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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
51/99

13:謳われる死に決別を-01

 シェーベールさんが用意しておいてくれたのは、密集した建物の中に埋もれるようにして通りの片隅に居を構えた一軒屋だった。宿の一室ならばいざ知らず、家一つ借り上げるとなれば、相応の費用や手間が掛かるはず。私が戸惑いを隠せずにいると、シェーベールさんは肩をすくめて言った。

「実を言えば、これはスヴェア・ルンドバリ個人の持ち物だ」

「スヴェアさんの?」

「ああ。君の護衛依頼はわざわざギルドを経由してなされたが、それを受けた後、突然『個人的な用件』として頼まれた。なんでも、掃除をして欲しいらしい」

 掃除。その物言いに、思わず少し笑う。

 おそらく、スヴェアさんはおよそ事のあらましを察していて、けれど納得もしていないに違いない。或いは、それこそ自分が締結に関わった契約を勝手に反故にされたことへの意趣返しか。ともかく、暗に私へ便宜を図ってくれたという訳だ。

「それじゃあ、ちゃんと戻ってこれたら報告に行かないとですね。きちんと掃除しましたって」

「そうしてくれ。彼女の溜飲も下がるだろう」

 シェーベールさんの案内で隠れ家の中に入ると、内部は既に整然と整えられていた。掃除が必要などころか、遠出の仕事に出るに十分な装備が玄関から入ってすぐのリビングに、でんと大きな鞄で用意されている。念を入れて、シェーベールさんはその荷物を検めるという。なので、私はその作業の傍ら、これまでに起こったことを洗いざらい打ち明けることにした。

 まずは、アルマで自動人形の暴走事件に遭遇したこと。そこで事件の黒幕に目を付けられたらしいこと。既に一度王都の中で襲撃を受け、何とか退けてもらったものの、私は手も足も出なかったこと。――それから、自分の無力さを思い知ってやさぐれた私を慮り、あの人が私をラファエルさんに預けて一人で発ったと推察されること。

「ギルドに違約金を支払ったのも、ラファエルさんだと思いますよ。二人で共謀してたようなので」

「なるほどな、それで君はあの三男に追われていると。……あの大貴族が相手では、さすがの傭兵ギルド長とて堂々と牙は立てられまいな。…厄介な事態だろうとは思っていたが、そこまでの大事だとは」

 一通りの話を終えると、シェーベールさんはゆるりと頭を振って言った。全くだ、私も本当そう思う。

「どうします、今からでも依頼を取り止めます?」

「見くびらないでくれ、一度乗りかかった船から降りたりはしない」

「……ですか、ありがとうございます」

「ただ、如何せん多勢に無勢だな。装備を整える手間は省けたものの、隔壁の門の検問にまで手を回されていたら厄介だ」

「ちょっと変装したくらいじゃ、さすがに抜けられませんよね。……こう、上手く行商の荷馬車とかに紛れ込めればいいんですが」

 王都には二つの壁があり、一つが王城と市井とを隔てる城壁、もう一つが王都そのものの外郭を成す隔壁だ。隔壁には四方に一つずつ門があり、騎士団による検問が行われている。ここで怪しい人物や荷物は街への出入りを阻まれるという寸法らしい。

「あ、だったらギルドの転送機を使うというのは? 即別の街へ飛べますよね」

「あれは便利だが、その分しがらみが多い。いつ誰を転送したかの記録が必ず残る上、その記録の改竄を行えば罪に問われる。転送記録の閲覧権限は騎士団も所有するところ。発覚すれば、デュランベルジェの三男と揉めることになる。それを踏まえれば、ギルドが許可しないだろう」

