ王を糾弾とは」

「糾弾なんてしてねえだろ。当然の報酬交渉じゃねえか」

『さすがにその答えには頷きかねるが』

「前に同じ」

 それにしても、大人組のこの謎の余裕は何なんだろう。ため息も出ない。

「何でもいいですけど、私のいないところでやって下さいよ……。驚いたじゃないですか。後、普通にびびりますから」

『随分と冷たいことを言うものだ。建前がどうあれ、君を思ってのことだったろうに』

「……最近、先生なんかお喋りじゃないですか?」

『向う見ずな弟子に付き合わされての寝不足で些か口が軽くなっているのやも知れないな』

 おうふ、返す言葉でずんばらりんと一刀両断。確かに、今回は色々と無茶振りでお願いしました……。

「ま、済んだことはいいじゃねえか。とりあえず、今日のトコはさっさと休ませてもらおうぜ。飯とか食わせてもらえんのかな」

「お気楽な……」

 ――等と言いつつ、ローラディンさんのお屋敷ではちゃっかりと夕食をフルコースで頂き、お風呂もベッドもお借りしたりしてしまった。何でも私達が里に向けて移動を開始した辺りで、ローラディンさんが家令さんに連絡をしておいてくれたらしい。本当に至れり尽くせりだ。

 けれど、その日の深夜。私達はとんでもないことで叩き起こされることになった。


「皆様、ご起床を! 王から知らせがございました! 第二の結界の内に敵の侵入があり、泉へと向かっているとのこと!」

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