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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
56/99

14:節制の民-03

 ローラディンさんに案内された食堂で一服しながら聞いたことには、何でもこの隠れ里は三重の結界に守られているらしい。第一の結界は樹海の外縁と里の中間地点、第二の結界は更に第一の結界と里との中間にあり、そして最後の第三の結界が里をぐるりと囲む壁に重ねて築かれたものなんだとか。

 確か樹海自体がかなり広い――アシメニオスの国土の3%くらいを占めていた気がする――はずだから、かなりの広範囲が自領として保持されている計算になる。

「現在は里の兵と人界の傭兵とで、第一の結界の際で防衛線を敷いている。王は結界の縛りを強め、一切の出入りを封じられた。故に、現在は結界に取り付き、突破を試みる傀儡を引き剥がし、破壊するのが主な仕事だと聞いている」

「なるほど、それで意外に里の中は静かだったんですね」

 広い食堂の中は、私達三人以外には誰もいない。さして大きくもない話し声の他は、わずかに食器の立てる音が響くだけで、静かなものだ。

 ローラディンさんが手配しておいてくれたのは花の匂いのする薄緑色のお茶と、ふんわりとした果物入りのロールケーキで、ケーキはマリフェンのものに勝るとも劣らない美味だ。こんな状況でなければ、とても幸せに頂けただろうだけに、残念極まりない。

「左様。未だ一つ一人とて、結界の内に侵入を許してはおらぬ。通過を許す御印か、特定の者の発動する転送魔術でなければ、何人たりとも結界を超えられぬ縛りと聞く。でなければ、わざわざ私が迎えになど行くものか」

「それは、大変お手数をお掛けしまして」

 一口お茶を啜ったカップをテーブルのソーサーに置きながら、向かいに座るローラディンさんに軽く会釈をする。彼女は「まあ、過ぎたことはもう良い」と寛大にも言ってくれ、すると今度は椅子を一つ挟んで私の隣に座っていたシェーベールさんが口を開いた。

「それで、敵の狙いは具体的に判明しているのか? 領地、人民、財宝……この地が狙われる理由も、いくつかあると思うが」

「侵略ではない。略奪だ」

 問いに対する答えは、思いの外早く返ってきた。きっぱりと、微塵の淀みもない断言。

「何故そう判断を? エルフ王の先見か?」

「それもあるが、全てではない。そなた達は、敵の本質を把握しているか?」

「本質……? 人形を操っている黒幕の目的、ということですか?」

「そうだ。傀儡は所詮傀儡。操っている者がおり、そやつが忌まわしきものの命を受けて暗躍している」

 忌まわしきもの、と私とシェーベールさんが異口同音に呟く。ローラディンさんは忌々しげにお茶を飲み干してみせると、

「北の果ての悪神。この世全てを手中に収めんと欲する、強欲の化身よ」

 吐き捨てる風のローラディンさんに、私は咄嗟に反応を返すことができなかった。

 これだけの大事なのだから、あの黒ローブが言っていた『我が王』が只者じゃないだろうことは想像していた。けれど、まさかそんな「神」なんてものが出てくるなんて。単なる「北の亡国の大禁呪を使う魔術師」だったら、そりゃあ所詮は人間だし、どうにか対処のしようもあるだろうけど……。

「極北の悪神はかつて大陸全てを欲して南に下り、ラビヌを攻め滅ぼした後、エードラム教会の退魔師団とキオノエイデの魔術師団の合同軍によって押し返され、封印されたと聞く――もちろん、伝承の語りの中ではあるが」

 淡々と語るシェーベールさんからちらりと視線が向けられるものの、生憎と私は教会関係は全然なのだ。村では司祭さんをお師匠に持ってはいたけれど、それはあくまで魔術を教わるものであって、教会のことについて習っていた訳ではない。そもそもからして不信心だったので、いくつかは聞いているはずの説話類も完全に頭から抜け落ちている。

 軽く頭を振って見せると、小さく「そうか」という相槌が返された。

「伝承によれば、そもそも北の悪神は神代の折に創造神の怒りを買って、極北に追放されたそうだ。それが真実であったか否かは、事実北の悪神とされるものが一国を滅ぼしている以上、議論する意味はないだろう」