 ぬう、それはもっともだ。この案は没かあ……。

「これから王都を出る馬車持ちの旅商人でも探して、交渉を試みるしかないだろうな」

「……因みに、シェーベールさんに伝手なんかは?」

「残念だが、ない」

 渋い表情で告げられた言葉に、がっくりと肩を落とすほかなかった――そんな時である。

 ぐう、と私のお腹が鳴ったのは。

 シェーベールさんが私を見る。私は目を逸らす。気まずいことこの上なかった。

「えー、そのー、なんですか。……朝から、何も食べていなくてですね」

「そういうことは、もっと早くに言うものだ」

 そう言ってシェーベールさんは確認していた荷物の鞄を閉じ、おもむろに玄関へと向かって歩き始めた。かと思えば、ぽかんと突っ立っている私を振り返って、

「出掛ける準備を。一人で残していくよりは、行動を共にしていた方がいくらか安心できる。少し早いが、夕食の買出しに行くとしよう」


 夏を過ぎて日が短くなり、夕暮れ近い街はうっすらと絵の具を刷いたように橙色に染まっている。シェーベールさんの先導に従って最寄の市場に足を踏み入れた私は、もう王都で暮らし始めて半年になろうというのに、まるでおのぼりさんのようだった。

 西の市場は清風亭からも遠い為、今までほとんど訪ねたことがない。物流の都合なのか、清風亭に近いところとはまた違った品揃えだ。こんな状況でさえなければ、ゆっくりとあちこち見て回りたかったところなのだけれど。

「シェーベールさんは、この市場によく来るんですか?」

「この近くに、ギルドの借り上げている宿泊施設がある。俺はそこに世話になっているので、用があればもっぱらここで済ませている」

 他愛ない会話を交わししつつ、手頃な露店で食べ物を買う。許されるものなら、いくつかお店を回って何種類か買ってみたかったけれど、余りうろうろして目撃者を残す訳にもいかない。返す返すも状況の厄介さが疎まれる。

 そうして購入した食べ物の入った紙袋を抱え、市場を出ようと歩き出したら、

「やあ、薔薇色のお嬢さん。ちょっと寄っていかないかい」

 かつてどこかで聞いたような声と呼びかけが、不意に聞こえた。

 はたと足を止めて周囲を見回してみても、それらしき人は見当たらない。シェーベールさんが怪訝そうに「どうした」と問いかけてくるのに答えるのも忘れ、キョロキョロしていると。

 ……何故か、妙に目に付いたのだ。色とりどりの布を張ってテントを作る露店の群れの向こう、石造りの建物に居を構えた店々の合間の路地が。

 目を凝らして見てみれば、妙に薄暗い空間の真っ只中に一脚のテーブルが置かれている。円い天板には深紅のクロスが掛けられ、たっぷりとした布地が石畳に向かって流れ落ちる水のように垂れていた。波打つクロスに隠れて、テーブルの脚や、その奥に座る人の足元は窺えない。

 いや、クロスがなかったとしても、テーブルの主の詳細を窺うことはできなかったに違いない。相対するのは、およそ半年振りになるだろうか。ほんの短い会話をしただけだけれど、これほど印象深い人なら忘れるのも難しい。

 まるでどこかの人形遣いを彷彿とさせるような、全身を覆う黒いローブ。目深にかぶられたフードで、カードを操る指先以外は口元だけしか窺えない妖しの人。

「すみません、ちょっと野暮用が」

 そうとだけ言い残して、人ごみの間を縫って路地へと向かう。私がテーブルの前にやってきても、その人の笑みは小揺るぎもしなかった。

「お久しぶりです、と言うべきでしょうか」

「そうだね、壮健そうで何より」

「まあ、ぼちぼちと」

 当たり障りのない答えを返しながら、唐突に思い出す。

 そう言えば、ルラーキ侯爵が王都の西で人に会うような予言をしていた。奇しくもここは王都西の市場。そして、目の前にいる人は紛れもない――

「ひょっとして、浮き草の占い師はあなたでしたか」

「おやおや、これは手厳しい。確かに私は一つ所に留まらない日々を送っているけれど。そんなあだ名をつけてくれたのは、一体どこの誰かな?」

「ルラーキ侯爵からお聞きしました」

「ああ、あの狸か。全く、好き勝手言ってくれる」

 そう言って大仰に肩をすくめたものの、「まあ、あんな狸のことはどうでもいいさ」と嘯いて噂の占い師さんは指先でいじっていたカードを、すうっと扇状にテーブルの上に広げて見せた。