「ラビヌは――ええと、二千年くらい前のことでしたっけ?」

「ああ。随分と長い間抵抗したが、結局攻め滅ぼされてしまった。そこで後がないと理解したキオノエイデと教会の兵が総力を結集して追い返し、ラビヌの更に北の山脈そのものを結界の礎として彼の神を封じ直したとか」

「うむ、我が里からも北のエルフの要請に従って、腕利きの術師を多数送り込んだと伝わっている。私の祖母の代の話だ」

 こっくりと頷いて見せて、ローラディンさんが言う。そうか……二千年前が祖母の時代か……。

「つまり、その神が復活した、と?」

「否、まだ『復活しようとしている』といったところだろう。彼の悪神が這い出した気配はない。北のエルフからも、封印が破られたとの知らせは受けておらぬ。……だが、復活を目指して暗躍を始めた、というのがアルサアル王と北の王の見解だ。この森を狙ってきている以上、目的は明らか」

「……ということは、その神の復活を成さしめるようなものが? それを『略奪』に?」

 問いかけると、ローラディンさんは苦々しげな表情で頷いてみせた。

「里と第二の結界の合間に『命溢るる逆月の泉』と呼ばれるものがある。その湧水を含ませれば、死に瀕するほどの傷さえも癒す、凄まじいまでの力を秘めた泉だ。北の悪神は、おそらく泉を用いて己の肉体を再生するつもりに相違あるまい。彼の悪神が蘇れば、恐ろしいことになる。何としても阻まねば」

「そ、そこまでの大事なら、大人しく騎士団を呼んだ方がいいんじゃないですか? 傭兵を使うより、よっぽど安定した戦力になると思いますけど。この国にとってだって、他人事じゃない訳ですし」

「そうしたいのは山々だが、ならぬ。逆月の泉は、本来里の外に知られてはならぬものなのだ。泉はまた別の結界で覆われ、里の者ですら王の許しがなければ訪れることのできぬ禁域だが、その存在が人界へ漏れれば、必ずや手に入れようとする輩が出るだろう。泉が善行にだけ用いられるのであればまだしも、そうではあるまい」

「……否定は、できませんね」

 人の欲望は限りない、とはよく言われることだ。アルマにあった癒しの泉でさえ、それなりの収入源になるくらいの、そして島王が欲するほどの財産だった。おそらく、この樹海にある泉はそれとはケタが違う。下手に話が広まってしまったら、何が起こるやら分かったものじゃない。争奪戦……それこそ、戦いになる可能性だってない訳じゃない。

 考えてみれば、当たり前のことだった。本当にプライドだけで援軍の要請を拒むだろうか。多少のイザコザならいざ知らず、これだけの大事で。それも深い知識と長い寿命を持つというエルフが。これだけの条件が揃っていて、それでも拒んでいるというなら、相応の理由があってもおかしくない。この場合は、件の泉こそがその理由だったのだ。きっと傭兵と騎士とを天秤にかけて、ギリギリのところで選んだに違いない。

 推測にすぎないけれど、口止めの問題もあったのだろう。傭兵はあくまでも個人だけれど、騎士は騎士団に属する。上手く運用すれば、エルフの里の泉は国益に莫大な貢献を果たすかもしれない。そう考えた場合、口を閉じさせ続けるのも難しそうだ。

「泉の存在は、傭兵たちの中でもごくわずか信用できそうな者にしか教えておらぬ。そなた達も、決して容易に口に出すでないぞ」

「分かりました、肝に銘じます」

「承知した」

 私達が頷き返すのを見て、ローラディンさんは少しだけほっとしたような表情を浮かべた。それが、何となく印象的だった。


 ローラディンさんの館への滞在は、ある意味では当然のこととして、平穏極まりなかった。私達は客人として扱われ、常に不足のないよう配慮してもらえるので、恐縮するくらいだ。

 そんな中で何をして過ごすかと言えば、ひたすらにデュナン講師から借りてきたあの禁書――貴重過ぎるものなので、当然旅行鞄に入れて持ってきた――を首っ引きで、アルマ島は癒しの泉の館のソイカ氏の通信講座だ。聞けば既にヤルミルの核から人形遣いの術式の分離は済んでおり、館での経過観察に入っているという。お陰で自由時間も割かし取れているらしく、快く相談に乗ってもらえた。とは言え、こちらも急ぎは急ぎ。事情の説明は大まかに、とにかく死霊人形への対策を訊いた。