「さあて、再び岐路に立つお嬢さん? 良ければ、また占いといこうじゃないか。今回は特別にお嬢さんの知りたいことを占って差し上げよう。さあ、何がいいかな?」

 明るく朗らかな、ともすれば爽やかにすら聞こえる声音。けれど、私には甘言で誘う蛇か何かの囁きに思えてならなかった。

 かつて読んだ本に曰く、予言を実現させる上で最も手っ取り早いのは、自らその状況を作り上げることであるとか。ついそんな言葉を思い浮かべてしまうくらいには、今の状況は何もかも出来すぎている。この人が侯爵とグルであるのなら、おそらく私の状況など見透かしているに違いない。

 その状況で、敢えて「知りたいことを占ってやる」という申し出。全くもって掌の上で転がされている感じがして、実に釈然としない。……もっとも、一番苛立たしいのは、そう思いながらも甘い言葉を切り捨てられない私自身であるのだけれど。

「……人を探しています」

「その人の行方を?」

「いいえ。今無事であるか、それを知りたい」

「なるほど、いいとも」

 目深なフードの下、艶やかに赤い唇で弧を描いた占い師は、鮮やかな手つきでテーブルの上からカードを回収し、混ぜ始める。ぺらぺらぱたた、と小気味よい音を立ててカードが占い師の手の中で踊り、絵柄を伏せられたまま深紅のクロスの上に配られていく。

 その様を、私は固唾を呑んで見守っていた。やがて全てのカードは配り終えられ、

「さて、お立合い」

 密やかな声が言い、白く細い指が一枚のカードをめくる。露わになった絵柄を目にした瞬間、背筋を氷が滑り落ちたかのような錯覚を覚えた。或いは、足元にぽっかりと穴が空いたような。

 提示された札に描かれていたものは、余りにも不吉だった。怖気が走るほどに、不吉過ぎた。

 ――大きな鎌を振るう、青白い骸骨。まさか、それに刈り取られようとしているとでも?

「おっと、そう青い顔をするものではないよ。早合点してはいけない。これは『死』の札だけれど、何も探し人が死に瀕していると明示している訳ではないのだからね。無論、そう言った意味もあるけれど」

 言いながら、占い師は続いて何枚かのカードをめくる。けれど、私の頭の中ではぐるぐると巨大な鎌を持った骸骨が回っていて、その絵柄はもう眼には入らなかった。

「この巡りからして、まだお嬢さんの探し人は死んではいないね。けれど、安全でもない。的確な表現をするのなら、そう――死相が出ている」

 死相、と震える声で鸚鵡返しに呟いた私に、占い師はこっくりと頷き返す。

「このままでは分のない戦いだ。それを打ち破る為にこそ動いているのだろうけれど、障害が多すぎる」

「その為に、死相が?」

「その通り。けれど、希望はある」

 細い指が、またカードを裏返す。そこに描かれていたのは、燦然と輝く星。その星からぱっと燐光が散って、辺りが明るくなったような感覚。或いは、錯覚。

「古い知り合い、新しい知り合い。借りられる助けは全て借りて、示された地へ向かいなさい。そこで星が輝くならば、或いは死相も祓えるだろう」

 そう言うや、占い師はテーブルの上をぐるりと一撫でするように広がったカードを集め、再び手の中でぺらぺらぱたぱたといらい始めた。これで少しは憂いも晴れたかな、と首を傾げる占い師に、私は曖昧に頷き返しながら、