『おそらく、敵はラビヌの護国の兵を使っているのだろう。北の神との戦いの末期には、ほとんどの兵が傀儡化していたと聞いた覚えがある。無念の内に死んだのならば、ほとんどが己の散った場所に留まっていたはずだ。手駒として回収するのも容易だったろう。……そして何より、一度傀儡とした使われた経緯を考えると、術への耐性も高いはず』

 深い情念を抱えたまま死んだものは、肉体が滅びても魂だけで存在し続けることがある、とは話に聞いたことがある。何せ教会のお仕事の一つが、死んだのに死にきれずにいる魂の救済や排除なのだ。そりゃあ亡国の戦士たちの無念や恨みは深かろう、納得の話である。――しかし、

「術への耐性、というのは、どういうことなんです?」

『魂を別の物体に移し替える、ないし封じ込めるという行為に、危険が伴わない訳があるまい。件の術は、単に死者を使役するから禁術と呼ばれている訳ではない。用いる魂が負荷に耐えきれなかった場合、消滅する危険性がある。だからこその禁術指定だ』

「消滅……!?」

 物騒な単語に、思わず絶句する。

 エードラム教の教義でも、やはり死後の世界に相当するものはある。善くあれかし、と教えられる通りに善く生きれば、死後にその世界に迎えられるという論法だ。悪行を重ねれば迎えられず、まして魂が消滅してしまえば言わずもがな。教会は善く生を全うし死後の世界に迎えられることを良しとしているので、あの禁術はエードラム教の教義にも真っ向から反していることにもなる。

『そうだ。逆を言えば、かつて禁術の負荷にも耐え抜いたということは、それだけ屈強な戦士であったという証明でもある。敵にとって、ラビヌの跡地は絶好の狩場にでも見えたことだろうな』

 ソイカ氏は溜息交じりに言う。全くだ、かつて国を滅ぼした連中に従えられて、今度は別の国を攻めているなんて。冗談にしても最悪だ、悪趣味にも程がある。

『また、厄介なのは核を破壊すれば済む通常の人形と違い、禁術を用いたものは術者と使役されている魂の契約を断つ必要がある。さもなければ、核を破壊したところで別の人形に魂を移し替えて再起動させられるだけだ』

「えええ、それは厄介過ぎません!?」

『滅びに瀕した国が形振り構わず編み出した術だ、厄介でない方が驚きだろう』

「それは……そうかもしれませんけど……」

『或いは人形は全て無視し、術者を直接叩くか。現状において有効な手段は、その二つといったところか。もっとも、どれほど多くの魂を従えているとしても、器がなければどうしようもあるまい。片端から人形を破壊するという手も、なくはないが』

「……。アルマの北の街にいた人形の数、どれくらいだったんですか?」

『……万の単位は下らなかったはずだ』

「無理! 無茶! やり尽くす前にやられますよね、それ……!」

『鉱山から持ち逃げされた分も考えれば、更に増える。途方もない数になるだろうな。時間と戦力が有り余っているでもなければ、無謀すぎる話だ』

「一番いいのは、人形遣いを叩くことですよね」

『被害を最小に抑えられる可能性はある』

「問題は一朝一夕に突き止められないだろう、ってことですよね。逆を言えば、あちらからも私を探し出すことはできないっぽいんでしょうけど」

『……単騎特攻する、というのであれば、即刻この鳥を君の守護者の元へ派遣せねばならんがね』

「そんなことしませんよ、自殺行為じゃないですか」

『その言葉を、ゆめゆめ忘れないでもらいたいものだが』

「信用がないですねえ」

『君が大人しく王都で身を守っていたのならば、耳にうるさい小言など口にせんとも』

 おおう、正論……! でも、来たかったんだし。来ちゃったんだし。一度起こってしまったものは、もうどうしようもないのである。

「では、しょうがないこととして甘んじてお聞きしつつ、契約破りについてお知恵を拝借」

『強かなものだ、君も。……最も効率的なのは、予め準備を施した陣地に誘導し、そこで一気に契約を切ることだろう。陣の作成における自信は?』

「そこそこには。ヤルミルを捕まえる時に役立てることができた程度です」

『充分だ。その時に用いたものは?』

「緑泥水晶です。陣の外縁と中心部に埋めて、魔力溜まりに設置しました。侵入者に反応して蔦で足を絡め取った後、更に地面を沈めて車輪を止める感じで。――あ、その時ヤルミルが馬車……というか、戦車に乗ってたからなんですけど」