「あなた達は、一体何なんですか?」

 今まで、ずっと気になっていたことを口に出した。

「あなた達、とは?」

 きょとんとした口調で問い返し、占い師は首を傾げて見せる。その仕草が意図的な誤魔化しによるものなのか、純粋な疑問によるものなのかは、どうにも判断がつかない。

「あなたと、ルラーキ侯爵。一体何を見透かしていて、どんな立場にあるんです?」

「私はただの浮き草の占い師、あちらは変わり者の侯爵――などと言っても、お嬢さんは納得しないのだろうね」

 肯定に代えて、沈黙を返す。占い師は細い指で頬を掻いた後、かすかに肩をすくめた。

「何、そう難しいことではないよ。私達は、ただ見守るものを気取っているだけさ。奴は人の世の中から、私はその括りの外をふらふらしているだけでね」

「……あなたも、招かれ人なんですか」

「いいや、違うとも。それは奴だけ。奴は久しく例のない力ある招かれ人で、世界の恩寵も深い。それ故、世界の望みに忠実だ。世界の望むとおりに物事を運ぼうとする。私はただ、この世の理に通じた占い師。世界の期待も望みも、知ったこっちゃない。ただ世界のうねりの渦中に立つ、迷える子羊にちょっかいを出すのが趣味なだけでね」

「この世の理に通じた占い師が、ただの占い師な訳ないと思いますけどね」

「まあ、それは私の腕というものさ。――さて、存外時間を食ってしまったね。そろそろ店じまいとしよう。お嬢さんも急ぐのだろう?」

「ええ、急いで向かいます。死相を、祓う為に」

「ああ、それがいい。だがまあ、自分が祓った死をもらわないように気を付けなさい」

 それでは良い旅を! と言い放たれるや、ぶわっと占い師の手の中からカードが空へ舞いあがった。

 眼も開けていられない突風。反射的に手で目を庇い、風が収まるのを待って手を下ろしてみれば、もう目の前には何一つ残っていなかった。深紅のクロスのかかったテーブルも、怪しいことこの上ない黒いローブも、巧みに操られるカードも何もかも。

 ほう、と息を吐いて踵を返す。以前にもまして得体の知れない邂逅ではあったけれど、収穫は少なくなかった。魔術が基本的な技術として横行するこの世界では、たかが占い、されど占いだ。事実として先見――未来予知を特殊能力として後天的に獲得する人もいる訳だし、戯言だと切り捨てるのも躊躇われる。とにかく、急いで出発することに越したことはなさそうだ。

 その思いに急かされるようにして路地から足を踏み出すと、わっと市場の喧騒が戻ってきた。……ああ、すっかり忘れていたけれど、占いの間はすっかりこの喧しさが遠のいていた。それも腕利きらしい占い師の手腕によるものなのだろうか。

 そんなことを考えていると、シェーベールさんが急いだ風でやってくるのが目に入った。

「いきなり野暮用とは、どうした? 何か欲しいものでも見つけたのか」

 その口ぶりに、思わず瞬く。私が路地に入って出てきたのを見ていたのではないのだろうか。いや、それ以前にシェーベールさんは今やっと追い付いたと言わんばかりの風だ。私はそう長い距離を移動した訳ではない。ゆっくり歩いて至って、占い師と話している間に追い付く程度だ。

 もしかして、その辺りも丸ごと占い師が何か仕組んでいた? ……うーむ、世界の理に通じる凄腕占い師、という肩書も伊達ではないということなんだろうか。

「ええと――また話すと長くなるんですけど」

 どう説明したものか迷った挙句、またしても侯爵邸を出たばかりの時のような曖昧な言葉が口を突いて出る。

「あれ? おい、お前、ライ坊じゃねえか!」

 その時だ、占い師とは違った意味で覚えのある――懐かしい声が聞こえたのは。

 思わず、目を閉じた。これが天の配剤か。それとも、この人もまた侯爵やあの占い師に導かれてやってきたのだろうか。

「知り合いか?」

 シェーベールさんの声に「ええ」と頷きながら、目を開いて声のした方へ顔を向ける。

 視線を向けた先には、足早に近付いてくる一人の男性。その髪は金茶で、その眼は淡い青。その顔を見ると、何となく狡猾と紙一重の悪戯好きな猫を連想する――とは、未だ誰にも打ち明けたことのない印象だ。初めて会った十年前、二十四歳の頃からそれほど老けた印象がないのは、国中を旅するバイタリティの賜物か。その割に体格は上背があっても厚みがない……と感じてしまうのは、思い浮かぶ比較対象が騎士だの傭兵だのの逞しい人ばかりだからかもしれない。

「お久しぶりです、イジドールさん。相変わらずお元気そうで何よりです。……けど、その呼び方は止めてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」

 溜息を吐いてみせると、イジドールさんはにやりと片頬で笑った。

 フルネームをイジドール・ジレというこの人は、辺境と言って差し支えないクローロス村に定期的に立ち寄ってくれている貴重な行商人であり、王立魔術学院への入学を志して資金繰りを始めた頃の私の最大の取引相手だ。ハント家の飼い犬のノワと一緒に山を巡って見つけた、綺麗な色の鳥の羽根やら珍しいキノコやら、そういったものをおそらくはかなり良心的な価格で買い取ってくれていた。その点で言えば、魔術の師である司祭さんとも並ぶ私の恩人の一人だ。

 ――その人を、巻き込むのか? 「古い知り合い、新しい知り合い。借りられる助けは全て借りて、示された地へ向か」う為に?

 一瞬、意識の片隅で鎌首をもたげた思考を、ぐっと拳を作る勢いでねじ伏せる。

 ……ああ、そうとも。何せ私には手札が少ない。躊躇って見せようが何をしようが、結局は巻き込むさ。けれど、ただ巻き込むんじゃない。きちんと説明をして、分かっていること知っていることを伝えて、その上できちんとした「商談」にする。それがきっと、誠意というものだ。

「お前も、相変わらず小生意気な口を利く。坊主みたいなナリをしてるんだから、坊で充分だろ?」

 それは何か、私の貧相な体を指してのことか。やかましいわ!

「うっさいですよ。人の体形を茶化すような御仁は、いっそのこともげておしまいなさい」

「……大概にお前も遠慮がねえなあ。そんなんで友達できんのか?」

「ご心配なく、余所ではきちんと弁えていますから」

 だがしかし、友達についての具体的な言及はしないでおく。それすなわち墓穴である。……いや、友達ができないんじゃなくて、作りづらい状況と環境にあるだけなのだけれども。だけなのだと、私は声を大にして主張したいのだけれども。

 ――まあ、それはともかくとして。何せ私は先を急がねばならない、時間に追われている身なので。

 シェーベールさん、と呼びながら目下の最大の協力者を振り返る。少し猫なで声じみた声色になったからか、それとも堪えきれない薄笑いが浮かんでいたからか。その薄黄緑の眼は、言わずとも私の様子から何かしら察している風に見えた。なので、これ見よがしにイジドールさんを手振りで指し示し、勿体ぶった口振りで言った。

「この人はイジドール・ジレさんといいまして、国中を巡って商いをされています」

「それは素晴らしいな」

「ええ、立派な馬車もお持ちでしてね。しかも、やり手で口が堅い」

「全くもって称賛に値する」

 上手いことぽんぽんと返ってくる言葉は、紛れもなく私の意図を理解していて、企みに乗ってくれている証だろう。唐突に始まったやり取りにイジドールさんが怪訝そうにするのを横目に見ながら、私はにんまりと笑った。――さて、人払いの術はどうやって組むんだったかなあ。

「しかも、私とは十年来の付き合いで、久しぶりの再会です。これはこの機会を祝って、一つ食事の席でも設けるべきでしょう」

「賛成だ」

 言いながら、私とシェーベールさんはじりじりとイジドールさんににじり寄る。事ここに至り、こちらの意図を理解したのだろう。イジドールさんが頬を引き攣らせる。

「待て、何だ、何のつもりだお前ら!?」

「話は後ほど! ――シェーベールさん、確保!」

「承知!」

 そうして私達はまるで葱を背負ってやってきた鴨のような馬車持ち行商人を担ぎ、隠れ家に一目散に向かったのだった。

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