『ふむ、中々いい仕掛けのようだ。では、今回も石を使うとしよう。契約切りとなれば、そうだな……葡萄石と緑柱石は用意できるかね?』

 葡萄石と緑柱石……。旅行鞄に突っ込んできたのは、この前商工ギルドでもらってきた屑石の中でも希少価値のあるものだけだ。緑柱石はあったかもしれないけれど、葡萄石はちょっと自信がない。後でローラディンさんか、今日も今日とて広場でお店を開いているイジドールさん――今朝方から、やっと近隣住民が寄ってきてくれるようになったらしい――に訊いてみようか。

「確認してみます、葡萄石が手持ちになかったような気がするので」

『では、確保の目途がついたところで、また連絡をくれ。それまでにこちらで契約切りの魔術陣を用意しておこう』

「あ、ありがとうございます。でも、お忙しいのでは?」

『既に処置の完了した人形の経過観察は、異変が起こらねば手持無沙汰なものだ。お陰で最近の仕事は館の修理だ。老朽化が激し過ぎて、手持ちの人形を総動員してもまだ足らん』

 俺は肉体労働に向いていない、とあからさまに嫌そうなソイカ氏の口ぶりに、つい笑ってしまう。あの眼鏡の神経質そうな佇まいで釘やトンカチを持っている姿を想像してしまったら、もう駄目だった。

『笑い事ではないのだが』

「す、すみません……」

『ともかく、そういう次第だ。君からの要請とあれば、大工仕事から逃れるいい口実となる。それに、技師連の方でも分離させた術式の解析が進んでいるはずだ。どちらも対象を支配束縛する類の術だ、切り口程度は得られるかもしれん。情報を引き出せるだけ引き出して、活用できないか考えてみる』

 なるほど、技師連にはサンプルがあるんだった。これは期待できるかもしれない。

「でしたら、すみません、素直に甘えさせて頂きます。お礼は全てが終わった後で、必ず。……もし誰かに咎められるようでしたら、投げてしまって構いませんから」

『何、傀儡の軍勢を作り上げた元凶の出所はこの島だ。その汚点を少しでも挽回できる機会とあらば、島王とて許すだろう。第一、こちらのことより、自分のことを心配したまえ。まだ安全な場所にいるとはいえ、遠くないところで戦闘が発生していることに違いはない。くれぐれも気を付けるように』

 おおっと、心配したつもりが逆に心配し返されてしまった。

「分かりました、よくよく気を付けます――先生」

 おどけて付け足した言葉には、小さく息を呑むような気配。それから、ふ、と笑うのが聞こえた。

『活動的すぎる教え子を持つと、師は心配性にならざるをえないものだ。君に何かあれば、この館の子供も泣くだろう。俺は泣く子供が一等苦手でな』

「それじゃあ、ますます気を付けないといけませんね」

 そうしてくれ、と応じる背景に「ルカぁー!」と舌ったらずな声が混じる。おやおや、これは……。

『待て、勝手に入って来るな。しばらく席を外すと言ったろう。菓子が欲しいなら、ヴァネサのところへ行け』

『ねえちゃんがルカに作ってもらえってー』

 不満そうに、幼い声が言う。意外に懐かれているようだ――って、え? ちょっと待って。そう言われてるってことは、何だ。もしかして、この御仁は人形作りの上にお菓子作りまでできちゃうのだろうか?

『俺は子守りをしに来たのではないと、何度言えば理解するのか……。すまない、用が入った。火急に確かめたいことの類は、他にあるかね?』

 そうぼやく声さえ、言葉の割に嫌がっている風には見えない。知られざる意外な顔に二度目の笑いが込み上げてくるものの、一度ツッコミを受けた後ではそのまま表してしまう訳にもいかない。笑う代わりに、別の手段を選んだ。

「いえ、ひとまずはもう大丈夫です。じゃ、お菓子作り頑張ってください、『ルカ』先生」

「……ああ。君も頑張りたまえ、『ライゼル』」

 もっとも、あちらも私の意図はお見通しだったらしい。互いに互いを初めて口にする呼び方で呼び合って、エルフの里の滞在二日目の通信は終わった。

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